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いずれラスボスになる悪役貴族ですが、聖人縛りで生きることになりました  作者: ねくしあ
第一章:聖人貴族は運命と出会う

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第10話:聖人はカチコミするようです

裏話:書き終わるまでに4日くらいかかってます


 午後11時、屋敷も街も灯火が消える頃。

 星は天を満たし、静かに煌めきを放つ。


 そんな中、俺は隠密系の魔術を使ってこっそり屋敷を抜け出していた。

 昼間も着ていた黒いコートは闇に溶け込み、腕はもはや輪郭すら曖昧だ。手だけが浮かんで見える。


「すぅ……はぁ……」


 一度深呼吸をすれば、夜風が逸る心を抑える。頭を冷やしていく。 


「まずは――〈疾風化身(ウィンドシフト)〉」


 足元に生まれた小さな風はすぐに全身を覆い、身体を風のように軽くする。小さくジャンプしてみれば、いとも容易く2メートル近く浮き上がった。足元には、風で押し上げられたような感覚もある。


 目指すは領都・リガルレリア。


 昼間に領都で見た、あの黒い集団もきっとどこかに隠れているはずだ。

 地形はもちろん把握しているし、隠れ家になりそうな場所もいくつか目星をつけている。


「さぁ――暗躍を始めようか」


 ◇


 タッタッタッ――素早い足音が、静寂に包まれた街に小さく反響する。

 路地を、家の隙間を、いくつも抜けていく。


 そうして、ラドリーナと串焼きを食べた、あの場所へと辿り着いた。


 昼間に充満していた香ばしい匂いは薄れていて、大きく息を吸えば、夜の匂いが胸を満たす。あるいは、あの喧騒との対比に寂しさを感じているのかもしれない。目を閉じれば、その光景が思い浮かんでくる。


「……〈魔力探知(マナディテクト)〉」


 目を開く。そして、世界の見え方が変わる。


「あっちの方、か」


 初歩の魔術でありながら、ゲームでは殆ど使われていなかった魔力探知(マナディテクト)

 視界に魔力が映るようになる魔術……現実だとこう映るのか。奴らは恐らく魔術的に姿を隠しているはずだから、この方法ならきっと見つけやすい。


『かかっ、お見事じゃの』

「どうやら、そうらしいな」


 くっきりと、淡く光る魔力の線が見えた。

 遠くまで続くそれは、北側へと伸びている。


「ま、そんな罠には引っかからないんだけどさ。〈水渦(ボルテアクア)〉」


 振り向きざまに魔術を詠唱し、目の前に水の竜巻を作り出す。


「っ――!?」

「まずは一匹」


 竜巻から飛び散る水飛沫が、月の光を受けてキラキラ光っている。

 その渦中に飲み込まれ、一人が藻屑になった。死んではない、はず。


 いやはや、俺の感知能力を舐めてもらっちゃあ困るね。いくら隠密してようと、魔力は裏切らないのだ。


「死ね——!」


 その隙に、また一人襲いかかってくる。


 鋭く光るナイフが、首元目掛けて振り下ろされる。その腕はヘビのようにしなっていて、軌道が予測しづらい動きだ。


 しかし、その手首を掴み膂力で身体ごと地面に叩きつけた。

 骨が砕けるような音がして、痛みを堪えるような声が滲み出る。

 

「かはっ——」

「そんなものか?」


 これで二人。暗殺者Aと暗殺者Bを倒したわけだ。


「〈風爆弾(ウィンドボム)〉」


 次は前方から二人同時。しかも魔力を帯びた武器と魔術のコンボ。


 これはまずいと思い、地を蹴って後ろに飛んだ。魔術ウィンドシフトのお陰で身体はふんわりと浮き、数メートルの距離が開く。


「あっぶない……!」

「ちっ、避けられたか」


 周囲に三人が倒れ伏す中、俺と相手はようやく睨み合う形になった。

 氷の魔力を帯びた短剣と、静かに渦巻く風魔術。それぞれが彼らの手元で殺意を放っている。


 さすがに同時に対応するのは無理だ。魔術を詠唱している時間もないしな。派手で目立つような行動が一切ないのが、なおさら本気度が伺える。


「——っ」


 女が微かに声を漏らした。

 何かと思い見てみると、氷の短剣が俺の胸を貫こうと迫っていた。真っ直ぐ、静かに、冷酷な殺意をもって。


「しまっ——!」


 パリン。


 割れたのは、俺の骨、でもなんでもない。

 氷の短剣が、俺に当たって割れたのだ。


 うん、なんで? この身体ってそんなに鍛えられてたっけ?


