第12話:ディケールを許さない
※ほんとすいません、現在テスト期間につき更新お休みなうです……来週月曜くらいから再開出来ればと思ってます
季節が段々と初夏に近づいてきた頃。
二人の男が、公爵家の庭で木剣を片手に剣戟を交わしていた。
「落葉破竹!」
「甘い。牙到」
十文字に切り裂こうとすると、その隙間を狙って剣が差し込まれる。
顔の前まで来た剣先をなんとか躱し、一歩引いて体勢を立て直す。
「六刃ッ!」
素早くしゃがみ、足元を狙うようにして幾度も切り返しながら刃を振るう。だが、貴族らしく舞踏のような動きでそれらは全て回避され、刃は宙を切るのみだった。
「な、なんですかそれ!?」
「貴族たるもの、常日頃から四肢の先まで気を使う。当然です」
「それとこれは話が違いますよ!」
俺の反応を見て、はっはっは、とクラインは豪快に笑った。
どうやったらあの剣技を足で避けられるのか、ゲーム知識をもってしても理解できそうにない。
「ノア様ー! クライン様ー! そろそろ休憩になさってはいかがですかー? 冷たいお飲み物を用意しましたよー!」
「ありがとうシャル。それにリエルも」
「わ、わたしは別に、何も……」
「飲み物を冷やしてくれたのはリエルだよね? シャルは氷魔術が得意じゃないから」
自信なさげに俯くリエルにそんな言葉をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて俺の目を見た。そこには、間違いなく喜びの色があった。
「そ、そんなとこにも気づいてくれるなんて……」
「ノア様は聖人なんです! 悪を許さず、万民に慈悲を与えてくださる、最高の主です! つまり、リエルちゃんは幸せ者です!」
またシャルが中々に無茶苦茶なことを言っている。
リエルは暗殺者集団の一員なので、どっちかと言えば悪だし、割と無理やり引き抜いてきてるので幸せかどうかも分からない。もちろん、そんな事をシャルは知るはずもないので、仕方ないと言えば仕方ないんだけどね。
ちなみに、リエルは貴賤の夜との連絡役として借りている形だ。恐らく一生借りることになるのだろうが、本人はそれに気づいていない。
まぁ、皆服従してるからね。反逆の意思は存在し得ないってワケ。
「そ、そうなんですか」
「そうですよ! どこを取っても良い部分ばかりなんです! 悪の対義語はノア様と言っていいくらい!」
というか、悪ってそれディケールのことだったりしない?
慈悲ってシャル自身の体験じゃね?
……うん、考えるのをやめよう。あくまで推測の域を出ないしな。
「はっはっは、愉快なメイドたちですな。さすがノア殿を慕う者——言わば同胞だ。丁度良いタイミングでもあるし、そろそろ休憩にしましょう」
と、言うことで。
クラインとメイド二人、そして俺でお茶会が開かれた。
とはいえ飲み物は果実水だし、畏まった感じもない。何ならここで一番偉いのは俺なので、自由な雰囲気を出せば皆もそれに倣う。
「クライン様、ノア様の剣術はどれほどなのでしょうか?」
「そうですな、上伝の位にそろそろ入っても良い頃でしょう」
シャルが質問を投げかけると、クラインはブドウジュースを一口飲み、腕を組んで呟いた。
それを聞いたリエルは、おどおどしながらも口を開く。
「……上伝の位と言うと、魔術も使うという?」
「そうだ。俺は魔術をそのためだけに使う」
「な、なるほど」
暗殺者は、傭兵や冒険者と同類と言える。その中でも対人戦闘に特化しているのが暗殺者だ。こういう情報収集は大事だと教わったのだろう。
相手の手の内を予想し、先手を取ることも出来るからな。もしかしたら、ゲーマーとも思考は似ているのかもしれない。
「そう言えば、魔術と言えばなんですが」
「どうした、ノア殿」
「……私、魔術講師いないんですよね」
俺はゲーム知識があるから大丈夫——と言いたいところなんだが、貴族の面子的にもいないとマズい。
