減点制度
地獄界では十大王が揃い閻魔大王を議長として会議を開催していた
閻魔議長「最近は嘆かわしいことに人間どもの行いが凶悪化してきて、地獄へ落ちるものも多く忙しい日々が続いておる。不動明王殿の使いのものからの伝令でも地獄の入り口で落とすまいと救ってやろうとしても数が多すぎて取り逃がしてしまう事例が多発しているそうじゃ。明王会議では改善策として魂を捕まえる縄を大量に追加発注することになりお賽銭では足りないくらい経費がかかり過ぎているらしい。さらに一度に多くの縄を扱うことになるので不動明王殿も変装して長良川の鵜飼の鵜匠の中に忍び込んでいるらしいとのことじゃ」
A大王「議長!さらに人間どもは自分が悪さをしていると言う意識が欠乏してしまっており、取り返しのつかないことになってから気付くという悪循環に陥っております」
B大王「これはもう一度地獄の恐ろしさを人間どもに見せつける時期に来ていると考えておりますが、議長いかがでしょうか?」
閻魔議長「両大王殿のおっしゃられるとおりですな。善悪の判断がつかなくなるほど腐敗した人間どもを救うには地獄の恐ろしさを再認識させることにするとしましょう」
地獄界でも現在の人間界の堕落ぶりを非常に嘆いており、なんとか地獄が定員オーバーとなるような手遅れになる前に正さないといけないという緊急の課題に直面していた
C大王「議長!一つ提案があります。人間どもには生まれた時に持ち点として50点の徳を付加された生存免許証をお与えになられてはいかがでしょうか?生存免許証は常時おでこの前面に貼り付けて日常の生活をする。そして持ち点を表示して人間どもがお互いにそれぞれが何点の徳を持っているか解るようにする。生まれた時の50点は黄色の文字です。生まれながらにして人間は注意して生きていきなさいという戒めを込めて黄色にしております。善行を重ねると加点され青みが加わって行き緑から青へ、そして紫外線になって点数が見えなくなったら天国へ旅立つとします。反対に悪行を重ねると赤みを帯びて行き橙色から赤へ、さらにどす黒くなっていき、最後は生存免許証自体がまっ黒となり姿まで暗黒に覆われてしまい見えなくなった時は地獄へ消えていると言う仕組みです」
閻魔議長「C大王殿それはなかなか妙案ですな。持ち点が40点台で修羅道へ、30点台で餓鬼道へ、20点台で畜生道へ、10点台で生存免許証が免停となり地獄道候補となるが不動明王殿に運良く救われると畜生道へ、不動明王殿が取り逃がすと地獄道へ落ちて我々地獄の十大王の裁きを受けることになる、10点以下は免許取り消し処分で即否応なくそのまま地獄の奥深い底へ落ちてもらうということでいかがなものかな?」
A大王「議長!それは素晴らしいご配慮でございます。人間どもが自分の生み出した悪い業のせいで減点されて、その該当する世界で生きて行かねばならない。まさに現世で減点された晒し者となることは地獄をも感じるぐらいの戒めを受けるということとなり常に善行を心がけることに繋がるでしょう」
地獄界ではこの案が決議され、仏界に上呈された
仏界でも各如来が全員賛成との決議となり、これは宇宙の法則として認められ実施されることになり広く宇宙に知らされることになった
これ以降人間界では生まれたものには生存免許証が交付されたが、それまでに生まれていたものについては経過措置として希望者だけに交付することとされた
ただ、現在の自分の持ち点は交付された生存免許証を見ないと解らないことになっていた
何故なら、前もって知って申請したところ、交付されるまでのタイムラグで点数が変わってしまう恐れが生じる
例えば、申請した時の受付窓口の担当者が不慣れで手続きに手間取った時に、申請者が心のなかで「のろまなやつ」なんて思っただけで減点される可能性もあり、またそんな申請者に限って交付された免許証の点数が何故減点されているのか?とクレームを言い出しかねないからだ
何事も新制度の始まりはどんな不具合が生じるかも知れないから想定しながら慎重に検討を重ねる必要がある
さて、制度が開始されたけれどやはりよくある様子見なのだろうか思ったほど申請者は来なかった
マスコミも特別番組を組み街行く人にもインタビューを行う
インタビュアー「すみません◯◯放送のものですが、新たに始まった生存免許証の制度についてどう思われますか?」
通行人A「ええ、相手の持ち点が解るのはとてもいいことだと思います。付き合いたい相手と、避けたい相手がひと目で解りますしね。でも、自分が表示されるのはちょっとねぇ・・・なので申請はしないつもりです」
通行人B「どうだろう?持ち点が解ると点数によっては職務質問とか多くなったりして、鬱陶しいことが増えるんじゃないか?と思いますよ。警察も手間だし人手がいるので職員を増員すると今度は我々にも増税なんてことに繋がりそうですしね」
通行人C「そうですねぇ・・・私は僧侶なのですが、もちろん修行して徳は積んできている自負はあるのです。でも、万が一、万が一ですよ!点数が低かったとしたら、職業柄失業の憂き目に遭う恐れがあります。でも交付を受けないと、僧侶なのに何故堂々と交付申請してないのですか?なんて勘ぐられるのも嫌ですしね・・・何度も言いますがもちろん修行はしてきたのですよ!仏様が決められたこの制度は仏教界で反発する声が多いのではないでしょうか?」
やはり他人の持ち点は見たいけれど、自分のものを見せるのは嫌だという意見が圧倒的に多かったのです
時は過ぎ、生存免許証交付制度が始まり90年の時が経ちました
今では、ほとんどの方が生まれつき交付された人ばかりになりました
またこの世界では、自分の持ち点の所属する同じ道の者同士が集まって地域を形成して生活をしていました
やはり、類は友を呼ぶのです
50点台の人たちは人間として少しの喜怒哀楽を繰り返し助け合って生活していました
40点台の人たちは修羅道でいつも眉間にシワをよせ目くじらを立てて争いごとにあけくれていました
30点台の人たちは餓鬼道でいつも他人のものを羨ましがり欲しがりすきがあれば何でも自分のものにしようとお互いを牽制しあっていました
また、いくら食べても空腹感が満たされず食糧危機に陥っていました
20点台の人たちは畜生道で善悪の区別なく、やってはいけないことなどもなく本能の赴くままに自分勝手に生きていました
10点台の地獄道候補の人たちはもはや自分で動くことすらできずに常に生死の境をさ迷っていました
運良く生き返れば畜生道の最下層に入ることができました
そして10点以下の人たちは・・・もちろん存在自体を確認できませんでした。手遅れです
なぜなら生存免許証取り消し処分になったからです
そしてお互いにそれぞれ他の地域に対して優越感を持ったり劣等感を持ったりして、ますます世の中は荒んでいきました
閻魔議長「こんなはずではなかったのに・・・」
人間とは全てをさらけ出せない臆病者だから「人の間」に隠れたりするのです
でも、地獄からお誘いを受けてもその臆病さがあるから行きたくないのです
昨今の強烈な自我を押し通す者がはびこりトラブルが多い世の中に対して
臆病者ならばこの世の中でもっと謙虚に感謝して生きていきなさい
閻魔大王はそれを言いたかっただけなのかもしれません