作戦
モジタバ軍からは砦の中は見えない。
しかし雰囲気はわかる。
これまでの攻撃で、かなりの手ごたえがあった。
士気が低下している雰囲気が感じられた。
国王や指揮官は怪我をしているようだ。
あるいは戦死したかもしれない。
「もう一息で勝てるぞ。攻撃開始」
モジタバ軍は騎馬で砦に近づき矢を放った。
無数の矢が城内に入る。
同時に、砦から無数の矢が射られる――。
――射られるはずであったが、一本も飛んでこない。
それどころか、砦の上に兵士の姿がない。
おかしいぞ。
何度も矢を射っても、反撃はない。
不気味に静まり返っている。
様子が変だ。
なにを考えているのだろう。
攻撃を中止した。
様子をみる。
砦の中で泣きわめくような声がした。
怒鳴り声もする。
砦の門が開きかけて、閉まった。
モジタバ軍は、砦の中が混乱している、と思った。
門を開こうとしている者がいて、それに反対している者がいる。
砦の中は統制がとれていない。
そのうち向こうから降伏してくるだろう。
こう考えたのだ。
今日は攻撃を中止して様子をみよう。
野営地まで後退した。
計画どおりだ。
バシールはうなずいた。
泣き声も門の開閉も芝居だったのだ。
モジタバ軍はバシールの台本に踊らされたのだ。
城内では、兵士たちが順番に矢を射ていた。
コリアが指揮をとり、弓の上手な者を選抜しているのだ。
夜になった。
バシールとコリアは、砦の上からモジタバ軍の野営地を眺めていた。
野営地は、ヤンギルの砦のすぐ近くにあり、近いといっても矢は届かない距離にある。攻撃軍として敵を威圧するには絶妙な位置なのだ。野営地には多数のテントがあり、たいまつが焚かれて昼のように明るい。たいまつを焚くのも、敵に対する心理的効果を狙ったものだ。
コリアが話を始めて、バシールが答えた。
「モジタバ軍もバカではないな」
「そうだ、矢が届かない距離だ」
「しかも砦に近い」
「門から突撃すれば、すぐに応戦できる」
「モジタバ軍はバカではないが、われわれは、もっと頭がよいぞ」
「もちろんだ」
コリアが話題を変えた。
「ユスフの演説にあった銀燭の塔とは、なんだ?」
バシールが次のように説明した。
銀燭の塔はコラッサンの伝説にある塔だ。
はるか彼方、幻の崑崙山のふもとにある、といわれている。
その塔は天まで届く高さであり、月を天空で支えているのだ。
銀燭の塔の最上階までいけば、瞬時に好きな場所へ飛んでいける、とされている。
バシールが聞いた。
「お主、銀燭の塔からきたのか?」
「ちがう。地軸の穴に落ちて、気がついたらコラッサンにいた」
「そうらしいな。さあ、寝るか」
「お前、寝ないだろう」
「えっ?」
「寝ずに剣を研ぎ、矢を選び、作戦を練るに違いない」
「まあな。じゃ」
バシールが去った。
コリアは、敵のテントを見ながら考え続けた。
考えることは二つあった。
次の日。
砦の上に盾が並べられた。
盾の間に上手な射手がひかえる。
モジタバ軍の攻撃が始まった。
射手は、モジタバの兵士を、じっくりと狙って、射た。
無駄に矢は使わない。
一発必中で射った。
顔、鎧の間、足首など、矢が通るところを射たのだ。
殺すまでの痛手を与えなくてもよい。
戦闘不能の傷を負わせればいいのだ。
モジタバの兵士はバタバタと倒れた。
一発必中という戦法をモジタバは知らなかった。
「これはいかん。退却しろ」
夜になった。
バシールとコリアは、砦の上からモジタバ軍の野営地を眺めていた。
あいかわらず、たいまつが明るい。
バシールが話を始めて、コリアが答えた。
「奴ら、われわれの作戦が変わったことを知った」
「奴らも作戦を変えるだろう」
「最後は総力戦だろうな」
「勇気と情熱は山ほどあるが、数では負ける」
コリアが口調を改めた。
「頼みがある」
「なんだ?」
「砦の武器庫と宝物庫を見る許可が欲しい」
「見張りの兵士に扉を開けろと言えば、中に入れてくれるぞ」
「おれは部外者だぞ。見張りがおれの命令を聞くか?」
「聞くさ。なにしろ、勇者コリアどのだ」
バシールが去った。
コリアは、敵のテントを見ながら考え続けた。
考えることは二つだ。
その一つの答えは出た。
それしかないのだ。
もう一つの答えは、昨日から出ている。
だが、不確定な部分が残っている。
不確定なところをどうするか?
