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いずれラスボスになる悪役貴族ですが、聖人縛りで生きることになりました  作者: ねくしあ
第一章:聖人貴族は運命と出会う

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第11話:乗っ取りじゃあああい!

 5分。


 そう聞こえた次の瞬間、指輪が形を変え、白磁(はくじ)の美少女が出現した。

 髪をなびかせ、嬉しそうに笑みを浮かべてこちらを見ている。


「指輪から少女? ふん、不思議な奴だ。闇市場(オブザレル)の奴隷商人にでも売っぱらうとしよう。お前なら100万ビタくらいの値がつく」

「妾の前で更にそのような世迷言を……かかっ、面白い男じゃ」


 隊長の男は鼻を鳴らし、冷ややかな目でルコを見つめながらナイフを弄ぶ。その手つきは、いかにも猟奇(りょうき)的に見える。


 一方、今は真夜中だというのに、ルコはたった一人輝いて見えていた。

 纏う雰囲気は神聖そのもの。まるで、星が人として降臨したかのようだった。


「うるせぇメスだな。ふん、あまり傷つけないでやる。感謝しろ」


 男の左腕がルコの首に向けて伸び、白い首筋をぎゅっと力強く掴んだ。


 このまま握りつぶされるか、あるいはそのナイフが突き刺されるか。きっと誰もがそう思っただろう。


 だが、そうは問屋が卸さない。


 ルコの背中に、青白い光輪が、後光の如く現れる。

 それから漏れ出る魔力は、あまりにも綺麗で、無垢(むく)で、そして世界を変えるほどの力を秘めていた。


「我、審正龍ホルコスの名の下に、万象へ裁きを命ず——」


 ——《《〈降伏せよ〉》》。


「くっ!?」

「なんだっ、これっ!」

「動け……ないっ」


 首を掴まれているはずなのに、その声には苦しさなどなく、ただ、静謐さが込められていた。魂へ直接語りかけていた。


 ——空気が震え、空が落ちてくるような重力を感じた。


 ——敵が立つことを、頭が高くあることを許さなかった。


 ——上位者への反逆を、裁いた。


「メスっ……! 何をしたあああっ!」

「妾の首を支えにして抵抗するな。汚らわしい手で触りおって。この妾に対し不敬であろうが」


 苛立ちが感じられる声で男を睨みつける。しかし、それでもまだ立ち上がろうと必死に藻掻いていた。


「世界の司法たる妾にまだ触れるか……〈平伏せよ〉」 


 瞬間、男の腕はあらぬ方向に曲がり、支えを失った頭が地に打ち付けられる。

 ルコの後光は外周に一つ増え、鈍重に回転し始めた。

 

「ぐっ……! なんの魔術だ!」


 空に押しつぶされ、男は地べたから睨みつけるようにルコを見上げる。

 その目には、ただ絶対的な権力に対する恐怖が宿っていた。それは。いつかの日、出勤前の鏡に写った「誰か」と同じだと、そう思ってしまう。


「まだ抵抗する気があるとは、根性がある奴じゃ。仕方ない、簡潔に済ませられれば良かったんじゃがの——〈服従せよ〉」


 後光が、また一つ増えた。

 三重の光輪は、魔法陣を彷彿とさせる。それぞれが一定の速さで回転し、存在を誇示していた。


 そして、カチリ、と動きを止める。

 

