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いずれラスボスになる悪役貴族ですが、聖人縛りで生きることになりました  作者: ねくしあ
第一章:聖人貴族は運命と出会う

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幕間-後編:森の狩人

 ——数分後。私たちは森の中で相対していた。


 足元はそこまで悪くないが、葉っぱが視界を遮る。そう考えると、公爵家の道中は、ほどよく葉っぱが剪定されて綺麗な木漏れ日を作り出していたのだと思い至る。とってもすごいと、素人ながら感心してしまった。


「準備は、出来ました」


 魔杖を構え、足もいつでも動かせる体勢にする。


「魔杖……珍しいですね。なるほど、よく分かりました」

「っ……」


 不意に、背筋がぞっとした。

 たぶん、既に私の戦い方は見透かされている。


 見たところ成人していない、10歳かそこらの少年。なのに、魔杖の存在と使い方を知っている。貴族の教育レベルのおかげなのか、はたまた——


「始めますよ。用意はいいですか?」

「はっ、はい!」

「では——始め!」


 瞬間、私は反対側に死ぬ気で走り出した。


 これは逃走ではない。遠距離から魔杖を使って精確に魔術を放つ、狙撃手(スナイパー)と呼ばれる戦い方をするからだ。

 手からの射出は、近距離か大規模な魔術なら問題ないが、遠距離となると照準を合わせるのが難しくなる。そのため、魔石を使った杖を用いるのだ。


 背後から魔術は来ない。やはり、これを知っていたんだろう。


「はぁ……はぁ……こんくらいで……大丈夫な……はず」


 数百メートルは走った。すっかりノア様の姿は見えない。

 太い木の幹にもたれかかりながら、少し深呼吸して呼吸を整える。


「〈上昇風(アセンド)〉」


 強い風でふわっと浮き上がり、木の枝にかがむ。

 同時に、魔力探知(マナディテクト)を使って魔力を探る。


 ノア様ほどの強大な魔力なら、きっとすぐに見つかるはずだ。


「……よしっ、見つけた。さっきからあんまり動いてないね」


 息を吸って……吐いて。


「〈千里眼(クレアボヤンス)〉」


 呼吸を整え、精確に狙いを定める。

 今まで魔物や動物相手に何度も繰り返してきた動き。幼い頃から培ってきた経験の塊。そこに、迷いや焦りはなかった。


 さすがに顔や心臓は危ないから、太ももにしよう。治療しやすく、動脈にさえ当たらなければ出血も少ない。そもそも防いでくれればいいのだ。


「——〈尖鋭風弾(アネモ・スティングス)〉ッ!」


 空を切って放たれた、不可視の弾丸。

 その反動で身体が揺さぶられるも、幹にしがみついてこらえる。


「……当たったかな」


 ノア様を信じるしかない。皆が「女神の奇跡」と呼ぶお方なのだ、いとも容易く回避しているに違いない。

 もしそうだったら、それはそれで私が師匠になるのとか難しいそうだけれど……


「お見事です。弾丸は綺麗な軌跡を描いて放たれていました。その精度や安定感は目を見張るものがあります」

「あ、ありがとうございます——って、え?」


 おかしい。どうにも聞き覚えのある声がする。

 恐る恐る、ゆっくりと振り向くと、そこには——


「ひゃああああ!?」

「そんなに驚かないでくださいよ。想像以上に素晴らしい技を見せていたいだのですから、お礼を述べに来ただけなのです」

「だ、だだだって、さっきまで間違いなくあそこにいましたよね、ノア様!?」


 ノア様は柔らかな口調で、子どものような純粋さを持って話している。


 一方、普段「冷静すぎる」だとか「冷たい」だとか言われる私が、こんな大声を出したのはいつぶりだろうか。

 木にしがみつかないと、驚きで落っこちてしまいそうだ。


「ラフィさん、まずは深呼吸をしてください」

「は、はいっ。すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 やれと言われても、中々すぐには落ち着けない。


 それを見透かしてか、ノア様は軽く苦笑していた。


「次からは私も攻撃しますから、そのままだと怪我してしまいますよ」


 そう言って木から降り、言い忘れていました、とこちらを向く。


「ラフィさん。あなたなら、第四位階以上もきっと出せるはずです。もっと本気で来ても良いのですよ? それではこれで」


 第五位階なんか打てても一発なんですけど——という私の声が届く前に、彼は姿を消してしまった。


 魔力すら見えなかった。つまり方向を追えない。

 慌てて魔力を探すも、どこにも反応がない。さっきはあんなにも放出されていた魔力が、抑え込まれているのだ。


「どうしてできるんだろ……貴族の子息なのに」


 魔力の隠蔽は、私のような狩人には必要な技術だ。魔物に見つかってしまえば返り討ちに遭う可能性がある。

 似たような理由で姿を隠さなければならない人もいるだろう。だが、貴族はそんな必要ない。お忍びで出かけるにしても、魔力は隠す必要がない。


 そのうちに、一瞬だけ仄暗い妄想が脳裏をよぎり——すぐに(かぶり)を振って掻き消した。


「集中、しないと」


 気を取り直し、改めてノア様を探し始める。

 今度はより深く、丁寧に。


「ノア様っ……どこに……」


 普段は無意識的に除外する、微量な魔力すらも感知範囲に含める。

 

