前編
「やらかした……」
クリミナの部屋で、ドッペルは頭を抱えていた。
イザベラから託された、3つの奇跡。
ひとつは、自分がイザベラではないことに気が付いていたマリアーナを騙すために使った。
そして、つい先ほど、ふたつ目の奇跡も、勢いに任せて使ってしまった。
「最高に”らしかった”じゃないか」
「らしかったで済む話か!」
クリミナは楽し気に笑っているが、聖女を偽るのは、三年間だ。
それが、一年目の段階で、貴重な奇跡が残りひとつになった。
正直、ドッペルの死が目の前に迫っているようにしか見えない。
「しかも、せっかく使った奇跡、割られてるし」
きれいな水が湧き出るグラスは、あの男が目の前で叩き割った。
本当に、意味のない、無駄な奇跡になってしまった。
「……」
だが、クリミナは慌てた様子はない。
この魔女からすれば、ドッペルの正体がバレたところで、自分も騙されていたのだと言えば、逃れられると考えているのだろう。
というか、言い逃れるし、言い逃れられなくても、平然とした顔で逃げそうだし。
騎士団たちからも、教会ほど露骨に嫌われているわけではないが、決して好かれているわけではないのは、その辺りの性格の問題だ。絶対に。
「というか、さっきから何してるんだよ」
文句を言ったところで、聞く耳を持たない魔女の心理を考えるのはやめて、その魔女が先程から熱心に見つめているフラスコの方へ、意識をやる。
透明な水に満たされたフラスコで、火もかけていないのに、時折、そこから空気が湧き上がっている。
目を凝らせば、なんとなく、透明な何かが沈んでいるようにも見える。
「実験だ」
「なんの」
「奇跡のだよ」
「奇跡?」
意味が分からない。
「聖女を聖女足らしめるのは、なんだと思ってる」
教会にごまんといる聖職者ではなく、聖女である理由。
「そりゃ……奇跡だろ」
他の聖職者には起こせない、魔法とも違う、神より与えられた、世界の因果を変えるような力。奇跡だ。
そのために、イザベラやマリアーナのような、聖女としての素質のある少女たちを教会は囲い込み、修行を積ませる。
そして、16歳の誕生日に、神より神託を受け、聖女となる。
「でも、奇跡の実験ってなんだよ。見せかけるって話か?」
奇跡を使えないながらも、奇跡を使えるように振舞わなければいけない。
そのために、魔法の使えるクリミナや教会や騎士団が、裏で工作することになる。
大掛かりなマジックショーみたいなものだ。
その演者は、ドッペル自身であり、ドッペル自身が偽物の聖女であることはバレてはいけない。
「……まぁ、そうだな」
「何だよ。その間」
クリミナの言葉の間に、ドッペルが訝し気に眉をひそめ、肘をつきながら尋ねる。
だが、その答えが返ってくるよりも先に、勢い良く開く部屋のドアに、ドッペルは慌てて座り直した。
「今戻った! 灰被りの君!」




