第3話:転生貴族の大暴れ
やって来たのはとっても広い訓練場。
屋敷から徒歩3分ほどの距離にあり、短く切り揃えられた芝生が広がっている。存分に暴れまわっても大丈夫だと思える程度には広い。天気も良く、麗らかな日差しが身体を温めてくれる。
いやはやさすがエレヴァトリス、すげぇな。こういうのを見ると、異世界に転生した実感が湧いてくるというものだ。見た目も空気も日本と全然違う。
身体も随分と小さくなった。少女が横にいることで、視界が低くなったのをより感じる。多分、今は150センチほどか。シャルの方が少し高いくらい。
さて、閑話休題。
クズ兄貴を合法的にボコせるということで、俺は絶賛ウキウキしている。
戦闘はどうやら聖人縛りに含まれないのは先ほど証明した。人であっても適用されるかは不明だが、ある程度は許してくれるはずだ。
どんな魔法を使ってやろうか——と内心ほくそ笑みながら、脳内で魔術を検索する。
マギアカのガチ勢を舐めるなよ。魔術はほとんど覚えてんだぞ。
「さぁ、始めるぞノア。互いが戦闘不能になるまでの無制限試合。いつも通りのルールだ。文句はないな?」
「もちろんですよ。そちらから始めていただいて構いません」
「ほぉ、いきなり聖人君子気取りか? 何があったか知らねぇけど、すぐにそのプライドを折ってやる」
……すごいな、これだけの会話で聖人君子だと思われるなんて。そういった効果もあるのかもしれない。勝手に良く思われるとは便利なもんだな。
ま、実際俺には知識と徳望が備わった理想的な人物なわけだがね! ……呪いのおかげで。
「おっと、大事な事を忘れていた。俺が勝ったらシャルをもらおうか。負けた主人の元にいるのは可哀想だからな」
いかにも自分は優しいですみたいなことを言っているが、視線はシャルの豊満な胸に向いている。きっしょ。やっぱ殺した方がいいかもしれん。
「では私が勝てばシャルは私のものということで」
俺が優しい口調で宣言すると、シャルは顔を赤らめ、ディケールは侮辱されたと感じたのか顔を怒りに染めた。
二人とも真っ赤になっているのはなんだか珍妙な光景に思える。
要するに草生える。
「おいシャル。開始の合図をしろ」
「は、はいぃ……! ノア様もよろしいですか?」
「あぁ。大丈夫だよ」
「で、では——始め!」
瞬間、ディケールは炎の魔法陣を展開した。
魔力の量から察するに、あれは第四位階ほどの威力はあるだろう。十段階中で四。及第点だ。
「〈灼熱飛龍〉ッ!」
魔法陣から炎が現れ、次第に飛竜を形作っていく。
人よりも大きい、獰猛な目つきのそれが完成すると、こちらに向けて飛んできた。
勝ちを確信したような顔。
つまりはこれが最大の攻撃というわけで。
……なんだ、拍子抜けだな。しょーもねぇ。
「クズならそれ相応の強さを持ってろ。〈絶壁〉」
俺の目の前に真っ黒な壁が出現すると、炎の飛龍の行く手を阻み――轟音と共に飛竜が消し飛んだ。その欠片が火花となって散り、視界を赤に染め上げながら芝生を軽く燃やす。
ディケールの顔がぽかーんとなって、つい笑みが漏れそうになる。
まぁ、実際のところ13歳という成人前の年齢でこれほどの威力の魔術を使えるのはすごくはあるのだが……ゲームからとはいえ知識と経験がある俺はそれをゆうに超える。
流石にこんな奴には負けんよ、俺は。
「おいノア、お前どんなズルをしたぁ!」
「いえ、兄上。私はそんなことしておりません。もう一度お試しになってはいかがでしょう?」
「ちっ! 舐めやがってぇ! 何が『私』だよ、ずっとお前は『ぼく』と言ってたくせに! いきなり大人ぶるな! 〈灼熱飛龍〉ッ!」
再び、大きな灼熱の飛龍が現れる。
そういうのを馬鹿の一つ覚えっていうんじゃなかったかな。面白いなこいつ。
一人称に関しては仕方ないだろう、中身が元の身体の4倍の年齢なんだから。大人だよちくしょう。
「これで終わりにさせていただきます。〈水渦〉」
次は壁ではなく、水の魔術。つまりは炎に対して有利というわけで。
「俺の魔術が……呑み込まれて――!?」
飛龍よりも大きな水の渦は、飛竜を喰らうかの如く飲み込んでいく。哀れな龍はジタバタと藻掻くが、決して離しはしない。次第に動きが鈍くなり、飛竜は跡形もなく消え去る。
それによって大量の水が蒸発し、水蒸気が辺りに充満した。
しかし俺の魔術は残り続け、ディケールの眼前まで迫ってようやく消えた。ディケールがあと一歩手前にいたならば、あの飛竜と同じ末路を辿っていたことだろう。
彼もその未来が予想できたのか、今にも泣き出しそうな顔でへばっている。
「う、嘘だ……俺が負けるなんて……こんな雑魚に……!」
ディケールは膝から崩れ落ち、その場で呆然と俺を見つめていた。目の焦点は合っていない。
俺はそれを一瞥し、シャルの方を向いた。
「シャル。これでもう大丈夫です。行きましょう」
フラグ的にも人間的にも面倒なガキのお片付け完了。
あー疲れた。お布団にダイブしたい。
「は、はいっ!」
心なしか、シャルの顔が紅潮し声もうわずっていたような気がした。
まるで恋する乙女のような……うん、気のせいだよな?