兄や姉である必要はないし、外部の講師を呼ぶ場合も多いが、いなければ「金銭事情や性格などに問題があるのでは」……なんて色々勘繰られてしまう。ま、シャルからの受け売りなんだけどね。
それもこれも、ディケールとかいうガキがパワハラしてたせいだ。
だから新しい上司……じゃない、魔術講師を探さねばならない。
「では、高名な魔術師を呼びましょう。ノア殿にはそれがいい」
「私も賛成ですっ! ノア様にはすごい人がいるべきですよね!」
非常に俺もそう思う。すごい人に教えてもらったほうがいい。裏技とかあったら面白いしさ。
……と、思ったのだが。
『高名な魔術師なぞ、危なっかしいではないか。妾の存在が露呈したらどうするんじゃ?』
なんて言葉が脳に響いたせいで台無しになってしまった。
『た、確かに……聖女ですらあれほど取り乱したんだし、民衆の場合は更に予想ができない』
『そうじゃろう? じゃから、そこそこ実力のある魔術師を雇って、少ししたら契約を終わらせれば良い。あとは妾が稽古をつけてやろう』
こんな事を言われてしまっては、従うほかない。
「では、こういうのはどうでしょう。我々から誰かを招くのではなく、あちらから来てもらうのです」
「ど、どういうことですか?」
クラインは察したのか、ニヤリと笑って目を見た。
リエルも「あぁ」みたい口を開け、納得した様子を見せている。
さすがは戦いに生きる奴らだ。それぞれ組織に属しているし、経験もあるのだろう。
さてと、残るシャルの為に説明するとしようか。
「街に張り紙か、あるいは冒険者ギルドに依頼を出す。そうしてやってきた魔術師を、私や皆が見極める。そして私はその人の弟子となる。……こんなところかな」
ふっ——完璧な作戦だ。
うっかりこれで高名な魔術師が来る、なんて事はないだろう。
この街の冒険者は結構優秀だし、レベルがそこそこという条件も満たす。
非の打ち所なんか一切ない! ふふふ……さすがは俺。冴えてるな。
「なるほど、あちらから来てもらえば、やる気のある人を探しやすい、ってことですね!?」
「うん、そんなところかな」
……正直、そこまでは考えてなかった。
けれど、その人がどんな性格か、とか実際どうでもいい。どうせ俺たちが審査員をするんだから、審査段階で弾けるのだ。
「であれば、冒険者ギルドの方が良いでしょう。依頼という形式ならば見られる回数は多くなる。あるいはノア殿が変装をして自ら選ぶこともできる。実に効率的だと思うのだが」
「な、なるほど……それは私だけで、ですか?」
「メイドの二人なら連れて行っても良いでしょう。特にリエルは……ね」
クラインに、意味ありげな笑顔を向けられる。
苦笑いで返しつつ、こっそりリエルの方を見ると、顔面が青白くなって怯えていた。
ふむ……シャルやクラインには「孤児を拾った」くらいにしか言っていないんだがな。事情もかなりぼかしたし。それでも戦闘ができると分かってしまうとは、さすが帝国騎士団長。
「わたしなんかっ、そ、そんな……」
「リエルちゃんがどうかしたんですか? 大丈夫です! 私が守ってみせますから!」
たぶん、逆だと思う——そんな言葉は飲み込み、ギルドへ向かうため準備を始めることにした。
◇
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
右腕は柔らかな果実の感触で覆われ、左手には小さな手が握られている。
「ふふんっ、ノア様とデート……!」
「ん……っ」
さて、まずは俺の両腕にメイド二人がくっついている理由について説明した方がいいだろう。
それは——分からん。
だってぇ! 気づいたらシャルは白のワンピースを着てるし、リエルも暗殺者の装束でフード被ってるし! 俺についても「運動着で外出はダメでしょう」とシャルが着替えを用意してたし!
あれよあれよと流されてるうちにデートが完成してたんだよ!
