第8話:鮮血姫《ブラッディプリンセス》
「ノーくん! 出かけるよ!」
――バゴンッ!
朝、俺の部屋の扉が爆発四散した。文字通りに木っ端微塵に。
そして、一人の少女が入ってきやがった。
「ラドリーナ……姉様」
「もー、そんな堅苦しくなくていいのに~!」
バキッ、バキッ……と扉の残骸を悪びれもなく堂々と踏み潰し、公爵家次女——つまりは姉であるラドリーナが、ベッドの上の俺に抱きついてくる。
おかげで眠気は吹き飛びましたよこんちくしょう。
「ちょっ、何してるんですかっ!?」
「あれれぇ、どしたの? ノーくんはあたしの弟なんだからこれくらい当然でしょ?」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべてラドリーナが言う。
「そういう問題では……!」
柔らかい金色の髪が揺れ、好い匂いが鼻腔をくすぐる。
胸元に感じる柔らかい感触は、俺の心を驚かせるのに十分だった。
砕けた言い方をするならば、めっちゃエロい。可愛い。
——しかし、俺は残念ながら聖人。それ以上の反応をすることはない。鼓動も妙に平常を保っている。
というか、反応したくても出来ないのだ。
声では焦っているが、身体の方は何一つ反応していない。
逆に、異常だと思えるほどに。
「いいから離れてくださいっ……!」
お腹とお腹の間に挟まっていた腕をなんとか動かし、肩を掴んで押しのける。
意外にもすんなり身体は動き、ラドリーナはベッドから降りた。
「ふ~ん。なるほどね」
嫌そうにしているわけではない。ただ、妖しげな目つきをしている。
絶対に何か隠し事をしているのは分かるのに、その内容は一切見当もつかない。
「いったい何が分かったというんです……」
「まぁまぁ、気にしないでよ」
「そうですか……」
ラドリーナ・エレヴァトリス。年齢は13歳で、俺の2つ上。
彼女はサイコパスメスガキとでも言うべき人格で、悪役の家族にぴったりな少女だ。簡単に言ってしまえば、顔と頭がすこぶるいい。
そんなヴィランが突然訪ねてくる理由は、今のところさっぱり分かっていなかった。
「それで、なぜいきなり私の部屋に?」
「言ったでしょ、『出かけるよ』って」
「そんな事聞いてないんですが?」
「さっき言ったんだからいいじゃん!」
ダメだ、何を考えてるのか全く分からん。
彼女は頭からっぽで会話するようなキャラではなかったはずだ。絶対に裏がある。狙いがある。ないわけない。
「じゃあ質問を変えます。どうして出かけたいんですか?」
そう問いかけると、ラドリーナは腰に両手を当て、胸を張って叫んだ。
「——出かけたいから!!!」
窓から入ってくる太陽の光によって、キラキラと輝いて見える。
あとネジが吹っ飛んだバカにも見える。
「……分かりましたよ。ちょうど今日は暇でしたし、朝食を食べたら行きましょうこうか》」
「よしっ!」
胸の前で小さくガッツポーズし、嬉しそうにはにかんだ。
その姿からは純真無垢な感情しか感じない。ただの可愛らしいお嬢様だ。
その笑顔につられて、つい俺も笑みをこぼしてしまう。
「じゃ、ダイニングで待ってるね!」
扉の残骸を蹴り飛ばしながら、笑顔のラドリーナは部屋を出ていった。
何がなんだかよくわからないが……絶対に油断しないでおこう。
鮮血姫の一挙一動には、全て意味があるんだよ——そう、未来の彼女はノアに告げるのだから。
◇
およそ1時間後。
なぜかノリで朝食を一緒に食べ、着替え、気づいたら屋敷を出ていた。
支度をしてくれたシャルは多分ラドリーナの権力によってやらされている。あのしたたかなメイドが何もしてこなかったのだ、色々と察しもつく。
「ラドリーナ様、ノア様、どうぞお通りください」
「いつもありがとね」
「ご苦労さまです」
「恐縮です。これが仕事ですから」
今話していたのは、ニレイスの森と街の境界である城塞を守る門番。
Bランク以上の実力を持った強者であり、公爵家の兵士だ。
そこを通過すると、目の前には西洋の街――公爵領の領都、リガルレリアが広がっていた。
レンガで出来た家や、軒先に看板を掲げた商店が建ち並び、活気に溢れている。
パンの香ばしい匂い、人々の喧騒、剣や杖を持つ男たち。
あぁ——かつて、ゲームで見た世界そのままだ!
