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いずれラスボスになる悪役貴族ですが、聖人縛りで生きることになりました  作者: ねくしあ
第一章:聖人貴族は運命と出会う

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第13話:聖人が冒険者ギルドへ

テストと体育祭と英検で忙しかったんです……はい言い訳ですすみません

えちちなシーンと8300文字を用意したのでお許しいただけると幸いです……

 それから十数分。

 たどたどしい足取りで進んでいき、次第に耳へ人々のざわめきが聞こえ始める。匂いも肉やらの焼けているようなものになった。なんだか腹が減ってくる。


「懐かしい……!」


 シャルが、しみじみとした様子で破顔する。


「そういえば、シャルが最後にここに来たのっていつなんだっけ?」

「近くを通っただけなら昨年の帰省の時期ですね。馬車なので景色を眺めるだけでしたけど。なので『来た』のは、子爵家からお仕えしにやって来たばかりの頃に数回、ですかね」


 忘れがちだが、彼女はエレヴァトリス家に雇われたメイドではない。分家の一つであるライツィア子爵の令嬢。つまりは貴族だ。

 近親とはいえ分家、だから結婚できる……なんてのは今は関係ないな。


 ともかく、だからこそシャルは外をほとんど知らない。生まれ育ったライツィア子爵領以外ほぼ知らないのだ。


 いつか連れ出してやりたい——そんな親心を持つのはお門違いだろうか。


「リエル、案内お疲れ様」


 わしゃわしゃとフードの上から髪を撫でてやると、小さく喜ぶ声が漏れ出てきた。まったく、()い奴だな。


「ここがリガルレリアの中心部。私は露天エリアって呼んでいる場所だよ」

「人がいっぱいです……! これがノア様の民なんですね!」

「私のではないけど、まぁ、そうなるんだろうね」


 領主が誰か、ではない。


 エレヴァトリスとは、この地における支配者の一族なのだ。

 責任からは逃れられない。

 それは、会社と変わらない事実であり常識。


 ——そんな連想が脳裏を駆け抜ける。なんだか身が引き締まる思いだ。


 不意に存在しないネクタイを握ろうとして、宙に浮いたまま行き場をなくした手は、一つの店を指し示していた。


「えっと——あそこでちょっと食べようか。この前ラドリーナ姉様とも行った場所なんだよ」

「ラドリーナ様が!? それは期待が高まりますね!」

「ラド……!?」


 リエルちゃんも驚きますよね、なんてシャルが共感を得て喜んでいる。


 あぁ、そういやリエルにとって扉破壊神(ラドリーナ)は仕事の依頼主なのか。あれは貴賤の夜(オルザーク)と出会った日でもある。なんだか懐かしい。昔のことのように感じるな。


 ——そうして談笑しつつ歩き、店主と顔を合わせた。


「いらっしゃい……あっ」


 接客スマイルが一転、俺の顔を見た瞬間、頬が赤く色づいた。そして目がキョロキョロと左右に動き、頬が引きつる。


 ……あれ、この前の店主って赤髪の少女だったよな。目の前に立つ少女の髪色は青。顔も似ているが、微かに違う。それに、何か引き付けられる。不思議な引力がはたらく感じ。


「えと、い、いらっしゃいませ」


 動揺しすぎだろ。言い直しても変わらんぞ。


 ま、いいか。こういう人もいるのだ、と気にせずに、網の上で焼かれている肉に目をやる。


「二人とも、どれがいい?」

「ノア様にお任せします!」

「わ、わたしも」


 かつての部下にもいたなぁ、俺を信頼して「任せる」って言ってくれた奴が。あいつは若くて優秀だったから、ブラック企業なの見抜いてさっさと辞めちゃったけど。しかも置き土産に労基を寄越した。最高だったな、あれは。