 刹那、二つの光輪は上空と地面に飛んでいき、周囲を覆うように大きさを変えた。最後の一つは小さな欠片になり、暗殺者の心臓へと刺さっては溶けて消えていく。


 三回の命令。それは、司法という言葉の体現。

 男はその摂理に呑み込まれ、虚ろに(ひざまず)いた。

 すると、ザザッという音がいくつも、あらゆる場所から鳴る。


審律者(ホルコス)よ」

「我ら人間を審判し、調律する法の主上よ」

「其方に平伏し奉る」


 黒尽くめの暗殺者集団は、ここに平伏した。

 俺が手を出す間もなく、世界の力を残酷なまでに行使して。


「ふぅ……ひと仕事終わりじゃの。いや~肩が凝った」

「ぜひ揉ませていただきます」

「かかっ、お主にまで敬々しくされては叶わんのじゃがなぁ……」


 傍から見れば、大人たちが跪く中で男子小学生が女子高生の肩を揉む……なんてトンデモな状況になっているだろう。

 ルコは満足げに胸を張ってはいるが、表情は俺の対応に苦笑い。俺も「はは……」と苦笑を浮かべる。こっちはビジネススマイルだけどな。


「というかルコ、その力があれば敵なしなのでは?」

「妾が誰かを忘れたかの? 公平に万象を審判するという使命があるのじゃからなんでもは無理じゃよ。じゃから、公正のために1日に3回しか裁けぬよう制限されておる」

「見落としていました。やはりその力を当てにしてはならない、と」


 ちぇっ、「最強召喚獣のマスター」みたいな立ち位置で異世界無双するのを妄想してたのに。さすがにご都合展開にも無理があるんだな。


 あくまでルコは歩く裁判所ってことか。日本も三審制だし。


「その通りじゃ。ともかく主よ、どうするのじゃ?」

「無論、考えてありますよ」

 

 さっきは上から目線でふんふんうるさかった隊長は、何の感情もなく跪いている。

 その手前に立ち、脳内にまとめてあったセリフを読み上げていく。


「さて。まずは貴方の名前を教えていただけますか?」

「ゼスラム=オルザークにございます」


 先ほどとは打って変わって、紳士的な声色で男は答える。もう舐め腐ったような態度はない。もはやAIと言っていいくらい。


 ははっ、いいねぇ、洗脳とか“悪”って感じで最高だねぇ!! この抵抗を諦めた空虚な眼——上司がこうなればいいのにって何度思ったことか! 

 十数年抱き続けてた夢が異世界で叶うなんて……!


「ではゼスラム。貴方が抱える使命について教えて下さい。包み隠さず、全てを」

「……我々貴賤の夜(オルザーク)は、金色こんじきの令嬢より使命を仰せつかりました。『ノア・エレヴァトリスを監視せよ。1ヶ月の職務で報酬は400万ビタ』と」


 400万円……あれ、去年の年収っていくらだったっけ……は、ははっ、つ、辛いなぁ、世の中は。


「……な、なるほど。しかしそれでは私を拘束しようとした意味が分かりません。観察なら交戦すべきではないのでは?」

「かの令嬢からは、『想定外の力を発揮した場合は拘束せよ』とも仰せつかっており、それに該当したためです」


 そういや言ってたな、拘束しろって指示されてる~みたいなこと。


 さすがにあのサイコパスメスガキも、11歳の弟を殺そうとしたわけじゃないんだな。哀れな兄は言いそうだけど……あの二人が繋がってるとは限らない。証拠が足りない。


「理解しました。では、一つご提案をさせていただきたく思います」


 カチリ。そんな音が、魂から聞こえた気がした。

 それは多分やる気スイッチだとか呼ばれるもので、根源に根差すもの。


 もし「面白い企画(アイデア)」が浮かんだら実行したくなってしまう。商社のリーマン根性というものだ。

 

 ——社畜の精神、見せてやる。


「《《私を、貴賤の夜(オルザーク)に加入させませんか?》》」

「ど、どういうことでしょう」

「私の能力はご存知のはずです。そして、私が持つ力の強大さも。であるならば、きっと大いに戦力として役立てることはお分かりになると思うのですが」

「我らは服従した身。如何様にもなさってください」


 よし。出来レースみたいなもんとはいえ第一段階は突破だな。

 聖人縛りもビジネスマンなら制限はかからないようで何より。


「では、そういうことで。次いでお聞きしたいのですが——」


 そこからしばらく、俺は会議モードで会話した。

 そこで得た情報は三つ。


 一つ、貴賤の夜(オルザーク)とは、暗殺や監視などを行う裏組織であり、帝国全土で暗躍する龍逆(りゅうぎゃく)という組織の傘下に属しているらしい。


 龍逆(りゅうぎゃく)はゲームにも登場した組織だ。

 業界最大手である龍逆(りゅうぎゃく)はかなり手広くやっていて、犯罪なら何でも、みたいな感じ。主人公と敵対したが故に壊滅させられた悪役なので、なんだかシンパシーを感じる。


