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ドルイド修道院へ

ハードボイルドな中世ファンタジーです。

 森の中で薄気味の悪い音がしたので、コリアは足を止めた。


 木々におおわれた闇の中に、なにかがいる。なにかが襲ってくる準備をしているようだ。狂暴な動物か? それとも妖獣? ここはランゴバルドの辺境地帯だから妖獣が飛び出してきてもおかしくはない。剣を握って周囲に気を配る。もう一度、音がした。声もする。相手を威嚇するような声だ。妖獣が攻撃してくる前触れなのか? 細い道に落ちている木の枝で滑らないように、足元を確かめ、重心を下げる。


 来るか!


 また音がした。なにかが森の奥へ去っていく気配がする。動物の勘で、コリアには太刀打ちできない、と悟ったのであろう。


 この大陸は大きく南と北に分けられる。南の地方はアベロワーニュと呼ばれており、北の地方はランゴバルドと呼ばれている。ランゴバルドには多くの王国が乱立している。各国は覇権をかけて争っており、強い剣士や霊能力のよい魔術師を血まなこで探していた。コリアの腕ならば、どこの国でも三顧の礼で迎えるであろう。だがもちろん、コリアがそれに応じることはない。コリアの野望は別なところにある。


 コリアは歩きだした。

 鬱蒼とした森の中である。木々がおおいかぶさり、太陽が隠されて、周囲は薄暗くなっている。道は、細いけもの道だ。森は静寂に包まれている。鳥の声もしない。静寂すぎるのが、かえって不気味だ。

 けもの道が少し広くなり、さらに進むと、その先が広場となり、古い小屋が見えた。太古から存在する大森林の中に、ポツンと一つだけ人工物があるのだ。石を積み重ねて作られていて窓は小さい。自然の驚異と妖獣の攻撃を防ぐための造りだ。

 この小屋は雑貨屋であり、居酒屋も兼ねている。

 ランゴバルドの辺境のブルグンドにも、少数だが人は住んでいる。動物や妖獣、それに魔術に恐れながら住んでいるのだ。住まなければならない事情がある。そういう者たちのための雑貨屋だ。

 おおげさに〈ワグネル亭〉と出ている看板が、かえってみすぼらしく見せている。

 コリアは、分厚い木のドアを開けて中を見た。

 数人の痩せた老人が、別々の場所に座っている。カウンターには店の主人がいる。彼らは、この土地の住人だと一目で分かる。背が丸く曲がっていて目が怯えているのだ。ビクビクしながら生きているとこうなる。

 彼らとは別に、窓際には三人の男がいた。派手な軍服からワイル国の王の親衛隊だと分かる。立派な体格で、いかつい顔をしており、尊大な態度が全身からにじみ出ている。

 コリアは中に入り、カウンターに近づいた。

 主人が言った。

「いらっしゃいませ。なにをさし上げましょうか?」

「葡萄酒を一杯。それと干し肉を十日分」

「分かりました」

 主人は、葡萄酒を入れた木製のカップを出してから、店の奥に入った。

 コリアは、横を向いて親衛隊の三人をちらりと見た。彼らの考えていることは分かる。

 ――なんだ、あいつ。

 ――あいつは普通の背丈の剣士だ。

 ――体格のよいおれたちならいちころで倒せる。

 ――額には三日月形の傷がある。

 ――どこかで勝負をして負けたのだ。

 ――負け犬の弱い剣士だぜ。

 こう考えてバカにしているのだろう。気にすることもない。コリアは葡萄酒を飲み干した。

 主人が、干し肉の包を持ってきた。

「どうぞ」

 コリアは頷いて受け取ると、「金貨と砂金の、どちらがいい?」と聞いた。主人は「砂金をお願いします。地の果ての土地では金貨よりも黄金が役に立ちます」と答えた。

 コリアは、蛇皮の袋を懐から取り出して開き、砂金の粒をカウンターに置いた。

「ところで、この森の水は飲めるかな?」

「無理ですよ。怪物と魔術で汚染されています」

「それなら、これに葡萄酒を入れてくれ」

 コリアは酒袋を渡した。

「お待ちください」

 主人は、また店の奥へ入り、酒袋を一杯にして戻った。コリアは、もう一粒の砂金をカウンターに置いた。

 主人は、笑顔になって言った。「ありがとうございます。お気をつけて」


 コリアは、小屋を出て、歩きだした。

 空を見上げると太陽があり、その近くには大きな彗星が見える。この世界を覆っている悪凶の原因の彗星だ。彗星が出現して以来、多くの妖獣が現れたのだ。魔術師たちは必死で彗星を消そうとしている。しかし、誰も成功していない。