 ……そんな思い出に口元を緩ませていると、店主もにこっと笑顔を返してくれた。ちょっとクールで可愛い。


「じゃあ、これ3つをお願いします」

「450ビタになります」

「これでちょうど、ですかね」


 ふっふっふ、今度こそ金を持ってきたぞ。


 どこにあったのか、と言われれば、お小遣いが保管されている金庫があった——成人してないのでメイド経由で引き出すシステム——ので、そこから持ってきた、って感じだ。


「はい。ありがとうございます」


 そう言って渡された鶏肉の串焼きを二人に分け与える。


「いただきますっ! ……はふっ」

「あちゅい……れす」


 シャルは豪快に、リエルは髪をかきあげて串を口に入れた。

 口元に見える唾液は目立ち、湿った咀嚼音はどうにもよく聞こえてくる。


「ノア様の、あつくてぇ……はふっ……おいひいれすぅ」


 どうしてこのメイドは語弊が生まれそうな事を言うのか。

 胸はどうしようもなく高ぶっていて、シャルの指が、髪が、魅惑的に映る。身体が熱を帯びるのが分かる。


 でも、聖人であり賢者である俺には効かないんだからね! 効かない……んだよぉ。身体が無反応なの……


「わたし……これ好き、ですっ。口の中いっぱいに広がって……!」


 くっ、どこぞのメイドのせいでこっちまでアレに聞こえる。

 というか、恍惚とした表情がそれを増幅させているのだ。


 フードの中で日陰になっているのに、その頬は赤く染まっていた。瞳が少し、潤っているようにも見える。《《美味しいもの》》を心から欲するような、そんな顔。


 あぁもう、仕方ないので俺も食おう。さっさと食おう。それでさっさとギルドへ行くんだ。腹が減っては戦はできぬ、と言うしな。うん。


 冷めないうちに、と思い切り肉にかぶり付き——


「……うっま」


 ◇

 

