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3年間、聖女を偽ることになりました。ドッペルゲンガーです。  作者: 廿楽 亜久
第6話 約束

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前編

 自室で、フラスコを見つめながら、扉の開いた音に意識を向けた。


「失礼する。灰被りの君」


 律儀にも帽子を取り、胸に当てているシエルは、一瞥もくれないクリミナを気にした様子もなく、部屋に足を踏み入れる。


「偽りの君はどうであった?」


 あの後、ドッペルとクリミナは、宣言通り、本来のイザベラが行うべき仕事をこなしていた。

 つまりは、あいさつ回りである。


 精霊樹が正常化したことで、瘴気は徐々に浄化され始め、世界が元に戻るのも時間の問題だと、説明して回るだけの行為。


「その言葉で安心する者もいるのだ。大切なことであろう」

「目の前の聖女が偽物だとも知らずに?」

「う゛~~む……」


 目の前の聖女の言葉が、本当かどうかを、自分で確かめることもせず、ただ与えられる情報を鵜吞みにする。


「希望があるのならば、誰しもそれを信じたいものだ」


 誰も、全てが偽物だと、絶望しか存在していないのだと、そう思いたくはない。


「それに、黄金の君が成そうとしていることだろう」


 その言葉に、ようやくクリミナは、シエルへ目をやると、嬉しそうに頬を緩めたシエルがそこにいた。


「……光に集まった蛾は焼き殺されるか、群がったなら光を殺すだけだ」

「む゛……ならば、払えばいいだけ」

「その手は汚れるぞ」

「汚れが恐れるならば、最初から払うなどしないさ」

「う゛ーん……」

「ふふ……ご一緒しても?」


 勝ち誇ったように、問いかけるシエルに、クリミナは小さくため息をつくと、近くにあった椅子へ腰を下ろした。


「いつもと同じものでいいかな?」

「あぁ。好きに使っていいよ」


 慣れた手つきで、棚から茶葉を取り出し、紅茶を入れたシエルは、クリミナの前にも置くと、向かいの椅子に座る。


「それで、昼間の話についてだが」

「言った通りだ」

「うん……」


 説明下手というより、説明をめんどくさがるのは、クリミナの悪い癖だ。

 すっかりその癖にも慣れてしまっているシエルだが、今回ばかりは、それでは彼女の要望に応えることはできない。


「黄金の君が戻らないことは、妹君の件で聞いていたが、彼のことは聞いていない。手を貸すにも、どこまで踏み込んでいいものかわからなくては、光を掻き消しかねない」


 はっきりと問いかければ、クリミナは、ミルクが渦巻く紅茶を口へ運んだ。


「ドッペルに関しては、私も想定外だ。アイツ、とんでもないものを拾いやがって……」


 旅に出た後のことは、時々、教会から届く噂程度の情報しか届いていない。


 それもこれも、教会が『巡礼中の聖女は手紙を出すことは禁ずる』というルールのせいだ。

 何故そんなルールがあるかなど、想像に易い。


「死に向かう旅だからか?」


 世間的に、聖女の巡礼は、瘴気に侵された精霊樹を清める儀式だ。

 結果的に、多くの聖女が死亡する危険な儀式ではあるが、世界を救うその名誉に、決して泣き言など許されない。


 だが、親しい相手に出す手紙くらいは、『死にたくない』と、泣き言を綴るかもしれない。

 それすら、聖女には許されないというならば、少し同情してしまう。


「ハッ! 誰が蹲る奴のためにルールを作る。人がルールを作るのなんて、そいつが凶器を持ってる時だ」


 いつもより、少し棘の強い言葉。


「精霊樹は瘴気に侵されて狂ったんじゃない。自分の意思で、人間を含む生物を全て殺して、リセットしようとしてるんだ。聖女は、それを説得して時間を稼ぐだけの使い捨ての存在」



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