攻撃準備
コリアは走り続けた。
走り続けて二日目に、奇妙な三角形の岩が飛び出ているあの場所に着いた。これがハイパーボリアの遺跡ならばいいのだが、はっきりとは分からない。それだけが不確定なのだった。
コリアは馬の手綱を手ごろな岩に結んだ。
三角形の岩を調べてみる。
一個の岩ではなく、石を三角形に積み重ねてある。
石で作られた建造物だ。やはりハイパーボリアの遺跡か?
長い年月の間、太陽と砂嵐にさらされていたので表面はザラザラになっている。だが石積みは壊れていない。
建造物はたくさんある。
目的とするものは、どこにあるのだろう?
いちばん頑丈そうな建造物を選ぶ。
これを試してみよう。
石積みの間に剣を刺す。石と石の間を広げていく。夢中で剣を刺し続けた。剣が折れると、新しい剣に取り換える。次々と剣が折れる。
用意した剣は二十本だ。足りるかな?
残り一本になったとき、石が動いた。
よし、もう少しだ。
石がグラグラになった。
足で蹴る。
穴が開いた。
一つの穴があくと、周囲の石は簡単に外れた。
大きな入り口が現れた。
たいまつに火をつけ、入り口から入る。
階段が、はるか下まで続いている。
間違いない。ここはハイパーボリアの遺跡なのだ。そしてこのいちばん頑丈な建造物は墳墓だ。いちばん高貴な人物の魂を守るために頑丈にしたのだ。
ここになら、あれはあるだろう。
はるか下まで続く階段を下りていった。
はてな?
階段が明るいのだ。
たいまつはいらない。
底にある光が階段まで届いている。
地下の墳墓に明かりがある?
底に着いた。
部屋の中央には石棺があった。
石棺を取り囲んで、クリスタルのタブレットが積み重なっている。部屋の明かりで輝いていた。
ハイパーボリア人は、死者の部屋を暗くさせないことが最高の儀礼としていたようだ。
二万年以上も部屋を明るくする方法は? オリハルコンしかない。
コリアは、部屋を明るくしている装置を探した。
あった。
皿の中にオリハルコンの粒が入っている。それが一粒ずつ、パイプを通って発光台へ入るのだ。
皿には二十粒ほどのオリハルコンがあった。一粒で百年として、あと二千年はもちそうだ。
そんなことはどうでもよい。明るくする装置の細かい仕組みも関係ない。
今の目的はオリハルコンだ。
これで、作戦の不確定な部分はなくなった。
コリアは、オリハルコンの粒を袋に入れると、階段をかけ上った。
外へ出たとたん、目の前にモジタバの兵士がいた。
反射的に斬る。
兵士は一人ではなかった。
十人くらいいる。
コリアは、次々と斬った。
あっ、と気が付いた。
情報を得る必要がある。
残った一人は斬らなかった。
剣をたたき落とした。
顔に剣を突きつける。
「死にたいか?」
兵士は震えながら、首を左右に振った。
「質問に答えれば斬らない」
首を上下に振った。
「ここに何人いた?」
「じゅ、十人です」
コリアは、倒れた兵士を数えた。
「そうすると、逃げた者はいないな?」
「は、はい」
「ここでなにをしていた?」
「み、道を調べていました」
「どういうことだ?」
「本隊のための道を探していたんです」
「つまりお前たちは斥候か?」
「は、はい」
「本隊はどこにいる?」
「一日くらい離れています」
「本隊の目的は?」
「ヤンギル国攻略の援助隊です」
ここからだと、本隊がヤンギルへ到着するのは二日後だ。
急がなければならない。
墳墓の入り口を、このままにしておけない。
だが、入り口をふさぐ時間はない。
「おい、死体を馬に乗せろ」
コリアは、捕虜と死体を連れて、本隊がくる方向へ進んだ。半日ほどの距離をいったところに死体をばらまく。こうすれば、斥候隊が全滅したと思い、本隊の進行は止る。どこからか急襲されるかもしれない、と慎重になる。
ハイパーボリアの遺跡地帯には近づかないだろう。三角形の岩が林立している場所は、待ち伏せには絶好なところだ。平坦な道を進むはずだ。
捕虜の両手を縛り、目隠しをして馬に乗せた。
一気に、砦の抜け穴の入り口まで駆けた。
馬を解放する。
抜け穴を通り砦に戻った。
バシールが言った。
「待っていたぞ」
「少し邪魔が入った」
「こいつか?」
「そう」
「しっかりと尋問してやろう」
「戦闘はどうだ?」
「女王が怪我をした」
「なんだって!」
「城壁から戦況を見ていたとき、矢が飛んできた」
「刺さったのか?」
「刺さらない。かすり傷」
「よかった」
「それで……あったのか?」
「あった」
「それなら作戦を変更する必要はないな」
「いや、少し作戦を変更する」
「えっ」
「作戦を、もっと強力にできる」
「それはいい」
「砦の準備は?」
「できているぞ」
コリアは、すぐに出発せずに砦に留まることにした後、砦の中をみてまわった。自分の戦う場所を調べるのは剣士として当然のことである。
砦の攻防戦はランゴバルドで経験がある。ここ、コラッサンでも戦略は同じことだ。
ただし、戦術としては違うところがある。戦術を、どう変えるか? ここでは、どういう戦術が使えるか?
モジタバの野営地を見ながら考えたのだ。
答えが出た。
宝物庫の中を見て必要なものを見つけた。
これで勝てるぞ。
バシールに戦術を説明した。
バシールは納得した。
「しかし、その作戦、不確定な部分があるぞ」
「それが気になっているところだ」
「お主のことだ。代案を考えてあるのだろう?」
「代案はあるが思うような効果は期待できない」
コリアが砦を脱出してハイパーボリアの遺跡に向かうと、バシールはすぐに行動を開始した。
砦の宝物庫には切り出されたままの伽羅竹がたくさんあった。コラッサンでは伽羅竹は貴重品だ。小さく切り、加工して工芸品を作る。国家間の贈答品として珍重されている。そういうことに使われていた。
バシールは、貴重な伽羅竹を長いまま十本、広場に持ち出すように命令したのだ。
コリアの話を思い出しながら工作を指示した。
五本ずつ上下を交互にして、しっかりと束ねる。
一方、頑丈な木の太い柱を台車に乗せる。
木の柱の一方の先端近くに凹みを作る。
木の柱を台車に乗せる。
凹みに束ねた伽羅竹の中央部分を入れて、しっかりと縛り固定した。
伽羅竹の両端に、羊の腸を織ったロープを結ぶ。
木の柱の、もう一方の端ちかくにはロープのストッパーを作る。
これで巨大な弓の完成である。
この弓ならば、敵の野営地まで十分に矢を飛ばすことができる。
柱に縦に溝を彫った。
ここに矢を入れるのだ。
矢は、腕ほどの太さのある木の棒である。
「試してみよう」
的として、大きな石が置かれた。
五人の兵士が、力を合わせて弦を引く。
伽羅竹が大きくしなった。
弦をストッパーに架ける。
伽羅竹は半円形に曲がり、ギシギシと音を立てている。
矢を乗せる。
ストッパーを外す。
矢は、的の石を砕き、城壁に突き刺さった。
バシールは唖然とした。
兵士たちも、あんぐりと口を開けている。
バシールは、以上のことをコリアに報告した。
コリアは笑い出した。
バシールが付け加えた。
「城壁に矢を運び上げるのは夜になってからにする」
「それがいい。”秘密兵器”はギリギリまで隠しておこう」
「作戦変更というのはなんだ」
「夜になるまでの時間に、やってもらうことがある」