それを考える。
代案はあるが、思うような効果が期待できない。
最大の効果が欲しい。
作戦とは、そういうものだ。
コリアは砦の奥にある武器庫へいった。
見張りの兵士たちは、勇者コリア見て感激し、よろこんで扉を開けた。
コリアは武器庫の中を調べた。
武器庫の中は、ほとんど空だった。特に矢の数が少ない。あと数日持ちこたえられるくらいの量しかない。
ぎりぎりだな。
ほかのものも減っている。
だが量は少ないが、作戦に必要なものはそろっていた。
宝物庫へいき、中をみた。
必要なものがすぐに見つかった。
コリアはバシールの部屋へいった。
バシールは剣を研いでいた。
「話がある」
「勝つ方法が見つかったか?」
「ああ」
「勇気と情熱では負けないが数では負ける、それをどうする?」
「数を増やせばよい」
「どうやって?」
「グールを味方にする」
コリアがくわしく説明した。
バシールがおどろいた。
「その手があったか」
「ランゴバルドではよく使う手だ」
「お主のランゴバルドでの経験を買おう」
バシールが続けた。
「しかし、その作戦、不確定な部分があるぞ」
「分かったか。それが気になっているんだ」
バシールが立ち上がった。
「姫……じゃない、女王に裁可をもらおう」
ディーマ女王は、バシールとコリアの話を聞いて、即決した。
「やりなさい」
これまでの戦闘で捕虜になったモジタバ兵がいる。
コリアは、モジタバ兵の服を脱がし、それを着た。
外見はモジタバの兵士に見える。
剣の数は、多いほどいいだろう。
腰に吊るしている剣は別として、二十本の剣を束ねて背負った。
城壁からロープを垂らした。
コリアはバシールに言った。
「じゃぁ、頼むぞ」
「任せておけ」
コリアはロープを握った。
地面に降りる。
足音を忍ばせて、モジタバの野営地へ近づいた。野営地に入ると、わざと堂々と歩いた。だれも不審に思わない。
テントの間を抜けた。
柵があり、中には馬が集まっていた。
コリアは、柵を開き、馬に乗り、見張りの兵士を斬って走り出した。
気が付いた兵士たちが叫んでいる。
振り向くと、三人の兵士が追ってくる。
それだけだ。
大勢で追跡するほどのことではないのだ。
さすがにモジタバの兵士は馬に慣れている。
追いついてきた。
兵士が剣を振った。
コリアが剣を抜いた。
兵士の剣をよけ、水平に剣を払った。
兵士が斬られて落馬した。
もう一人の兵士が近づいた。
モジタバの兵士の常識では、馬を操りながら剣で戦うのだ。馬を離れる、ということは考えもしていない。
コリアには、バカな常識は通用しない。
コリアは、馬からジャンプして、兵士に体当たりした。
コリアの剣が兵士を貫く。
地面に降りたところに、もう一人の兵士の馬がきた。
コリアを踏みつぶすつもりなのだ。
よけながら兵士の足をつかみ、引きずりおろした。
手刀でノドをつぶす。
コリアは周囲をみた。
もう、だれもいない。
死体はグールが片付けてくれるだろう。
コリアは馬に乗り疾駆した。