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魔女、お菓子を作る

 パンパンに膨らんだポーチを腰に付け、満面の笑みを浮かべながら魔女、ミア・クルスは町中(まちなか)を歩いていた。

 彼女が向かう先は冒険者ギルドだ。

 ギルドの扉を開けると、いつものように受付嬢が笑顔で出迎えてくれる。


「ミアさん、お疲れ様です」

「リリア! これを見ろ!」


 ミアはそう言うと、腰のポーチから大量の薬草を机に出す。


「わあ、凄い量ですね」

「ふふっ、そうだろう! 私だってやるときはできるんだ!」


 前回は薬草採取の依頼に失敗したが、今回は違う。

 どうだ!

 魔女である私を(あが)めなさい!


「じゃあ調べてきますね」


 そう言ってリリアが奥の部屋に姿を消した。

 あれ、思っていたより反応が薄くない?

 私、あんなにいっぱい薬草を採ったんだよ?

 もうちょっと、「さすが魔女様!」とか言われたかったんだけど。

 ほら、周りの冒険者は私に注目してるぞ?

 きっと皆、私のことを尊敬の目で見ているんだ。

 やけに暖かい視線のように感じるが、きっとそうに決まってる!

 そんなことを考えていると、リリアが戻ってきた。


「お待たせしました。こちらが依頼達成の報酬ですね。多めに採ってきたようなので、その分報酬を足しています」


 リリアは机にあるトレーに硬貨を置く。

 

「おお! ありがとう!」


 やっぱり報酬が増えるのは嬉しいな。

 ただ、人間は欲が出てしまうものだ。

 正直に言うと、もっと報酬が欲しい。

 でも、魔物の討伐とか危ないから嫌なんだよな。


「あの、ミアさん」

「ん? 何だ?」

「明日ってお時間あったりしますか?」

「まあ、時間はあるが」

「じゃあ、一緒にお菓子作り体験に行きませんか?」


 お菓子作り、体験?


「ダメ、ですか?」


 リリアが上目づかいでこちらを見つめる。

 そんな目をされると断れないじゃないか!

 いや、断る気などないが。


「もちろんいいぞ」

「やった」


 リリアが小さくガッツポーズをする。

 可愛いな。


「それにしても、何でお菓子作り体験なんだ?」

「ミアさん、甘いもの好きかなって思って、」


 ミアは腕を組み、仁王立(におうだ)ちになる。


「ふっ、いいセンスだ。なんたって、私は大の甘党だからな!」

「それは良かったです! それじゃあ明日はよろしくお願いします!」

「ああ、分かった」


 こうして私はリリアとお菓子作り体験をすることになった。





 翌日の午後。

 ミアは大きな噴水のある広場に向かう。

 ここは待ち合わせによく使われる場所で、冒険者ギルドとも距離は近めだ。

 やがて噴水が見えてくると、噴水の(ふち)に座る見知った顔の女性も見えてくる。


「リリア、来たぞ」


 リリアはミアを見るやいなや、ぱあっと顔を明るくする。


「ミアさん! こんにちは」


 今日のリリアは可愛らしい服を着ている。

 普段、制服のリリアしか見ていないせいか、つい「おお」と声がでてしまった。


「その服、似合っているな」

「えへへ、ありがとうございます」


 お、今の何かデートをするカップルみたいな会話だな。

 そうなると、私が彼氏といったところか。

 というか、いつものようにローブを着たり杖を持ってきたりしたが、失敗したな。

 魔女の帽子もかぶってきたし。

 杖とか絶対使わないじゃん。

 ローブの中も、なんか地味な色の服を着てしまったし。

 何だかおしゃれをしたであろうリリアに申し訳ない。


「それじゃあ行きましょうか」

「あ、ああ。そうだな」

「あれ? どうしました?」


 あれ、顔に出てたか。

 リリアは意外と私のことを見ているようだ。

 

「いや、大丈夫だ。行こう」

「そうですか。じゃあ案内しますね」


 リリアについていく。

 少し歩くと、リリアはとある建物の前で足を止める。


「ここですね。入りましょうか」

「ああ」


 二人でガチャリと扉を開け、中に入っていく。

 すると、中にはいくつかのテーブルがあり、何人かの女性が会話をしていた。

 そのうちの一人がこちらに歩み寄ってくる。


「あら、リリアさんとミアさんですか?」

「初めまして。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 どうやら私達が最後のようだ。

 一番端のテーブルが割り当てられており、テーブルにはお菓子作りの材料が色々置かれている。

 

「皆さんお揃いのようなので、早速始めていきますね。今日はマフィンを作っていきます」


 どうやら最初に話しかけてくれた女性は今回の先生のようだ。

 マフィンを作るのか。

 こんな粉や卵からマフィンが出来るのか……想像できないな。


「ミアさん、お菓子を作った経験はあるんですか?」

「いや、作ったことないな。食べたことはあるが」

「ふふっ、確かにミアさんはいろんな人からお菓子とか貰えそうですもんね」

「そうか?」


 私が魔女だからと皆が尊敬してお菓子を献上するということか?