「……撤退するぞ」


 それを見た男が魔術を霧散させ、呟く。


 二人は寸分違わぬタイミングで駆け出した。さっき魔力の線を見た方面だ。


『ま、罠じゃろうな』


 ここで諦める? いやいや、そんなバカな話はない。

 俺は、この世界で暴れると決めたんだ。ひ弱にリスクヘッジする人生はもう、終わったんだ。


「それでも……行くしかない」


 直後——思い切り足に力を込め、線をなぞるように疾走する。

 

 風のような速さ。

 それは、いよいよ空気に溶け込んでしまったかのように感じさせた。


『さすがは妾と契約した男じゃの。これくらいで逃げるようなら失格じゃった』

「何に失格だったのかは分からないが……ともかく良かった」


 周囲が狭い路地に移り変わっていく。人が2人も通れなさそうな狭さだ。


 曲がり角にさしかかると、暗殺者は三角飛びの要領で方向を変えた。俺もそれを真似して、なんとか方向転換に成功する。


「〈剣山(ソードピーク)〉」


 進路をふさぐように、その名の通り剣の山のような岩が現れた。即座には飛べない程度の高さもあり、狭い道においてぴったりの妨害手段といえる。

 まぁ、やられる側からすればすごくウザいんだけども。


「岩といえば——物理だよなァ!?」


 魔術は強い。とはいえ、無詠唱でも使えない限り、咄嗟の速度は剣や槍、ナイフといった近接武器には勝てない。


 だったら、拳だ。拳はデフォルト装備かつ最速。つまり、これが今は最強!


 思い切り腕を引き——振り抜く!


「嘘だろ……?」

「拳で岩魔術を……どういう原理? 信じられない」


 こちとら世界を裁く神龍たるホルコス様と契約してるんでねぇ!

 契約で上昇した身体能力はこれくらい容易くできるんだよ!


「クハハ! 恐れ慄け、これがヴァクローア卿の弟子の力だぁ!」

「くっ、奴に弟子入りしていたなら当然か! はっ、まさか『騎士団長をたった一撃で惚れ込ませた』というのは本当!?」

「そんな訳ないじゃない! 単純に化け物なのよ!」


 ちっ、クラインのすごさをアピールして意識を逸らすつもりだったのに。俺の完璧な戦略が水の泡だ。まったく、冷静な女だこと。


 てか噂に尾ひれ付きすぎじゃない?

 一撃でもないし惚れ込ませても……いや、よく考えればそんなに嘘じゃないかもしれない。実際臣下になったわけだし。


「ここまでの強敵とは、《《かのお方》》の情報にはなかった。想定以上に時間がかかってしまった」

「ほぅ?」

「だが、ここで貴様もお終いだろう」


 男がそう言うと、二人が足を止めた。


 ふむ、暗くてあまり見えないが、記憶によればここは広い空間だったはず。ゲームでは触れられていなかったことから、開発時の忘れ物だとか言われていた場所だ。


 ただまぁ、ここに追い込まれた側としては笑えない冗談としか思えない。なにせ退路がない。前後左右、なんなら上方にもいる。虎視眈々と、俺を見つめているのだ。


 心臓が早鐘を打つ。

 深呼吸をする。けれど、それは焼け石に水だった。


『かかっ、窮地じゃのぉ。ざっと30人の魔術師——どうにかできるのかえ?』


 1対30。人はそれを、絶望と呼ぶ。


 なんだか可笑しくなって、口角が上がってしまう。心臓の音がやけにうるさく脳内に響く。


「無理、だな。避けたところで何回も打たれる。時間で勝負するのは嫌な思い出が蘇るからしたくない」


 深夜残業を異世界でもするとか御免被りたい。

 まだ未成年だぞこっちは。


『5分——5分でどうじゃ』

「何がだ?」

『5分で彼ら全員を倒せたら、妾の身体を好きにしても良い。男ならこれでやる気が出ると聞く』

「それは……中々面白いじゃねぇか」


 下衆な思考、欲、行動原理。けど、単純で分かりやすい。

 べっ、別にえっちなことをしようなんて言ってるわけじゃないんだからね! ただ、異世界にハーレムは付き物だよな、って思っただけで。


「5分くらいなら、まぁ、いいだろう」

「さっきから独り言が多いなぁ……? まぁいい。総員、放て!」


 瞬きを一つ。

 すると、既に氷や岩、風魔術が無数に飛んできていた。それらは全て俺達を精確に狙っており、このままであれば一つ残らず命中する。


「剣を!」


 指輪に向かって叫ぶと、右手の横の空間が割れ、虚空から剣の柄が現れた。それをすぐに引き抜き、叫ぶ。


落葉破竹(ザラクト)ッ!」


 ヴィズル流剣術・中伝の位、落葉破竹(ザラクト)