 二つ、彼らは依頼を受けてリガルレリアに来たのだという。普段は帝都やその周辺にいるが、裏のルートで依頼があったため、帝国の中心部から辺境の公爵領までやってきたのだ。


 恐らく、依頼主とはラドリーナのことだろう。そうじゃないなら俺は誰に恨みを買ってるんだという話になる。

 そんなドロドロしたゲームではないので大丈夫……と信じたい。


 三つ、貴賤の夜(オルザーク)は50人ほどで構成されていて、この場の30人は戦闘要員だった。


 呪いがなければどうにかなったのかもしれないが、呪いが——つまり慈悲があっては倒せない相手なのがよく分かる。練度の高さも充分に脅威だった。相手が転生者と聖龍などというあり得ないコンビでなければ、ね。


「説明、ありがとうございました。では、これからのことを考えましょう」

「これから、ですか」

「えぇ。結局のところ何も解決していないですから」


 そう。ただ監視者を服従させただけだ。それだけでは彼らの仕事がなくなってしまっている。せっかくの手駒なのだから働かせるべきだ。


「まず、今の職務は続行してください。報告も通常通りに。ただし、この場で起きたことは言わないように」

「はっ」

「余剰分の人員は、ラドリーナとディケールの双方に回してください。できる限り少数精鋭で」

「意趣返し、ということでしょうか」

「そうですね。彼らが何を企んでいるのかを知りたいと思うのは当然でしょう」


 ディケールとの決闘から数週間、裏で様々な事が動いているとしか思えない。誰が関わっているのか、誰が敵なのかも分からない。もしハルヴィンが動いていたら大変なことになる。なにせ第九位階魔術を行使できる化け物なのだから。


「では、そろそろ帰りましょうか——」


 ふと視線を動かすと、そこには呑気にティータイムを楽しむ駄龍がいた。気弱な女の子が傍に立っており、給仕みたいなことをしている。


 ふっ……閃いた。


「ルコ、何をしてるんですか……?」

「見ての通り、ティータイムじゃよ。裁きを与えたのもあって疲れておったんじゃ。そうしたらこの娘が『何かもてなせないか』と聞いてきたからの。なかなかどうして優しい娘がいるもんじゃな」


 多分、それは優しさではない。

 自己保身とかそういう類のものから生まれた行動だ。よく言えば気遣いになるんだが。


「君、名前は?」

「わ、私はリエル、です。リエル=オルザーク」


 リエルは、深緑色の髪を揺らして答えた。

 身長は俺よりも少し小さいくらいで、服装は皆と同じ感じ。

 色々と、良くも悪くも陰キャ感があふれ出ている。


「オルザーク……ゼスラムと同じ?」

貴賤の夜(オルザーク)に入ったら、偽名になるんです」


 気弱なのがひしひしと伝わってくる声色で、リエルはつぶやく。

 暗殺者とは思えないような姿勢に態度。実力が疑わしい。


「ゼスラム。彼女の実力は?」

「ミスさえしなければ、とても優秀です」

「ミス……もしかして、昼間に殴られていたのはリエルですか?」

「はうっ!?」


 変な声を出したリエルは、目を丸くし、持っていたティーポットを近くにいた仲間にぶん投げた。そして、思い切り人にあたって粉々になる。


「何してんだお前!」

「ひっ、殴りますよ!?」

「そういやこいつには喧嘩売っちゃいけないんだった……」


 男が不貞腐れたように言い捨て、目をそらす。

 

「……こんなリエルを、主上、あなたはどうされるおつもりですか?」

「よくぞ聞いてくれました。彼女を——メイドにします」

「……はぁ?」 

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