うぅ……視線が痛い。ルンルンな美少女と怪しい少女を両腕に侍らせる男なんて目立つし嫌すぎる。多分ずっと白目剥いてるぞ。
異世界での初デートがこんなのだなんてぇ……
「ノア様! リガルレリアってこんなに綺麗だったんですね!」
「あぁ、そっか。シャルたちメイドは普段、街に出ないもんね」
今日はよく晴れていて、暖かい。微かに吹く風は爽やか。
それほど天気に恵まれていれば、街がいつもより活気づいているのも納得だ。中心部にある露天エリアとはまだ距離があるのに、その喧騒が聞こえてくる。
「そうなんですよ! 買い物は基本的に商人の方が来るので、メイドが外に出る仕事はないんですよね……その点リエルちゃんが羨ましいです!」
「わっ、わたしが?」
会話の影に隠れていたからか、いきなり名指しされたリエルは奇妙な声で驚いた。その影響で、俺の左手を握る力が強くなる。
ちょっ——力つっよ!? 手の骨折れるってぇ!
「そうです! お屋敷は広くて凄くて、とっても面白いですけど、外に出るのは一年に一回ある帰省の時期だけなんです!」
「い、いや……どうなんでしょう。わたしはお屋敷の方が好き、です」
困惑しつつも、その言葉には力強さが秘められている。
その時、俺の手を握る力が弱まった気がした。
ちなみに、俺はリエルの出自を知らない。聞こうとも思わない。読み書きや簡単な計算はゼスラムが仕込んでいるので、平民階級なのは想像できるしな。
けれど、あの環境では抑圧されていたことだけは分かる。だからこそ、平和な生活の方が好みなのだろう。俺もそうだったんだが、転生先がノアだったもんだから方針を変えざるを得なかった。丁度あの時はストレスが溜まってたし。
「でも、ずっと外に出れないと、ちょっとだけ行政区のメイドが羨ましくなります」
「ぎょ、行政区……ですか」
「あっ、もちろんノア様のお側が一番良いですよ! 仲間も増えて私は幸せです!」
行政区とは、リガルレリアの中に存在するもう一つの城塞都市だ。そこに住宅は殆どなく、裁判所や議会、軍事施設、代官屋敷などがある。
リエルからすれば、最も近づきたくない場所の一つだろう。
そう思ってフードをこっそり覗くと、苦虫を噛み潰したような顔になってるのが見えた。
「……」
「えっと……リエル、ちゃん?」
心なしか、俺たちに対する心の距離が開いた気がする。
周囲の喧騒も、遠のいた感覚がした。
……なんか、ちょっと気まずいな。
「リエル、一つ頼みがある」
咄嗟にアイデアを思いつき、こっそり耳打ちしてみる。
これで無視されたらメンタル終わるなぁ、とか考えていると、「ん……」と小さく返事が返ってきた。
「——私と貴賤の夜が戦いを始めた場所。その辺りに連れて行って欲しいんだ。『外から来た者』として」
「それで、わたしに何のメリットが」
「シャルに、もっとこの街のことを教えられる。そして、リエルは凄いんだって尊敬される」
「あんまり意味が分からない、です」
シャルが「ノア様ぁ……どうしたんですか?」と、俺の右腕を胸に埋めたまま、こちらを覗き込もうとしている。
残念だったな、この身体は聖人仕様なんだ。服の上からでも感じる、沈み込むような感触なぞ効かんぞ!
「人間関係というものは、そうやって成り立つし、それで回っていく。今は理解出来なくてもいい。でも、損はしないよ。結果的に得をしたり、上手くいったりするからさ」
「……?」
「ちょっと難しく言い過ぎたかな。とりあえず、案内よろしくね」
顔を上げ、「シャル、そろそろ軽く食べたいな」なんて呟いてみる。
「うっ、ノア様の期待には応えたいけど土地勘ないし——リエルちゃん! 美味しい軽食がある場所を教えてください!」
「ひゃっ! わ、分きゃりましたっ」
……噛んだ。間違いなく噛んだ。
顔を赤らめて、小さく涙を浮かべている。
——なんだこの可愛い生物は。
シャルからもそんな声が聞こえてくる。
「で、でも……迷子になっちゃうかもしれない、です、よ?」
「大丈夫。リエルなら行けるさ。もし分かんなくなっても別に責めたりしないよ。これは任務なんかじゃない。ギルドに行くまでの散歩なんだから」
「……っ!」
目に、光が差し込んだ。
キラリと、涙が煌めきを放っている。
「わ、わたし、頑張ります……!」
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