「くっ……」


 いきなり流れ込む大量の情報に、目や頭に激痛が走った。しかし、なんとか我慢して周囲をくまなく確認していく。


 魔力の濃淡や変化を、一つも残さないように。


「——見つけた!」


 微かに、ほんの少しだけ、人がいるのが分かった。ノア様の特徴と一致するし、断定していいはず。


 その直後——目が合った。

 数百メートル離れているのに、間違いなく目を合わせている。

 あまりの恐怖で息がつまり、脳がクラクラしてしまう。


 落ち着こうと深呼吸した刹那、彼の姿が掻き消え、急速に接近する魔術を感知した。


「避けないとっ」


 慌てて木から降り、木を盾にして身を隠す。


 ——バゴッ! と幹が抉られる音が響き、水飛沫と木っ端が飛んでくる。


 完全に人に打っていい速度の魔術ではない。木に当たるような軌道だったのは、優しさか、はたまた偶然か。


 やられるより早く、見つかるより先に。


「〈尖鋭風弾(アネモ・スティングス)〉……!」


 速度で負けている以上、手加減とか言ってられない。

 魔力探知を全力で行い、目標を見つけ出した瞬間に撃つ。そして、すぐに数十メートル移動する。いわゆる一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)だ。


「はっ……はっ……〈尖鋭風弾(アネモ・スティングス)〉!」


 今まで、冒険者とは名ばかりの、狩人のような戦い方をしてきた。こんなに仕留められない獲物は狙わないし、もし狙っても消耗具合から諦める。そういう選択肢を取る。


 でも、私には諦められない理由が——


「ある、のかな」


 私は狩人。誰かの師匠じゃない。いつも通りの慎ましやかな暮らしに戻ってもいいんじゃないか?


「諦めるんですか? ラフィさん」

「ノア……さま……」


 気づけば私は、膝から崩れ落ちていた。足が限界だったのだろう。これでは動けない。逃げられない。どの道負ける。本当の狩りであれば、もう死んでいる。血抜きを始める頃だ。


「すみません。試合ということで私も少し興奮していたようです。振り返れば、狩人であるラフィさんとは相性が悪かったかもしれません」

「そう……ですよね……」


 あぁ……私の50万ビタ……さよなら……


「ちょっ、泣かないでください! そういう意味ではないんです、誤解させてしまって申し訳ない……!」

「泣いて……る……?」


 そう言えば、確かに視界が霞んでいる。

 頬を触れば、指が湿ったのも分かった。


 私……泣いてるんだ。成人してる大人が、未成年の子どもの前で……?

 あはは……は、恥ずかしすぎる……


「こんなの……もうお嫁に行けない……」

「それはきっと大丈夫ですよ。ラフィさんはお美しい。あなたなら、良い男性と巡り会えるはずです」

「っ……!?」


 お美しい……!? それってきゅ、求婚——!?


「わ、私なんかじゃ釣り合いませんよ」

「えっと、何の話か分からないですが……ラフィさんにはぜひとも私と契約を結んでいただきたいのです」


 契約って、やっぱりまさか……! いやいやそんなわけ、いやでも!


「ど、どうしてもと、言うなら……私、が、頑張りますっ!」

「そう言っていただけて嬉しいです。では、これからよろしくお願いしますね——師匠!」

「……し、しょう?」

「えぇ、師匠です!」


 はぇ? と気の抜けた声が漏れる。それ以上、私の口からは何も出てこなかった。


「確かに私とラフィさんの戦闘スタイルは違う。しかし、だからこそ、私はあなたの戦い方を学びたいのです。様々な戦術を知れば、臨機応変に戦える。それはとても素晴らしいことだと思うのです! ……あれ、どうしました? リエル、ちょっと見てほしい」

「……ん、気を失ってる。ノア様が変なことを言うから」

「え、これ私のせいなの?」

「わたしにも、言って欲しかった……」

「ん? ごめんリエル、もう一回言って欲しい」

「もう知りませんっ」

「そんなぁ……!」

「面白い!」「続きが読みたい!」

など思っていただけましたら、

画面下より《5つ星》をお願いします!


この作品はカクヨムにもあるので、そちらでもぜひ!

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