そうして俺がシャルの前に立ち、自室へ帰ろうとしたその時——パチ、パチ、パチと何かを叩く乾いた音が聞こえた。
それが拍手であると理解するまで、数秒を要した。
「実にお見事。さすがはエレヴァトリスの子だ」
「あ、あなたは……!」
少ししわがれた声。
ラフな服装ではあるものの、防具と剣を装備している姿。
活力を感じる茶髪の似合う顔。
……どうにも見覚えがある。まさかここにいるとは思いもしなかった。
一方、消沈していたはずのディケールは顔を上げ、瞳をキラキラさせてその男を見つめている。元気だなぁ。
「おっと、君とは初対面だったか。これは失礼。私は帝国騎士団長、クライン・ヴァクローア。あなたのお名前を伺っても良いだろうか」
「お、俺はディ――」
「誰が敗者に名を聞くか」
「っ……!」
ディケールが出しゃばろうとした瞬間、クラインは鋭い眼光で睨みつけて威圧した。その目には、見下すような侮蔑が込められている。
怖い。いい年した俺も少しだけ恐怖を感じてしまうほどに。おかげで職場のパワハラ上司を思い出した。どこか今の眼光と似たものを持っていた記憶がある。
あれ、そう思うとそんなに怖くないかも?
「私はノア――ノア・エレヴァトリスと申します。かの高名な騎士団長殿にお会いできて光栄に思います」
「それほど硬くならずともよい。私は公爵閣下から恩義を受けた身。仲間としてこれから友好的な関係を築いていければ幸いだ」
そう言ってクラインは手を差し出した。
俺もその手を握り返し、力強く握手を交わす。
――クライン・ヴァクローア。三十代の若き伯爵家当主。
マギカミでは主人公たち皇帝派に味方し、騎士団長として指南を行う善人。しかし、ノアが皇帝に近づいたタイミングで皇帝派を裏切り、新帝派として敵対する悪役だ。
そのカリスマ性と、エレヴァトリス公爵から受けた「かつての恩義」に報いようとする姿に魅了された人が続出。悪役ながらもファンは多い。
それに加えて強さも抜きん出ている。魔術はほとんど使えないものの、剣術では帝国最強と噂されているほど。
いやぁ……とんでもない人と会ってしまったものだと心の底から思う。
「こちらこそ。あなたがいればとても心強い。もしかすると皇帝にだってなれるかもしれないですね。……おっと、冗談が過ぎました」
この言葉は、聖人の呪いとは関係なく、俺自身の本心だった。というかゲームではほぼそれが事実だ。クラインがノア側についたのが最後の一押しだったのは間違いない。
……ま、呪いのせいで冗談ということにされたんだが。
だが、クラインの浮かべる笑みが、明確に“違うもの”に変わったのを感じ取った。
例えるなら、ビジネススマイルからガチスマイルに変わったような。
明らかに愉しんでいるのが伝わる。
「はっはっは、先程の魔術を涼しげな顔で放つノア殿であれば、お一人だって上を目指せるだろう。だが――とても面白い冗談だった。思わず《《現実にしたくなるほどに》》」
「――!?」
とても驚いた。開いた口が塞がらなかった。厳格な騎士団長が、こんな冗談を本気にするとは……
しかし好都合だ。かなりの強キャラを仲間にできるのは素晴らしい。
俺の自由のために、せいぜい利用させてもらうとしようか。もちろん、皇帝になんか死んでもなりたくないけどな!!!!
「ノア殿。一つ、お願いがある」
「……何でしょう。あなたの願いならば受け入れたく思いますが」
「私と一つ手合わせをしてほしい。あれほどの魔術を放つのにも関わらず、腰には剣がある。しかも、明らかに良いものを。武人として、剣士として、興味を持たないはずがない」
「なるほど、それはごもっとも」
あぁそうだよごもっともだよ! 俺は嫌だけどな!!!
だって怖いもん! 帝国最強だよ!? 勝てる気しねぇって! 死ぬって!
――そんな俺の気も知らず、クラインは満足そうに頷き、刃の無い模擬剣を武器置き場から持ってきた。ちゃんと二本。
あのクソ女神……こうなることを予測して俺に剣をぶっ刺したんじゃあるまいな? マジで許さん本当に許さん最悪だ本当に!
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