 それは、眼前に迫る凶器たる魔術を十文字に斬り伏せ、活路を開く剣技。最凶の剣術と神剣が組み合わされば、普通の魔術ごとき容易に斬れる。


「よしっ、次!」


 切り開いた穴から飛び出し、一番近く、左上の屋根にいる敵を狙う。


 ふわっと飛び上がると、敵——体格の良い男——と目が合った。抵抗されればひとたまりもない。力勝負で勝てるとは思えない。


 すぐさま殺すことを決断し、首筋へ一直線に——とはいかなかった。


「クソッ、またかよ!」

「オラァ!」


 首に対して水平だった刃は、意思に反して動いた手首によって90度傾き、軽い峰打ちになってしまう。

 その隙を突かれ、腹に強烈な殴打を食らってしまった。


「うぐっ——!?」

「まだまだぁ!」

「っ、させるかよ!」


 中に浸透してくるタイプの痛みは、さすがに契約の恩恵であっても防ぎきれない。やはりプロは違うという訳だ。

 しかし、これ以上食らうのはマズいと思い、今度は全力で峰打ちする。


「うおおおおお!」

「ガキが——!」


 バットのように神剣を振り回し、男を思い切り吹き飛ばす。

 意外にも浮き上がった大男は、少し離れた煙突にぶつかって大きな音を立てた。土煙が舞い上がり、煙突にめり込んでいるのが見える。


「君たち、聞こえるか! 私は君らに臆さない! 降伏すれば命は取らない! さぁ、何を選び取る!」


 その様を見届けてすぐ振り向き、一息に、暗闇に向かって叫んだ。 


 これで降伏してくれれば5分というタイムリミットの中で達成できる、と思うんだが。


 ……すると、闇が微かに揺らめくのが見え、問いの返答として風の刃が返って来た。


 残念だ、なんて小さく呟いてはそれを斬り、術者の元へ突撃する。


牙到(ルグ)!」


 至近距離まで近づき、突き技である牙到(ルグ)を使う。

 斜め上方に向けて、高速で刃を敵に刺すのだ。


「ふん。その程度か」

「なっ……!」


 ところが、刃は敵の首を掠めるだけだった。

 呪いの影響か、はたまた彼が避けたのか。どちらせによ仕留めることが出来ていない。脅すこともだ。完全に舐められている。


「ふん。よくもまぁ、隊長たる俺を狙おうと思ったな、エレヴァトリスの落ちこぼれ小僧」


 切れ長の目、細く長身な身体、平坦で鼻につく声。

 高慢ちきな性格なのが一瞬で伝わってくる。


 いやぁ……まさか相手が隊長だとは考えもしなかった。これはヤバそうな予感が。


「……それがどうかしました?」

「総員、羊の型」


 隊長の男がそう言い放つと、詠唱の声がどよめき、またもや魔術が向かってくる。

 一つ違うのは、俺を直接狙うのではないということだ。避けるのは簡単だが、隊長と直線的に距離が空く。横には動けないようになっている。


 気づけば背後に壁が迫っており、いよいよ退路がなくなってしまう。


 もしかして、俺に自らの統率力でも見せつけたかったのだろうか。そんなもの、元・平社員に効くはずはない。


「ふん。これでもう、お前は動けない。魔術という猟犬に、羊のように追い込まれた——いや、追い詰められた。それだけだ」


 刹那、男がナイフを持って近づいてくる。もう魔術で対処できるほど遠くはない。


「あのお方には殺さないように、と言われてるんでな。拷問で留めてやる。ふん、俺には美学があるからな」


 全身から血の気が引いていく。

 剣を持つ力が抜けそうになって、なんとか握り直す。


 そうして悪魔が目の前まで来たとき、脳内に、一つの声が聞こえた。


『5分、じゃの』

「面白い!」「続きが読みたい!」

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