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魔女、弟子が出来る

 チリーンチリーン、チリーンチリーンと玄関のベルが鳴る。

 うう、なんだ?

 気持ちよく寝てたのに。

 誰か来たのか?


 ふと時計に目をやる。

 まだ十時じゃないか。

 こんな早い時間に来るとは。


「んん~、しょっ、」


 重い体を起こして玄関に向かう。

 ほとんど身だしなみを整えていないが、まあ大丈夫だろう。

 玄関の扉を開けると、目の前には巨大な山が二つそびえ立っていた。

 いや、違う。

 これは、女の胸だ!


「初めまして。貴方が魔女のミアさんですか?」


 視線を上の方に動かしてはじめて視線が合う。

 黒髪の長髪、それにめっちゃ美人だ。


「ああ、私がミア・クルスだ」


 目の前の女性は驚いたように目を見開くが、すぐに元の表情に戻った。

 ミアはその変化を見逃さなかった。

 こやつ、身長を見て私を子供だと思ってたな?

 普段から私を子供だと勘違いする人が多いせいか、そこらへんの反応には気づくようになってきた。

 まあ、私は大人だから、何かを言うわけではないが。


「私はエイダと言います! 私を、弟子にしてくれませんか!」

「……弟子?」


 ふふふふ、いつか来るとは思っていたが、ついに来たか。

 この魔女、ミア・クルスの弟子になりたい人間が!


「つまり、私から魔法を教わりたいと?」

「はいっ、そうです! 私も魔女になりたいんです!」


 目の前の女性は自信のやる気を表すかのように前のめりになる。


「そうかそうか。ん?」


 魔女になりたい?

 勝手に名乗ればいいんじゃないのか?

 それとも魔法を教わってから魔女を名乗りたいというこだわりでもあるのか?

 そんなミアの反応に感づいたのか、女性は自身の懐に手を入れた。


「あっ、えっと、これを見てください」


 そう言って女性は一枚のカードを私に渡した。

 これは何だ?

 名前や生年月日などの個人情報が載っている。

 エイダ・チェルニーという名前なのか。


「これは何だ?」

「魔女見習いの証明書です」

「しょうめい、しょ? そんなものがあるのか」


 ミアは、はてなと疑問を頭に浮かべる。

 こんなもの初めて見たな。

 今時は皆こういう証明書を持っているものなのか?

 あ、よく見るとカードに魔法学園レイブクルと書いてある。


「君は魔法学園の卒業生なのか?」

「はい、そうです!」

「それは凄いな!」


 エイダは自信ありげにふふん、と口角を上げる。

 魔法学園といえば、王都に唯一存在する超有名な学校だ。

 そこでは最新の魔法を学べるらしい。

 いつか私も行ってみたいと思っていた学校の出身とは、大変優秀なのだろう。


「それで、弟子にしてくれるという話は……」

「う~ん、そうだな……」


 正直、弟子になりたいと言ってくれるのはとても嬉しいが、ここで承諾したら、やることがいつもより増えて面倒な気もする。

 普通に考えたら、私の趣味(魔法の研究)の時間が減ることになるだろうし。

 いやでも、むしろ私が最新の魔術を学べるのか。

 え~、どうしよう。


「私にも都合があるからな。無条件で弟子にするのはできないな」

「そう言われることは分かっていました」


 そう言うと、エイダは背中に背負っているリュックから一つの袋を取り出し、ジャラジャラと音を立てながらその袋をミアに差し出す。


「これで私を弟子にしてください!!」


 ミアは袋を受け取る。

 このずっしりとした重さに、中身がこすれるときに発する金属音。

 この感覚は……私の大好きな金だ。

 そう思ってミアはゆっくりと袋のひもをほどき、中を覗く。


「お、お、お、おおおおぉぉ!?!?」


 めめめめっ、めちゃくちゃお金が入ってる!?

 すごっ!! やばっ!! えぐっ!!

