前編
シエルに、イザベラが、俺に3回の奇跡を託し、すでに死んでいること。
そして、マリアーナの成人まで、聖女が生存を偽ることを頼まれていることを説明すれば、小さく喉を鳴らした。
「なるほど。確かに、灰被りの君ひとりでは、少々荷が重い。他に協力者は?」
「まだ。お前以上に、安心して声をかけられる相手もいなかったし」
クリミナの言葉に、シエルの口元がまた歪んでいる。
さすがに、ここまでわかりやすい反応をされると、シエルがクリミナの事を好いていることはわかる。
そこの魔女と会って数時間だが、多分やめておいた方がいいと思う。
「イザベラと親しくて、権力と力があるのは最低条件なのに、その上で、やることが聖女を偽るだからな。下手に声をかけられない」
「むぅ……」
「そりゃそうだよな……」
他の国ならまだしも、ここはセント・バルシャナ聖国。
聖女を筆頭とした、聖職者が中心となり、ひとつの都市が、どの国へも属さないという不可侵条約から、建国されたあまりに小さな国。
正直、国としての機能はほとんどなく、信心深い信者が、聖職者を援助する目的で、発展してきた。
シエルの所属する聖国騎士団は、まさに聖騎士たちの集まり、信心深い者ばかりだ。
つまり、聖女を偽ろうとするなど、以ての外。
王都中を引きずり回された挙句、磔、野ざらしにされた状態で、銀の杭で何度も突かれ、火あぶりにされることだろう。
むしろ、このふたりが協力してくれている方が、おかしい。
「なぁ、ふたりは、なんで協力してくれるんだ?」
この国の中枢に関わるならば、信心深いはずだ。
だが、協力するという言葉に、嘘は感じられない。
イザベラと仲が良かったから?
だから、最期の頼みに協力してくれているのだろうか。
「…………お前、イザベラと旅してたんだろ?」
「え、うん」
「聖女っぽくないって思ったなら、感じなかったか?」
「?」
確かに、俗にいう聖女っぽくないとは思っていたが、人前に出ている時は、想像通りの聖女だったはず。
別に、慕ってくれる人たちを見下すことも無ければ、蔑むこともしない。
弱い立場の人へ、進んで援助もしていた。
少しずる賢いところも多かった気がするけど、心づけが主な収入源である巡礼中では、それも仕方ないことだ。
「あ゛ー……森暮らしの世間知らずなのもあるが、わりと瘴気も広まってたしな。財政難もあって、気付かなかったのか」
「すっごいバカにされてる?」
「うん」
即答するクリミナに、慌てて窘めるシエルがいなければ、一言は文句を言うところだ。
「世界を救う旅をしてる聖女に、援助をしない教会があると思うか?」
単純に考えるなら、それは”NO”だろう。
聖女が、瘴気を収めなければ、生物は息絶える。
イザベラが、現状最後の聖女であるなら、教会はその援助を惜しむとは思えない。
例え、決まりとして、旅に同行できなくとも、町の宿や食事などに関しては、協力してくれそうなものだ。
だが、記憶にあるのは、助けた人々からもらった心づけをやりくりして、宿に泊まるイザベラで、教会にも、顔を出すが、泊めてもらうことはなかったし、食事だってもらったことはない。
「嫌われてたんだよ。教会の連中に」