ヒーロー登場
一夜が明けた。
アル=ラシーダ公とその娘は、朝食を取ると手早く準備を整えさせ、森の中の魔法使いの住居へと向かった。
かつて魔法使いの家に来たことのある公女が先導し、小屋の扉をノックする。
返事がない。
もう一度ノック。返事なし。
公女が三度目のノックを試みようとした時、アル=ラシーダ公が止めた。
公は背後に控える甲冑姿の騎士に合図をする。
騎士は一礼した後に公と公女の前へと進み出、ドアを掴んで開こうとする。
案の定、ドアは内側から鍵がかけられていた。
騎士は公の方を見る。公は黙って頷いた。
「では、御免!」
騎士はそう言い放つと扉に肩からぶつかっていった。
木の扉は枯れ葉のように破られ、破片が周囲に飛び散った。
「やや!」
「まあ!」
騎士に続いて小屋の中に入ったアル=ラシーダ公と公女は、ともに驚きの声をあげた。
小屋の真ん中には、うつ伏せに倒れた魔法使いの老婆がいた。
……全裸であった。
脚を開いた状態で倒れているので、見たくもないものが惜しげもなく(惜しめ)晒されている。
不意に、どこからともなく、男の高笑いが聞こえた。
「この老婆がわたしの秘密を知っていると、よく突き止めた!」
「ゼンラシュタインか?」
アル=ラシーダ公は腰の剣の柄に手をかけながら叫んだ。
騎士が抜剣して公の前に出る。
「口封じ方々、結婚式がどうぶち壊されるのか、そのヒントを与えてやろうと思ってね」
男は笑いながら不敵なセリフを口にする。だがその姿は見えない。
「曲者め、この老婆の全裸と関係があるというのか!」
「お父さまこの曲者はどういう方法で結婚式を台無しにしようとしているのでしょう」
「ん? 公女よその老婆の姿を見て何も感じないかね」
「かわいそうに倒されていますね。生きているのやら死んでいるのやら」
「いや問題はそこじゃないだろう」
「命に関わることがらより重大な問題とはなんでしょう。そんなものをわたくしは知りません!」
「えーっと、あのー、婆さん別に死んでないし怪我もしてないから」
「なら何も問題はありませんね。誰か、おばあさんにお水をあげて正気を取り戻させてください」
「えーっと……」
「まだなにか用がありますか曲者!」
「ばあさんの格好に何か疑問を持たないのかね?」
「一糸まとわぬ姿ですが、それが何か?」
「ばばぁがその汚い裸をさらしていることに違和感を覚えないのかね君は!」
「人間、一日中着衣のままでいるわけにはいきません。わたくしだって着替えや入浴の際には裸になります。それが何か?」
怪しい男はしばし沈黙した。
「と、とにかく結婚式で何が起こるか! それがヒントだ! よく考えろ!!」
怪しい男はそうわめきながらどこか遠くへ去ったようだった。
「なんだったんだあれは……」
全員、声を失っていたが、しばらくのちにアル=ラシーダ公がぽつりとつぶやく。
「悪の魔法使いゼンラシュタイン。行く先々に恐怖と絶望と全裸を振りまく迷惑な男です」
別の男の声がした。アル=ラシーダ公は声のした方に振り向いた。
そこには、黒いマントに身を包んだ青年がいた。
「あなたは何者?」
公女が尋ねる。
「はじめまして公女殿下。見ての通り決まった領地を持たない遍歴の騎士です」
「遍歴の騎士……」