 冒険者ギルド――それはハシース皇国で生まれ、今や世界中に根を張る中立機関だ。

 種族や身分を問わず、《《万民の共生》》、つまりは「助け合い」を目的にしているのは、皇国らしいと言える。


 そんな彼らの合言葉は、「空と迷宮はどこまでも」。


 冒険者たちの心に刻まれた、夢と希望を象徴する言葉である。


「ギルド……なかなか壮観だなぁ。誰もが戦士の風格を備えているように見えるね」


 その外観は、どこもある程度は似通っている。


 盾と剣、杖が交差したマークの上には太陽が輝き、下には迷宮が広がっている。

 恐らく、これは——憎たらしいことに——光の神アザノヴァとダンジョンを表しているのだろう。ハシース皇国は、女神と聖龍を信仰する国だからな。


 ……そういえば、聖女も皇国の出身だったか。教皇の命で聖龍を探しに来ていたし。時々、また会いたいなぁって思ったりする。

 パーティーのお誘いはいつなのカナ? おぢさん楽しみダヨ。


「さすがノア様。私には全然わかんないです……」

「分かんなくていいよ。シャルみたいに可憐な少女は、綺麗なままでいて欲しいから」

「ノア様……!」


 呪いは今日も絶好調ですねぇ!? そこまでは言ってないから! いや同意はするけど……


 と、その時。

 とある男がいきなり話しかけてきた。


「どうしたんだ、そこの兄ちゃん。ギルドの前で突っ立って」


 身長はクラインより高い。鉄の軽鎧をつけていて、肌は焼けている。

 背中に大剣があるし、間違いなく剣士だろう。俺やクラインとは違う流派の剣士と会うのは始めてかもしれないな。


「すみません。ただ、冒険者の皆様が放つ戦士のオーラに気圧されていたのです。死線をくぐり抜けてきた者たちの風格は、常人とは隔絶していますから」

「がはは! 随分と堅苦しいこと言うじゃねぇか。もしかして貴族サマかぁ? ま、そんなわけないよな! ほら、こっち来い。案内してやる」


 なんとも豪快な男だ。でも、かなり助かった。

 シャルが乙女みたいな顔をしていたのに、そこからギルドへ行く流れを作るとか無理ゲーすぎたのだ。ちらりと目をやると、案の定、シャルは剣士を見て頬を膨らませていた。


「ようこそ、俺たち冒険者の生まれる場所へ……なんつってな」


 ——扉を開け、飛び込んできた景色は、ゲームで見たそのままだった。


 左には依頼書が貼られた掲示板が並ぶ。

 前方には整った顔の受付嬢がカウンター越しに座っている。

 右には冒険者(おっさん)たち騒がしく酒を飲んでいた。


「おぉ……!」


 アニメやVRなんか比べ物にならない臨場感に、なんだか込み上げるものがある。


 ここなら、きっと丁度いいレベルの魔術講師も見つかるはずだ。


「『空と迷宮はどこまでも』。ようこそ、冒険者ギルドへ!」


 カウンターの前まで行くと、受付嬢は快活な笑顔で言った。


 ——あぁ、ゲームで数千回は聞いたセリフだ! できる限り毎日ログインして、この声を聞いて、そこから冒険が始まったんだ!


 ふわっと脳内に想起された光景に、つい口角が上がる。


「どっ、どうされました……?」

「依頼をしたいのです。どこで出来ますか?」


 ……そういや、ゲームじゃ依頼を解決するばっかだったな。依頼をしたことなんか一度もない。まさか、ここに来て新鮮な気持ちを味わうことになるとは。


「依頼ですね、少々お待ちください」


 受付嬢は机の下から紙を一つ取り出し、テーブルの上にあったペンを一緒に差し出してきた。


「ねね、リエルちゃん。私たち、なんだかすごく見られてないですか?」

「そ、そうですね……だいたい12、3人くらいが酒場から、後ろから4人が見てます」

「じゅっ——えっ、なんで分かるの? すごいです!」

「あっ……」


 それから俺は少し説明を受け、諸々の必要事項を記した。

 名前やら内容やら、あとは報酬についても。


「では確認させていただきますね。お名前は——」

「なぁ坊や。その依頼俺たちが受けてやるよ」


 いきなり割り込んできた、ガラの悪い声が一つ。

 思わず振り向くと、そこには数人の冒険者がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて立っていた。


 腰には剣がある。他にも体格や服装、装備から見るに、本職の魔術師ではなさそうだ。逆に、彼ら4人はパーティーとして出来上がってるようにも感じる。


 ……ふーん。おもしれぇのが来たぞ、これは。


「それはとても嬉しいお誘いですね。私は魔術師を——いえ、《《魔術講師》》を探しています。お引き受けしていただけるのでしょうか?」

「へっ、魔術講師だぁ? お前のなら俺でもなれそうだな。ほれ、〈炎玉(ファイアボール)〉」


 男は、手のひらに小さな火球を作り出した。

 とても小さな、テニスボールくらいの大きさのを。


 随分と舐められている。俺の格好、きちんとしてるはずなんだけどな。

 いや、だからなのか? 貴族の享楽、みたいに思われている?