 だが皮肉なことに、彗星が出現したために妖獣が現れて、おかげでコリアが腕を見せる機会が増えたのだ。


 微かに水の臭いがする。川が近いのだろう。

 後ろから声がした。

「待て」

 振り向くと、先ほどの親衛隊の三人が立っている。腕の階級章を見ると、軍曹、一等兵、二等兵だ。

 いちばん大柄な軍曹が、後ろの方で腕組みをしている。

 その横に一等兵がいる。

 二等兵が前にいて、剣を抜いていた。

 声を出したのは二等兵らしい。

 コリアが聞いた。

「なんの用だ?」

「おまえ、どこへいく?」と二等兵が、剣を突き出しながら言った。

 コリアは、向きなおって聞いた。

「あんたたち、なに者だ?」

「おまえ、この制服を知らないのか? おれたちは親衛隊だ」

「どうして、こんな辺境にいる?」

「ランゴバルドの隅々を守るのが、おれたちの役目だ」

 コリアは、ふと気が付いて、聞いた。

「ここまで歩いて来るのは大変だったろう?」

「おれたちには船がある」

 思った通りだ。

 船があるなら楽ができる。

 二等兵が怒鳴った。

「よけいなことを聞くな。質問するのはおれたちの方だ」

「質問は、なんだ?」

「どこへ行くんだ?」

「どこでもいいだろう」

「よくはない。不審な者は調べる」

「おれは剣士だ。行先は、ドルイド修道院」

 三人とも笑い出した。

「おまえ、あの怪物を倒すつもりか?」と軍曹が言った。

「そうだ」

 軍曹が続けた。

「まあ、好きにしろ。だが、税金を払ってもらうぞ」

「それ、なんだ?」

「この辺境地帯を守るのは金がかかる」

「税金なんて聞いたことない」

「おれたちが決めたんだ」

「いくら払えばいい?」

「袋の中の砂金ぜんぶ」

二等兵が「金貨も貰うぞ」と付け加えた。

「そうか……」

 コリアは懐に手を入れた。

「おっと」

 二等兵が剣を伸ばした。

「妙なことをするなよ」

 コリアは、重い袋をとりだした。親衛隊の三人は袋を見た。

 いまだ。

 コリアは一等兵の顔に袋を投げた。

 剣を抜いて横に振った。

 二等兵の剣が半分に斬れた。

 右足に重心を移し、左足で二等兵の腹を蹴る。

 そのまま足を動かし、前に出て、右足で一等兵の顔を殴打する。

 あごの骨が折れた音がした。

 軍曹の剣吊りを切る。

 その剣が大地へ落ちるより速く、剣先を軍曹の喉に当てた。

 軍曹は、棒のように立ったまま、あぜんとしている。

 一等兵と二等兵は、大地に倒れて呻いている。

 コリアは冷たい声を出した。

「さてと、じゃぁ、行こうか」

「ど、どこへ?」

「おれが行きたい場所だ」

「ドルイド修道院か?」

「そう」

 コリアが続けた。

「最初は歩いていくつもりだっが、お前らを見て思いついた。どうやって親衛隊はこの地へ来たか? 答えは船だ。船なら楽に移動できる」

「楽じゃないぞ」

「おれは、そうは思わない」

「わ、分かった。船はやるよ」

「案内人がいる。一緒に来い」

「ドルイド修道院へいったことはない」

「だが、土地勘はあるだろう?」

「いやだ、あんな恐ろしい所へいきたくない」

「そんなに恐ろしいのか?」

「あそこへ行って帰ってきた者はいない」

 コリアは、一歩下がって、大地でうめいている二人を見た。

 二等兵は腹をおさえてうずくまっている。

 一等兵は、あごを持って泣いている。

 コリアは一等兵の首を斬った。

「軍曹、役に立たない者はここで殺す。ドルイド修道院まで案内すれば、生きる可能性はあるぞ」

「わ、分かった」

 軍曹は、二等兵に肩を貸して立ち上がらせた。

「よし、行こう」

 コリアは、二人の背後についた。

 

 生い茂る蔦をかき分けて進むと河があった。沼のようによどんでいて腐臭がする。

 親衛隊がパトロールに使う船が浮いていた。オリハルコンを動力とする船だ。


 今から八百年前のことだ。クラフトという名前の魔術師がオリハルコンを発見した。先史文明で使われていたという伝説の金属だ。クラフトが分析すると、オリハルコンは膨大なエネルギーを秘めていた。「これは使えるぞ」オリハルコンは動力として使われるようになった。ただ、オリハルコンを見つけるのは、黄金の十倍、金剛石の百倍も難しい。裕福な国王だけが持っているのだ。


 コリアと親衛隊の二人が船に乗った。

「出発しろ」

 軍曹が、後部の操舵室へ入り、スイッチを押す。船が静かに動き出した。腐臭のする濁った河を進んで行く。コリアは操舵室の前に立った。二等兵はコリアから離れて座っている。