主人公や他のキャラでこの街を走り回り、クエストをこなし、宝箱を探し——そんな思い出が蘇ってくる。
間違いなく、確かに俺は、マギアカの世界に立っているのだ。
「なんと美しい……」
「ノーくん、あんまり街に来たことなかったもんね。分かるよ。このリガルレリアはとっても美しい。あたしが領主の娘ってところを抜きにしても、世界一の都市だって思う」
いやいや、世界にはもっと綺麗な場所だってあるんだぜ――なんて、心の中で呟いてみる。
人々が知らない光景も、知らない歴史も、この俺は知っているのだ。
だが、今はそんなことどうだっていい。まずはこの街を探索するところから始めないとな。
「それじゃあ姉上、世界一の都市の案内、よろしく頼みましたよ」
「もちろん。あたしに任せて」
自慢げな顔のラドリーナは、上品な洋服を着ている。
ベージュのカーディガンに白いワイシャツ、チェックのロングスカートと、明らかに庶民ではないお嬢様スタイルだ。
俺は黒い薄手のコートに白のワイシャツ、赤いネクタイとかなりかっこよく決まっている。
そもそもノアはイケメンだし、街行く女性に黄色い歓声をあげられたり――なんつって。
そんな妄想を振り払うようにスカートをふわりとはためかせ、ラドリーナは歩いていく。
「この辺りは住宅街。あたしたちに税を払う公爵家の血肉たちが住む場所だね」
「だからこそ、我々が彼らを守っていかねばならないんですよね」
「さすがノーくん。偉いぞっ」
例え方にサイコパスを感じるなぁ……とか思っていたら、頭を優しく撫でてくれた。住民のことを血肉とか表現するのに弟は撫でるとか、これもうわかんねぇな。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「ねぇ、あれってラドリーナ様じゃない?」
「そうよ。いつも本当に綺麗な方ねぇ……」
「横にいるのはどなたかしら?」
「頭を撫でてる……もしかして弟君?」
「すごく整ってらっしゃるお顔だわ!」
「かっこいい……!」
「夫もあれくらいイケメンだったら良かったのに」
通りすがりの女性たちが小さくお話ししているようだ。
ノアは五感が優れているので全部筒抜けなのだが……いやぁ、褒められると嬉しいもんですな。会社のお局とは大違いだよ。
「今日は貴族としてではなく、平民としてここにいます。ですが、私たちエレヴァトリス家は、領民の皆様への感謝の心を持って政治を執り行っていることを、どうか忘れないで欲しいのです」
サイコパスからいきなりお嬢様モードに入ったラドリーナは、周囲をぐるりと見渡し、慈愛がこもった声で言った。
それは遠くまで響いていたのか、続々と人が集まってくる。
その時、ラドリーナが小さくウインクをした。まるで、俺にも何か言えと言わんばかりに。
小さく咳払いをし、脳内で文章を組み立てる。
数秒後、大きく吸った息と共に、言葉を紡いでいく。
「私はノア・エレヴァトリス。隣にいるラドリーナ姉様の弟にございます。私も同じ思いを持っており、いずれ領主となる兄上を支えることが出来るよう、日々努力しております」
次第に身体が勝手に動き出し、身振り手振りが加わってより勢いが増した。そうして脳内の言葉がまとまり、完成したことで、声の大きさも上がっていく。
「ですからご安心を。このリガルレリア、ひいては公爵領は、どんな災禍や戦火が訪れようと、必ず我々が守り抜いてみせましょう!」
一拍の空白。そして――大歓声。
「うおおおお!!!!」
「俺らのリガルレリアは永遠だああああ!!!」
「こんなにしっかりしたお世継ぎがいるなら安泰ね……!」
ふわああああ緊張したあああ!!!
いきなりの無茶振りに対応する社畜の底力、見せてやったぞ!!!
けど自分でもめっちゃ驚いてるわ……さすがサイコパス、こんな事をいきなりしやがるだなんて。連れ出した理由にこれも含まれてるんじゃないかってくらいだ。
「それでは、平民として失礼いたします。どうか、道を開けてくださると嬉しく思います」
ラドリーナは、穏やかな顔で手を振りながら歩みを進める。
直後、人の海が割れていった。中央にある広場まで一気に見通せる。
「ありがとうございます」
朝の破壊神の如き姿とのギャップに目眩がするが、それをどうにか押し込め、ラドリーナについていく。
「ノーくんすごいね、あそこまで出来るとはあたし思ってなかったよ」
小声で破壊神が話しかけてきた。
目を丸くしており、驚きはちゃんと伝わってくる。
「姉上……こんな無茶振りはさすがにキツいです! 二度と御免ですからね!」
「さぁ、どうしよっかな~?」
……考えただけでも背筋が凍ってきた。
この話はやめよう、トラウマになりそうだ。
「もう、そんな顔しないでよ。お詫びに何か食べ物でも買ってあげるからさ」
「じゃあ、あそこの屋台で売ってる串焼きを」
「串焼きね、分かった。ふふっ、いいセンスしてるねぇ」
確かゲームでもあそこに屋台が串焼きを売っていたのを覚えている。
料理はところどころで売られていて、食べると回復したり攻撃力やらが上昇する効果があった。
現実でそんな効果が現れるとは思わないが、ゲームの料理が食べられるというのだけでも楽しみで仕方がない。
ラドリーナの目的については一旦置いといて、今は食べ物につられておくとしようか。