「バルモ。いい加減にしたらどうだ」

「おいおいライザル、どうしたんだぁ? いつものお前なら俺らを呪い殺しそうな目で睨むだけのくせに。それとも……生贄にでもするつもりか?」

「バルモオオオオオッッッ!」


 剣士——ライザルは怒りに顔を歪ませ、思い切り拳を握る。そして大きく振りかぶったその刹那——


「〈氷縛硬糸(アイシーバインド)〉」


 一つの影が、視界を駆け抜けた。


 それは一瞬のうちに周囲を動きまわり、同時に喧嘩していた二人の動きが静止する。

 よく見れば、氷の糸が縦横無尽に身体に絡みついているのが分かった。糸に触れた部分は微かに凍りつき、音もなく肌を侵食している。


 心なしか、空気の温度も下がったように感じられた。あるいは、空気も凍ったような。


「ぐっ……!?」

「なんだこれぇ!」


 すたっ、と目の前に止まる影。

 両手に糸を絡ませた彼女は、我が臣下リエル。

 小さく微笑むと、フードの奥からリエルの満足げな顔が覗いた。


 さすがは暗殺者、これくらいはいとも簡単にやってくれる。


「すげぇ……!」

「全く見えなかった……」

「あんな小さな子どもがやったのか!?」


 周りからは驚嘆の声が漏れている。

 一方、被害者たちは苦しげな顔で呻いていた。特にバルモの背後にいたパーティーメンバーは「卑怯者!」だとか意味不明な抗議を叫んでいる。


「卑怯……? 彼女はただ争いを止めたまで。正しい行いだと思うのですが、違いましたか?」

「この野郎……!」


 勢いよく駆け出したバカAが思い切り手を伸ばした先は、俺——ではなく、


「はっ! この女がお前の彼女だかなんだか知らねぇけどよ、ガキが大人に歯向かうとこうなるんだ!」

「彼女だなんて……うふふっ」


 バカAの腕の中で俺を見てトリップする、危機感のないメイドが一人。

 なぁ、お前、短剣を持った男に脅されてるの気づいてないのか? 嘘だろ?


「その子は私のメイドです。脅しだなんて格好の悪い——!」

「メイドにワンピースを着せるだなんて、随分と気に入ってんだなぁ? じゃあ武力で奪い返してみろよ! お前ら! リーダーがいなくてもやれるってことを証明しようぜ!」

「僕は女を侍らせる奴なんかに負けない!」「やってやんよォ!」


 あぁダメだ。話が通じないタイプの方々だ。

 これは——お仕置き決定、だな。


『ルコ、木剣を』

『かかっ! 存分に制裁するが良かろう』


 瞬間、手元に木剣が現れた。

 ぎゅっと握り、敵を真っ直ぐに見据える。

 

 俺は聖人であり、ホルコスの契約者。成すことは全て正義に違いあるまい。


「ヒャッハー!」


 正直とすら言えるような太刀筋。悪く言えば単純。


 背中には弓が見えるし、剣はサブウェポンであって本職の武器ではないのだろう。ならばこの剣術も当然か。


「ヴィズル流剣術、中伝の位——牙到(ルグ)

「避けるのは簡単だなぁ!」


 ちっ、弓使いは動体視力が良いからな。

 首を傾げて躱されてしまったか。


 だが、それだけじゃない。


「ならばこれを予想するのは簡単でしょう。走破(スルグ)


 首に思い切り剣を打ち込み、左側から背後に動いて背中に袈裟斬り。それを可能な限り早く行う技。


「ぐはぁっ!」

 

 俺はクラインとの訓練で身体能力が上がっているから、残像に近い速度で動けたはずだ。

 木剣だから傷はないが、真剣ならば確実に殺せている。


「すげぇ……! あんな剣技見たことない!」

「ヴィズル流をあれほど使いこなすとは……あのガキ、只者じゃない」


 いいねぇ、ギャラリーが盛り上がってきた。

 ふっふっふ、俺の最強悪役伝説はここから始まるのだ!


「どうしました?」

「んぐっ……ガキがぁ!」


 剣を俺に向かって投擲し、死にそうな顔をしながら、空いた右手で全力のテレフォンパンチ。


 なんて避けやすい攻撃だ。

 剣はキャッチして床に滑らせ、パンチは回避しつつがら空きの胸元を柄で殴る。

 そうすれば、「うっ……」と情けない声を出してノックアウトだ。


「ザオル! 返事してよ! 僕より先に……そんなのっ……!」


 いや死んでないからな? ただ気絶してるだけだから。出血もないし、多分ちょっとしたら目覚めるぜ?


「許さない! 可愛い女の子を侍らせるこの悪党め!」


 勝手に仲間殺して勝手に俺を悪党にするなぁ!