 まあ、確かに近所の老人からよくあめとか貰えるな。

 きっと私の魔女としてのオーラがあふれ出ているんだろうな。


 こうしてお菓子作りが始まった。


「リリア、このボウルに卵を入れればいいんだよな?」

「はい、先生もそう言ってましたね」

「よし、入れるぞ」


 溶き卵を全て入れて混ぜ始める。


「あれ、ミアさん? 卵は数回に分けて入れるんじゃないんでしたっけ?」

「そうだったか? でも、一気に入れた方が楽だろう」

「それもそうですね」


 そんなこんなで生地を作り上げた。


「ミアさん、何か変じゃないですか?」

「ああ、そうだな」


 明らかに周りの人が作った生地と違う。

 なんというか、全然混ざってないし、ちょっと汚いとすら思ってしまう。


 とりあえずかまどで焼いてみるが、うまく膨らまない。


「これ、失敗ですかね?」

「う……ま、まだ分からない! 火力が足りないのかも!」


 そう言って杖を持つ。


「ちょっ、ちょっと!? ミアさん!?」

「炎よ!!」


 二人で作ったお菓子であろう何かは炎に包まれた。

 やがて炎が収まると、そこには黒焦げになった何かがあった。


「ミアさん……」

「ぐぐぐ……」


 やってしまった。

 これはもうどうしようもない。


「リリア……ごめん」


 しばらく二人の間で沈黙が続く。


「ぷっ、ふふっ、ミアさんって面白いですね」


 リリアが口を押さえながら肩を震わせている。

 えっと……怒ってない……のかな?

 すると突然、後ろから肩をがしっと掴まれる。

 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには不自然なほどに笑みを浮かべる先生がいた。


「ミーアーさーんー?」


 あ、私の人生、ここで終わるんだ。


「あ……えっと……」

「突然魔法を使うのはやめてくださいね? 周りが驚いちゃうので」

「ごめん、なさい」

「分かればいいんです」


 そう言って先生はチラッと黒焦げの何かに視線を送る。


「じゃあ今度は私と作りましょうか!」

「せ、先生……」


 なんて優しい人なんだ。

 私は一生この人についていってもいいぞ!


「よろしくお願いします!」


 先生はリリアに視線を送る。


「リリアさんもそれでいいですか?」

「はい! お願いします!」


 こうして先生を含めた三人でマフィンを作った。





 私とミアは、マフィンの入った袋を持ちながら町中を歩く。

 既に外は夕方で、オレンジ色の日差しが少しまぶしい。


「ミアさん、ちゃんとお菓子を作れましたね」

「ああ、そうだな。といっても、ほとんどは先生がやってくれたけど」

「そうですね」


 先生の、全てを理解しているかのような動きは凄いとしか言いようがなかった。

 さすが先生だ。


「私、家でもお菓子を作ってみようと思います」

「そうか。私は食べるだけでいいかな。お菓子を作るの、予想以上に難しかったし」


 ふふっ、家に帰ったらこのマフィンを味わおうではないか。


「ミアさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 リリアは今日一の笑顔を私に見せた。

 私が男だったら、絶対に惚れていたな。


「私こそありがとう。楽しかったよ」


 普段経験しないこともあって、いつもより楽しかったな。

 そういえば、なんだかんだリリアとギルド以外で話すのは初めてだったな。

 これはもう友達と言っていいのでは?


「な、なあ。リリア」

「なんですか?」

「私達、もう友達、なのかな?」

「え?」


 リリアは驚いた表情を見せる。

 あ、もしかして私が一方的に思ってたやつ?

 うわ、なんか恥ずかしくなってきた。


「ふふっ、そうですね。私達、友達です」

「……そうか」


 なんだか顔が凄く熱い。

 熱でもあるのか?

 ……いや、顔が熱い原因など分かりきっている。

 ただ、この顔をリリアに見られたくないな。

 いつもの服装で良かった。

 帽子を深くかぶれば顔を見られる心配がない。

 幸い、リリアも私と反対の方を向いている。

 

 お互い無言でしばらく歩くと、道の途中でリリアが足を止める。


「私、ここを右に曲がるので、ここでお別れですね」

「ああ、今日はありがとう」

「私こそありがとうございました。次会うのは冒険者ギルドですかね?」

「そうだな。じゃあ、えっと、さよなら」

「ふふっ、さようなら」


 二人は軽く手を振って別れた。

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