第9話:街ブラしてたはずがとんでもねぇことに
「熱々の肉料理はいかが~!」
大きな声で、若い赤髪の少女が必死に叫んでいる。
彼女の前には煙が立つ網があり、様々な肉が肉汁を弾けさせていた。
店主は壮年の男性だったはずなので、ゲームで見かけた覚えはない。恐らく、店主の娘とかなのだろう。
年齢はラドリーナより少し上か。高校生くらいに見えるので成人年齢には達していそうだ。
「お嬢さん、少しいいですか?」
「どうぞ――っ!?」
声をかけた瞬間、少女の動きが止まった。
口を開け、焼き途中の串を持った状態でこちらを見つめている。
完全にネットがラグいときのそれにしか見えない。大丈夫なのだろうか?
「えーっと……どうされました?」
「えっ、あっいやなんでもないっす! ちゅ、注文をどうぞ!」
ずっと火の前にいるからだろうか、彼女の顔が赤い。心配になってくる。
「豚肉の串焼きを。あ、姉上はどうしますか?」
「あたしも同じのを」
「豚肉二つっすね! 300ビタです!」
その言葉に、右ポケットを触り――「しまった」と思う。
そういえば財布がない……いや、それどころかお金を一切持っていない。そもそもこの世界に来てから見ても触ってもない!
社会人が長く続いて財布のある生活に慣れすぎた……ゲームでも所持金が0になったことなかったし!
「300ね、これでいい?」
「毎度あり! 少々お待ちを!」
ラドリーナは懐から革の小物入れを出し、100ビタ紙幣を3枚出した。
そ、そうだった……!
ラドリーナが金を持ってないはずがなかった……!
ほんっと冷や汗かかせやがって。先の演説のせいでもう信用がない。もはやこれすらも計算の内に思えてくる。
何が「ラドリーナの目的については一旦置いといて」だ。置いといても勝手に戻って来るじゃねぇか。数分前の俺を殴ってやりたい。
「ノーくん汗かいてる。火はちょっと暑かったのかな?」
「え、そうですね。あまり火の近くに来ることはなかったので」
心なしかラドリーナの口角が上がっているような気がする。やっぱ金を持ってない事を分かってたとかじゃあるまいな?
「ふふっ、表情コロコロ変わって面白い♪」
「どうされました?」
「こ、こほんっ。美味しそうな匂いがするな~って!」
中々苦しい言い訳だ。
ストーリーで話す時には殆どこんな顔見せなかったのだが……まだ幼いから「仮面」も完成しきっていないのかもしれない。
「お待たせしました! 豚肉二本です!」
「ありがとうございます」
さっと手を伸ばして串を受け取ると、また店番の少女の顔が赤くなってしまった。やはり火に当たりすぎているに違いない。
「顔が赤いですが大丈夫ですか? 〈氷片〉、〈水渦〉」
魔術で手のひら大の小さい氷を作り出し、コップのように形を変える。次に、その中に水を生み出す。
2つめの魔術はディケールとの決闘でも使ったものだ。しかし、威力を抑えて第一位階にすることで殺傷性をなくすこともできる。公式用語じゃないが、いわゆる「生活魔法」みたいな感じだな。
――とまぁ、これで即席のお冷が完成というわけだ。
「どうぞ、冷たい水です。これ飲んで頑張ってください」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
少女は少し裏返った声を上げながらコップを受け取り、ぐいっと水を飲み干した。見てて心地良い飲みっぷりだ。
「さ、行きますよ姉上……って、どうしました?」
颯爽と歩き出そうとして、ラドリーナの様子がおかしいことに気づく。
畏怖の宿ったかのような目つき。額に流れる汗。それに、口に咥えられたままの豚肉。
「ノーふん、ひまのひふおぼえた!?」
「すみません、何言ってるんですか?」
全く何言ってるか分かんないので冷静に問いかけると、いきなり豪快に肉を全て口に入れた。
これがステーキなら、いきなりス――おっといけない。
「ひまほひふほほへは!?」
「飲み込んでからにしてください!!!!」
なぜそうなったよ!? 普通飲み込んでから喋るだろうが!
心が身体を追い越した……ってやつなのか? にしても重症だけどね。
「ほへんほへん」
ごめんごめん――そう言って肉を飲み込み、一息ついてから続けた。
「ノーくん、今のいつ覚えたの?」
「今の……ってどれのことです?」
「さっきの、氷魔術でコップ作ったやつ!」
「あぁ、あれのことですか。それがどうかしましたか? そこまですごい技術じゃないと思うんですが」
別に無自覚系とかではない。普通に、ゲーム内のあらゆる魔術師はよく自分の魔術を操作していた。
名前は術式制御といったかな、ともかく結構自由に魔術を扱ったりするのがこの世界だ。
「そうじゃない! 《《誰に教わったの》》?」
「……えっ?」
「魔術講師が私用で辞めちゃってケーくんがその代わりを引き継いだじゃん! ケーくんが術式制御を教えるはずないし……」
ディケールに対する何たる信頼の無さ……!