 ったく、私怨かよ。悪かったな、シャルとリエルという超可愛いメイドがいて。


「ダモチ、連携してあいつを倒すよ!」

「……!」


 三十路過ぎてそうな剣士が、見た目にそぐわないショタボで叫ぶ。

 それに対し、無口で前髪重ため暗めの盾役(タンク)が、激しく頷いて髪を揺らしている。


 ふむ、ショタボの方はちゃんと剣術してそうだな。少なくとも魔物相手にはしっかりやれてるのは分かる。

 タンクの方も堂々としている。こいつら二人だけでいいだろもう。他いらないよ。


「〈灼熱飛龍(ワイバーンフレア)〉っ……!」


 ショタボが第一位階ほどの魔力量で展開した術式を、剣に付与する。すると、炎をまとった剣が出来上がった。


 おぉ、術式制御までやるとは。いよいよなんでこんなとこにいるのか分かんなくなってきたぞ。


「覚悟おおおお!」


 シンプルな逆袈裟。剣を横にして受け、軽く受け流す。その隙に突きを——と思うも、すかさず盾が挿し込まれ、防がれてしまう。


 クソッ、ここで攻めきれなかったか——!


 ……なーんてね。


「おらの盾があああああ!」


 思い切り突き刺した俺の剣は、いとも容易く盾を貫通した。

 素早く抜くと、盾にはぽっかりと風穴が空いており、そこからタンクの驚きに見開いた目がよく見える。


 ふふふっ……俺、最高に悪役してるぞ……!


 驚きに口をあんぐり開けるギャラリーに囲まれ、俺は悪を成している!

 ありがとうホルコス、クライン! お前らはこの為にいたんだな……!


「リエル、彼を拘束してくれ!」

「御意に」


 絶望した顔のまま、盾と一緒に氷の糸でぐるぐる巻きにされていく。


 その間、俺は剣士と剣を構えて向き合っていた。


「……」

「……」


 どちらが痺れを切らすか——これは、そんな我慢比べだ。


 数秒、数十秒、あるいは……そう感じられるほど見つめ合う最中、ふと彼の剣先がブレた。その微かな動きを俺は見逃さず、即座に反応する。


 一方、相手は遅れを取った。後手に回るどころか腰が引けている。剣が炎で包まれ、武器としての強さは有利なはずなのに、だ。それは、どうしようもなく、俺に対する恐れを意味していた。


