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前編

「アッハッハッハッ! そうかそうか。マリアーナを騙すために。なるほど。そいつは仕方ない」

「わ、笑い事じゃないんだが!」


 言い訳をするように、先日のマリアーナとの一件を正直に話せば、すごく笑われた。


 確かに、自分でも、一週間も経たずに奇跡をひとつ使うとは思ってなかったが。


「いや、でも、それはいい使い方をした。そこで臆していたら、今頃、お前の首は飛んでいるよ」


 笑い過ぎて溢れてきた涙を拭いながら言われても、全く嬉しくない。


「ンでェ!? 信用はしてくれたんだよな!?」

「あぁ、そりゃ、信じるさ。聖女見習いを騙す奇跡なんて、簡単にできるものじゃない」

「な、ならいいけど……」


 この人、苦手だ……


「では改めて、私は、クリミナ・モルペウス。お前は?」

「ドッペルだ」

「安直な名前だな」

「しょうがないだろ。元々、名前なんてない種族なんだ」


 イザベラに変装しているなら、それはイザベラに他ならない。

 名前なんて、本来必要としない種族だ。


「なるほど、道理だ」


 この名前だって、イザベラについていくと決めた時に、慌てて決めた名前だ。

 思い入れはない。


 置かれたカップの紅茶に、自分の情けない顔が映っている。


「……なぁ、お前は、イザベラの友達だったんだろ」

「友達、と呼ぶには、少し違和感を覚えるがな」


 そういえば、イタズラ仲間だとか言ってたっけ……


「イタズラ……! イタズラと来たか。アイツの厚顔っぷりも、そこまで来ると、聖女というより道化師だな」

「確かに、聖女っぽくないところは多かったけど……」


 底なしの善人。

 それが、惑いの森にいた頃の、聖女のイメージだ。


 だが、実際に現れた聖女は、精霊樹へ案内させるために、人を惑わせて食ってる奴らが多いドッペルゲンガーに協力を仰いできた。

 しかも、私には効かないからと、自信満々に事実を語られた。


 その時に、怒った数人のドッペルゲンガーが、容赦なく召され、もはやあの時の言葉はお願いではなく、脅しだった。


「…………聖女って、みんな、あんなんなの?」

「いやぁ? みんな、あれだったら、世界はもっと変わってるよ」


 確かに。

 小さく笑って、紅茶を半分ほど、一気に煽る。


「……さて、君の思い出話は気になる所だが、それよりも、君は覚えないといけないことが山ほどある」


 クリミナの言葉に、傾けていた紅茶の水面が大きく揺れた。


 そう。今までは、どうにか誤魔化していたが、この国やイザベラの交流関係を、俺は知らない。

 世界の英雄として、衆目を集める状況で、その問題は、大問題だ。


 小さな疑念ひとつで、世界の英雄から、世界の英雄を殺した張本人に変わりかねない。


 今はとにかく情報がいる。本来、イザベラが持っていたはずの情報が。


「そうだな。まずは――――」


 クリミナの言葉を遮るように、荒々しく叩かれる扉の音に、つい肩を震わせてしまう。


 後日聞いた話だが、あの部屋の近くは、そもそも騎士以外は入り口を認知できないようになっており、扉についても、許可をしなければ、部屋の中に招き入れられないらしい。

 つまり、本当に最初から、クリミナは俺の存在に気づいていて、招く気満々だったということだ。


「クリミナ様! 救援要請です!」


 王都近くの森で、瘴気に侵された魔獣が暴れており、退治を依頼しに来たらしい。


「あーそれは大変だー」


 ものすごい棒読み……


 声はとてもやる気が無さそうだが、ふと合った視線。イヤな予感しかしない。


「運がいいな。ここに、ちょうどよく聖女様がおられる。我々は、先行して、その魔獣を退治してこようじゃないか」

「は……?」


 何を言ってるんだ!?


 否定しようにも、扉のすぐ向こう側に騎士がいるのでは、下手な声を上げられない。

 睨むことしかできないが、クリミナはしたり顔に笑いながら、腰を上げた。


「承知しました! 我々も、すぐに隊を派遣致します!」


 すぐに遠くに走っていく足音が消えるのも待たない間に、クリミナは窓を開けていた。


「ほらいくぞー」

「は、いや……はぁ!?」

「壁の向こうまでは、箒で連れて行ってやるよ。検問とかめんどくさいんだ」


 ちょっとだけ、イザベラが悪友と言っていた意味を理解できた気がする。

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