まぁ事実だけどな。実際やってたのは虐待だったわけだし。
正直もっかいくらい仕返ししたいとは思う。
……それはそれとしてだな。この窮地をどう切り抜けようか。
「えっと、それは、ですね」
「うんうん!」
何か言い訳を考えろ! なんでもいい、その場のしのぎでもいいから何か……!
——その時、視界の端で黒い影が動いた。
『お主、気づいたか?』
『あぁ。こちらを見ていたな』
『なんじゃ、気づいておったのか。ちとからかってやろうと思ったのじゃが』
かかっ、とルコは楽しそうに笑った。
『緊張感ねぇなぁ……そういや、あいつはいつからいた?』
『ずっと、じゃよ。さすがにそこまでは分からんかったか』
『ずっと……!? それって――』
『そのまさか、じゃ。リガルレリアに入った瞬間から数人が後を付け回しておる』
『……は?』
先にそれを言えって!!!
なんで気づいてから言うかなぁ!?
『その反応を聞きたかったんじゃよっ! かかっ……! かかかっ……!』
『笑い過ぎだろうが!!! ……ったく、分かったよ。それは後でまた考えるから』
俺を監視する奴、ねぇ。不思議な事があるもんだな。
ともかく今は、言い訳に使わせてもらおう。
「姉上、あれはなんですか?」
そう言って影がいた方に指をさす。
すると、小さく影がビクッとしたのが見えた。
……あ、誰かに殴られてる。上司かなんかかな、可哀想に。ターゲットに見つかればそりゃあ怒られるわ。
「あれ? なんのこ……と……」
顔をそちらに向け、何があるかを認識した途端――言葉が間延びしていき、赤い瞳は右往左往し始めた。
ははっ、なるほど、ラドリーナの仕業だったわけか。つまり、俺を外に連れ出したのは何かを見極めるため?
そうなると、朝から今に至るまで、試されていると感じたのも頷ける。色んな行動に意味を見いだせてしまうのだ。
ほぉ……面白くなってきたじゃん。
「そ、そうだ! 何か欲しいものはない? あたし、今日は愛する弟のノーくんのためにお小遣いをいっぱい持ってきたの!」
さっきまでの動揺はどこへやら。
ラドリーナは人が変わったかのように饒舌になり、思ってもないだろうことを言い始めた。
なぁ、普通は愛する弟を謎の存在に尾行させたりしないんだよ。お小遣いを持ってきたのは物で釣って《《買収》》するためかな。
長い間ブラック上司と過ごしてきた経験は、まだ俺の中で生きてるんだ。今生こそは、俺を不当に扱う人間の闇を全て暴いてやるッ――!
◇
「ノア様、その……奇妙な模様のアクセサリーはなんですか?」
「シャルはどう思います? 私に似合ってますかね?」
「そ、それは……ラドリーナ様のご趣味ですか?」
「いえ、違いますが。それが何か?」
「い、いえ……何もございません……大丈夫です、愛は変わりませんよその程度では!」
はて、シャルは何を言っているんだろうか。
ただ露天に売っていたブレスレットを買っただけだというのに。
買収されたのか、だって? 何を言ってるのか分かんないね。目上の人が奢ると言ったのならその優しさは受け取るべきなのだ。なんなら倍は奢ってもらう。
いやまぁ、シャルの気持ちは分かる。確かに奇妙な模様だ。顔みたいなのがめっちゃ描かれていて気持ち悪い。
でもこれを買ったのには理由があるんだ!
マギアカで「遺物」と呼ばれる、キャラの装備の一つがこれなんだよ!
これをつければ強くなれるかなー? なんて思って買ったんだよ! しょうがないだろ!
「ちなみにそれ、おいくらなんですか?」
「あーっと、姉上が気前よく買ってくださったんだけどね、確か10万ビタくらいかな」
「わっ、私の月の給料と同じ……!?」
なっ、シャルはそんな低賃金だったのか!?
これはいけない、今すぐ労働基準監督署に――って、この世界にはなかったか。すまないシャル、俺にお前は救えない……
『何を言っとるんじゃ……夜にあの影たちに会いに行って話を聞くんじゃろ? 駄弁ってないで早く準備したらどうなんじゃ』
『準備なんかすることないでしょ。これ買ったし、神剣はルコが持ってるし』
『そ、そうじゃったな……というかそれは本当に効果があるのか? 妾には何も感じないが』
ラドリーナとは、この遺物を買ってもらった後にすぐ帰って解散した。なんだか早く帰りたそうにしていたしな。
というか、10万ビタも出してくれたのは感謝してるが、果たしてどこにそんな金があったのだろうか。
おおよそ日本円と価値は同じ設定だったはずなので、10万円ということになるが……13歳が10万円を手に入れる方法なんかお年玉しかないだろ。この世界にその文化ないけど。
まぁいいや、今それを考えたところで答えは出ない。
だが――それも含めて、鮮血姫の闇を暴くとしようか。