「ひぃっ……!」


 それほどの時間があれば、首元に剣を当てることなど簡単。力強い視線で射抜けば、尻もちをついて恐怖を露わにすることしか出来ない。


「ふぅ……これで終わり、ですかね」


 小さく呟く。


 一拍が開く。


 そして——


「うおおおおお!」

「かっこよすぎるだろ……!」

「憧れちゃう……」

「あいつはいったい何者なんだよ!?」


 鼓膜をつんざくほどの大歓声。

 そこには、俺を悪だなんて謗る声はない。


「悪を打ち砕く——まさに聖人!」

「あぁ、あれは聖人と呼ぶに相応しいだろうな」

「あの強さと気高さ、女神が作った奇跡としか思えない……!」

「お前女神とか信じてなかったろ!?」

「今信じたんだよ! あれ見たら誰だってそう思うでしょ!」


 聖人——理想的な人。


 女神は俺に「《《聖人君子》》として生きなければならない」と言った。

 思い返せば、シャルも俺を聖人と呼んだ。


 どうにも、違和感を覚えてならない。

 あの冒険者4人組に対し、俺は褒められるようなことはしていない。彼らも、悪役っぽく振る舞ってはいたが、許されざる悪というほどでもない。


 ——でも、俺は聖人と呼ばれる。


 少し、いきなりすぎはしないだろうか。こんなに称賛されるには、挟むべきフェーズがあるはずだ。


 そこも、違和感を覚える箇所だった。


「いえいえ、私にはそのような呼び名など恐れ多いですよ。それに、そのような大層な事もしていません」


 違う。これは事実の否定じゃない。謙遜だ。

 少なくとも、聴衆はそう判断する。


「そうだ兄ちゃん、名前を教えてくれよ」

「絶対に脳裏に刻んで忘れませんから!」


 圧をかけられ、喉が震える。

 気づけば、その振動はノア・エレヴァトリスという音を奏でていた。


「名乗るが遅れてしまいました。ノア・エレヴァトリスと申します」

「ノアくんね、忘れないように……って、えぇ!?」

「エレヴァトリス……公爵家の!?」

「すげぇ! 本物だ!」


 どうしてだよ。どうして俺は笑ってる。頬はなんで上がってる。

 ほら、人を見下すように真顔になってみろよ。前世じゃ散々やっただろ。それを忘れたのかよ。

 それとも媚びへつらうような悲しげな顔でもするか? ……いや、出来ない。優しく、暖かく、柔和な笑顔しか浮かばない。


「一つ、皆様に聞いていただきたい話があるのです。少しよろしいでしょうか?」

「もちろん!」

「ノア様のお言葉なら何だって聞きます!」


 場はすぐに静かになった。

 雰囲気で言えば、辺りが一瞬で教会に変化したかのよう。

 静謐な、ただ一つの言葉を待つ聴衆たち。


 多分、信仰されるのは俺だ。


 ははっ……慣れねぇ。俺はそんなんじゃねぇって心が叫んでいる。

 いつか、これに慣れきってしまう時が来るんだろうか。

 想像の出来ないものは、恐ろしく映る。だから怖くて仕方ないんだ、未来が。


「私は魔術講師を探しています。条件は、第四位階の魔術を使えることだけ。報酬は50万ビタ。一ヶ月の契約で構いません。どなたか、いらっしゃらないですか?」


 ——その反応は、唸りと沈黙だけだった。


 てっきり競りのように手が上がり声が響くものだと思っていた。なんだか拍子抜けだ。


『かかっ、この目には見覚えがある。畏れ、尊敬、憧憬、謙遜——それらの入り混じった目。人の上に立つ者が向けられて然るべき目。お主もそうなったわけじゃ。妾に一歩近づいたのぉ』

『……なるほど。やっと、今の状況を理解できたよ。そうか、俺は畏れられているんだ』


 会社で上司から公衆の面前でこんな提案をされたなら、きっと同じ雰囲気になる。少し言い換えればよく分かった。


「どうやら、いないようですね……」


 軽く落ち込んだ顔で言うと、皆の表情に陰りが見えた。


「あの方に魔術を……? 俺じゃ力不足だよ」

「俺も同感……」

「あたしもね。第四位階は冒険者なら使える人多いだろうけど、あのレベルの剣士に教える必要あるのかしらねぇ」


 はぁ、なるほど。そういう理由だったわけか。

 となると魔術をあんまり使わなくてよかったな、危うくとんでもない煽りになるところだった。そういう類いの悪役とかただ性格悪いだけじゃん。


「少し残念ですが、最初から見つかるとは思っていなかったですし、仕方ないとしましょう。受付の……名前はなんと仰るんですか?」

「えっと、フィリカって言います!」


 こっちの目にも、キラキラとした光と仄かな闇が宿っている。皆と同じだ。 どこぞの店主のように顔が赤くなってもいる。


「フィリカさん、依頼書に書く内容はこれで充分ですか?」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「あの毒舌受付嬢が乙女の顔してる……」

「さすがノア様……女神の奇跡……!」


 おいおい、この乙女が毒舌だって? 

 小さく聞こえた呟きを意識してフィリカの顔を見ると、ニッコリとした笑顔の裏に怒りが渦巻いていた。


 こ、怖い……俺も怒らせないようにしないと。


「それじゃ、リエル、シャル、行きましょう。皆様、お騒がせしました」

「はいっ!」

「ん……!」


 ま、誰かは来るだろ。果報は寝て待てって言うしな。

「面白い!」「続きが読みたい!」

と思っていただけましたら、

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