 軍曹が操舵室から出て、コリアに近づいた。

「あ、あのう」

「なんだ?」

「戸棚から取り出したいものがあるんですけど、いいですか?」

「なにを出す?」

「剣です」

「隙があればおれを斬るつもりか?」

「とんでもない。あなたの強さはよくわかりました。しかも、あなたの剣は隕鉄を鍛えて作ったシダライト・ソードでしょう? 絶対に折れない、という評判を聞いています」

「そうだ」

「あなたと戦うつもりはありません。勝てませんから」

「そこまで分かっているのなら剣は必要ないだろう?」

「必要ですよ。この河には、どんな生き物がいるか、分からないですから」

 それもそうだ。丸腰でビクビクさせているよりも剣を持たせた方がよいだろう。この二人でも戦力の足しにはなる。

「よし、出せ」

 軍曹は戸棚に架かっていた剣を二本取り出し、一本を二等兵に渡し、一本は自分で持った。それから軍曹は操舵室の引き出しを開けて中から羊皮紙を取り出した。

「それはなんだ?」

「この近辺の地図です」

「そんなものがあったのか」

「二百年まえに猟師の証言で作ったものです。あいまいなものですが参考にはなると思います」

「その漁師は、どうした?」

「ドルイド修道院へ宝を探しに行き、そのまま帰りませんでした」

 船はぬめりのある水を進んだ。ときどき、水面に蛇の胴体のようなものが現れて、また水面下へ消えた。大きな気泡が出てくる。

 軍曹は地図と太陽を見比べて舵を操作した。

 二等兵はブルブル震えながら河を見ている。

 コリアは深呼吸して太陽を見上げた。

 太陽の脇には不吉な彗星がある。あの彗星が魔物たちを呼び覚ましたのだ。世界は災いにおおわれている。だからこそ、おれが活躍できる。

 コリアは、魔物たちに負けるとは思っていない。魔物を倒し、おれが強いことを証明するのだ。コリアが負けたのは一回だけ。額に三日月の傷が残ったときだ。もう、二度と負けないぞ。

 河は二手に分かれた。軍曹は右に舵を取った。また二手に分かれる。また右へ進む。河が狭くなった。今度は三手に分かれた。中央の河を進む。

 二等兵が声を出した。

「軍曹、右のほうに建物が見えました。修道院じゃないですか」

 コリアが操舵室へ入り、軍曹に言った。

「どうだ?」

「この地図と少しズレていますが、間違いないようです。この辺りに、他の建物はありませんよ」

「よし、いいぞ」

 その時である。

 前触れなく、水面から巨大な吸血イソギンチャクが飛び出した。吸血イソギンチャクは二等兵に覆いかぶさった。二等兵は倒れ、痙攣している。もう助からない。

 コリアが叫んだ。

「船を回せ。岸に着けろ」

 コリアは操舵室から出て、剣を構えた。

 もう一匹が襲ってきた。 

 コリアが両断する。

 船が急旋回した。

 軍曹も剣を抜き、操舵室を出て身構えた。

 二人は、次々に襲ってくる吸血イソギンチャクを斬った。

 船が揺れた。

 巨大な沼蛇が顔を出した。

 大きく開いた口から長い舌が飛び出している。

 コリアは二等兵が手放した剣を取り上げ、沼蛇に投げた。

 剣が沼蛇の右目に刺さる。

 また船が揺れた。

 岸に着いたのだ。

 船は、そのまま地面を走り、転倒した。

 二人は船から飛び下り、走った。

 軍曹が先を進んだ。

 恐怖にかられて必死なのだ。

 コリアが後に続く。

 背後で船が爆発した。

 コリアは森の中へ突進した。

 木から垂れ下がっている蔦が顔にかかる。

 それを気にしている場合ではない。

 コリアは走り続けた。

 ここを抜ければ修道院だ。

 夢中で走る。

 蔦が動いて首に巻きついてきた。

 身体や足にも巻きついている。

 四肢を引っ張る。

 軍曹の悲鳴が聞こえた。

 軍曹を心配しているひまはない。

 自分の命が危ないのだ。

 危機になるほどコリアは冷静になる。

 コリアは身体を揺らした。

 まだ動けるぞ!

 左足に手を伸ばした。

 蔦が左足を引っ張る。

 そうはさせるか!

 筋肉を極限まで使い、左足を引き寄せる。

 ブーツの内側に金具でとめてある短剣を握った。

 一気に引き抜き、刃に触る蔦を斬った。

 少しだけ身体が自由になる。

 次は右手だ!

 右手にからまる蔦を斬る。

 よし!

 右手のシダライト・ソード、左手の短剣を振るう。

 蔦が次々と斬れて身体が自由になった。

 夢中で走り、人喰い蔦の森を抜けた。

 その先にはドルイド修道院の巨大な廃墟があった。

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