アル=ラシーダ公女の災難
悪の変態も、時に野心を抱く。
その時、アル=ラシーダ公の城は上から下まで大混乱の最中にあった。
一週間後に公女の結婚式を控えていたのだが、その結婚式をぶち壊してやる、という予告状が届けられたからである。
アル=ラシーダ公は公女の肩を抱いて泣いた。
「公爵の娘として生まれたからには、政略結婚の道具とならねばならぬ宿命。ならばせめて結婚式でも一生の思い出に残るものにしてやりたかったが、それも今や危なくなった。おお、わしがそなたのためにしてやれることはもうないのだろうか」
「お父さま。たとえ結婚式が悲惨なことになったとしても、わたくしは幸せになれるのではないかと思っております」
「それはどういうことか」
「お相手の第三王子さまでございます」
公女は事前に送られてきた結婚相手の王子の肖像画にほのかな期待を抱いたのだという。ちなみに全身像だ。
「王子さまは、その、股間のお道具が大層ご立派で」
「娘よいきなり何を淑女らしからぬことを」
「いえお父さま。公爵の娘として生まれたわたくしは所詮子を産むための道具。ならばその務めを立派に果たすことこそわたくしの幸せであると考えております」
公女は涙を流しながら、その幸せ、つまり立派な子を産んで王国内における実家の権力を高めるためには、股間の道具の立派な配偶者が必須だと訴えた。
「ですから結婚式がどうなっても、その後立派な赤子を産ませてくれる配偶者を得られればわたくしは幸せなのでございます」
公女のけなげなこの言葉に、公爵は涙を溢れさせた。
股間のお道具とやらが立派だと、健康な子が生まれるなどという保証はどこにもないのだけれど。
「娘よ。子を産むことはわが公家の幸せであってお前の幸せではない。他になにも与えることはできないが、せめて盛大な結婚式をあげてそれをお前の幸せとしたかったのだ。だがそれも今では怪しくなってきた」
「お父さま。今まで尋ねませんでしたが、来週の結婚式に何が起こるのです」
「わからぬ。ただ『結婚式をぶち壊してやる』という怪文書が届けられただけじゃ」
「その怪文書に、署名などはなかったのでしょうか」
娘の言葉に、公爵ははっとなった。
「そ、そうじゃ。確かゼンラシュタインという名が書かれておった」
「ゼンラシュタイン?」
「娘よ、心当たりがあるのか?」
「いいえ全然。しかし、いかにも悪巧みを考えていそうな名前です。魔法使いの類でしょうか」
「城の中の者すべてに聞いたがそんな人間は知らぬということだ」
「単なるわたくしの勘なのですが、魔法使いであるように思われます」
ここまで読んできた大抵の読者は天才科学者だと思ったのではなかろうか。
だが剣と魔法が幅をきかせるこの世界においては科学者というのはほぼ存在しないので、魔法使いだと思った公女の勘はそれなりに当たってはいた。
「わたくしの知り合いで、森の中に住む魔法使いのおばあさんがおります。なんでも知っている方ですので、その方に聞けばなにか手がかりが掴めるかと」
「そうか。では明日二人でその魔法使いの老婆のもとに参ろうか」
アル=ラシーダ公は根っからの善人であり、身分が下のものであってもなにかあれば自ら訪ねていくという謙虚さがあった。
その父に育てられた公女の性格も推して知るべしである。
公爵ともあろうお方が下賤の家に行くなど、とは言わない。
素直に父の伴をして老婆に会おうと考える、そんな公女であった。
無論、心根だけではなく、公女は姿形も非常に美しかった。
ゆるくウェーブのかかった長い金髪で、目は碧く大きい。
鼻や口はやや控えめで、全体としては清楚と呼べる顔立ちをしている。
そして顔立ちが整っているだけでなく、大半の読者が気にしているであろう胸部も、見事な膨らみを見せていたのである。
ちなみに公女の年齢は15歳であった。
われわれの世界の中世における15歳といえば、政略結婚にはほどよいお年頃である。
いやほんのちょっと婚期遅れ気味か?
まあとにかくそんな感じだ。