 ミアは袋の中の硬貨に目をくらませつつ、再びエイダに視線を向ける。


「な、なあ、もしかして君の家は大富豪とかなのか?」

「ま、まあそんな感じです」


 ヤバすぎる。

 こんなにお金があったら数年は余裕で生活できるぞ。

 エイダを弟子にとったらこのお金はすべて私のもの……

 家のローンは全て払えるし、ちょくちょくある借金は全て返済できる。

 朝からケーキを食べてもいいな、いや、朝昼晩ケーキも夢ではない!


「まあまあ、ここでずっと立ち話というのも疲れるからな! 中に入るといい」

「ありがとうございます!!」

「あ、やっぱりちょっと待って」


 そう言ってミアはドアを閉める。

 私の身だしなみが全然なっていなかった。

 話が長くなりそうだし、仮に弟子になるなら師匠としてかっこいい姿じゃないとな。

 自身の身だしなみを整え、再び玄関のドアを開く。


「待たせたな。入ってくれ」

「あ、はい!」


 ミアはエイダをダイニングに案内し、椅子に座らせる。


「ちょっと待っていろ。今お茶を用意するから」

「はい、ありがとうございます」


 軽く頭を下げるエイダを尻目に、ミアはキッチンに向かう。

 棚から二つのカップを取り出し、茶葉を入れる。

 ここからは魔法の出番だ。

 急須に手をかざして熱々のお湯を頭でイメージする。


「お湯よ、出ろ」


 そう言うと、淡い光と共にカップにお湯が注がれていく。

 その様子を眺めながら、ミアは一つの疑問を持った。

 もし私がお金を受け取ったら、それを知った人の私への評価はどうなるだろう?

 お金にがめつい魔女だと思われないだろうか?

 普段受けている依頼の報酬はそこまで高くない。

 金に目がない魔女だと知られれば、依頼の報酬に裏があると疑われるかもしれない。

 でも、依頼の報酬を上げたら困っている人を助けられないなあ。


「……あ」


 お湯、入れ過ぎちゃった。

 めっちゃこぼれてる。


「大丈夫ですか?」

「ああ、うん。大丈夫」


 エイダに心配されてしまった。

 こういうのは気をつけないとな。

 こぼれた分はタオルで拭いておき、二つのカップをプレートにのせてエイダの元へ向かう。


「待たせたな」

「いえ、むしろ早いですね」

「魔法を使ってお湯を出したからな」

「え? 魔法でお湯を出す? どうやって……」


 エイダは手を顎につけてごにょごにょとつぶやく。

 ミアはエイダの前にカップを置き、自分のカップを持ってエイダの前に座った。

 

「さて、まずこのお金についてだが……」


 そう言ってミアは袋の硬貨を数枚取り出し、残りをエイダに返す。


「とりあえずこれが一ヶ月分だ」

「え? それだけでいいんですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 少しどころかめちゃめちゃ惜しいが、金に目がない魔女だと思われるのはプライドが許さない。

 金銭欲がないってかっこいい気がするし。


「えっと、でも……あまりにも少なくないですか?」

「そうか? こんなもんだと思うが」

「いやいや、ミアさんが魔女であることを考えたら、凄く少ないですよ!」

「え?」

「だって、魔女自体そうそういないんですから!」


 うーん、そう言われてもな。

 今まで受けてきた依頼と相場が同じくらいになるようにお金を取ったからな。

 これを受け取っちゃうと、普段の依頼も報酬を増やす方向にいってしまいそうだ。

 それだと私に依頼をする人が困っちゃうしな。

 どうしよう。


「じゃあこうしよう。お金は私が取った分だけでいい。その代わり、魔法に関すること以外でも君に手伝って貰おう。それでいいか?」

「はい、私は大丈夫です。あれ? ということは、私を弟子にしてくれるということでいいんですか?」

「ああ、そのつもりだ」

「や、やった!」


 エイダは小さく握りこぶしを作る。

 あ、この子、静かに喜ぶタイプだな。

 喜んでくれると、なんだか私も嬉しくなってくる。


「ミアさん! これからよろしくお願いします!」


 エイダはその場に立ち上がって気をつけの姿勢を取り、綺麗なお辞儀を私に見せた。


「ああ、よろしくな」

「はいっ!!」


 こうして私に初めての弟子ができた。

 それからはこれからの方針などを二人で話し合った。

 お金……やっぱりもっと欲しかったな。

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