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プロローグ 異世界から幼なじみが帰ってきたらしい①

 俺の名は木島達郎(きじまたつろう)

 

 どこにでもいる34歳のしがない独身男性だ。

 いや、どこにでもいると言ったら、少し語弊があるかもしれない。

 

 1カ月ほど前、俺は無職になった。

 入社以来、なにが気に食わなかったのかはわからないが、直属の上司に徹底的に嫌われ、ことあるたびに説教に罵詈雑言(ばりぞうごん)、果ては自分のミスをこちらに擦り付けることまで日常的になり、ついに我慢の限界の達した俺は、とある事案の責任を取る形で自主退職した。


 先ゆきに不安がないかといえば大いにあるけど、ま、あのままストレスにさらされ続けるよりましだろ。


 というわけで、いまは絶賛無職中だ。


 あと特筆すべき点があるとすれば、彼女いない歴=年齢なことかなぁ……

 言い訳するようだけど、中学生の時、とある女子生徒の失踪事件があって、それからってものの女子をなんとなく避けるようになっちまった。

 まあ、モテないのが最大の原因であることは、否定しないが……。

 

 とりあえず、今日も日課のハローワークの求人ページ巡りを終えた俺は、家賃が安いのだけがとりえのワンルームにて、就寝した。


 普段なら、このまま次の日の昼頃まで、安眠をむさぼるのだが……



 

「たーくん、起きて!」


 ゆさゆさゆさ。

 

 誰かがそんなことを叫びながら、俺の腰のあたりを揺さぶっている。

 両脇腹を、なにか柔らかくて温かいものに挟まれている感覚。

 

「起床! 覚醒! 起きなければ、睡眠解除魔法で強制的に目覚めさせる!」


 俺がなかなか目を覚まさないとみるや、その何者かは様々な同意語で『起きろ』を言い換えたあと、よくわからない脅し(?)で、さらにこちらを叩き起こしにかかる。


 ――なんなんだいったい……


 俺はしぶしぶ目を開けた。


 ものすごい美少女が俺の腰の上にまたがっていた。


 ゆさゆさゆさ。


 少女が再び俺の体を揺らす。


 その時、俺は初めて腰のあたり感じていた生暖かい感触が、彼女の剥き出しの太腿であることを知った。

 その少女は学生服に身を包んでいた。

 丈の短いスカートからはスラリとした生足が伸びており、彼女はその姿のままトランクス一丁で寝ていた俺の上に馬乗りになって、さっきから全身を揺すってこちらに振動を与えていたらしかった。 

 

「わああああああっっっっ!?」


 俺は声を上げて、上体を起こす。


「やっと起きた」


 少女が俺に顔を近づけて言った。

 

 間近で見ると、本当にとんでもない美少女だ。

 ビロードのように黒くつややかなロングヘア―。見ていると吸い込まれそうな切れ長の目。

 頬から顎にかけて、完璧な曲線を描く面貌。

 すべてが神の手により、綿密に計算して作られたとしか思えない。

 

「だ、誰?」


 眼前の少女にまったく見覚えがなかったので、俺の口からその疑問が出たのは当然だろう。


「おぼえてないのか……」


 少女はどこか寂し気に呟く。

 どうでもいいが、そろそろ俺の体からどいて欲しい。

 色々あたっちゃいけないところがあたってるから……


「私は依知川梢(いちかわこずえ)だ」

「は?」

「小学校、中学校とたーくんと同じだった」


 言われて、俺の記憶の中のあるシーンがフラッシュバックする。



 

 中学3年の時。

 俺はある同級生の女の子に放課後に呼び出された。


 相手の名は依知川梢。

 他学年でも知らない者はないぐらい有名な女子で、今でいうスクールカーストの頂点ってやつだ。

 といっても小学生の頃はよく遊んだり、喋ったりしていたものだが、中学に入ったころから、相手がメキメキと女子力とやらを上げ、あっという間に俺ごときが気安く声をかけられない存在になってしまった。


 その超有名人から、当時でさえ古風な『下駄箱に手紙を入れる』というやり方でお呼びがかかったわけである。


 その頃からモテないどころか、女の知り合いさえいなかった俺は、すぐに『こりゃいたずらだな』と悟った。

 陽キャグループの暇つぶしイベントかなにかだろう。


 まあわかっていても、トップ集団の呼び出しをスルーする度胸はなかったので、とりあえず俺は指定された場所へ向かった。


 ――最悪、カツアゲとかじゃなければいいが……


 そんなことを考えながら、屋上へ通じるドアを開くと、予想に反して陽キャ集団の姿はなく、女の子がどこかそわそわした様子で、一人佇んでいた。


 依知川梢だ。


 ビックリするぐらい美人になっていた幼なじみに、俺がビビって立ち尽くしていると、彼女の方がこちらに気付いて、勢いよく駆け寄ってきた。


「たーくん!」


 彼女が呼びかけてきた。

 この『たーくん』という呼び方は、小学生の時分からこの子だけが使っていた俺のあだ名だ。

 恥ずかしいからやめてくれと何度言い聞かせてもやめてくれなかった。


「や、やあ、こず……依知川さん」


 危うく、俺の方も昔のように名前呼びしそうになったが、現在の身分差を思い出し、かろうじて踏みとどまる。


 しかし、彼女は足を止めて、なぜか少し傷ついたような表情を見せた。


「……前みたいに呼んでくれないんだ」

「え?」

「ううん、なんでもない。それより来てくれてありがとう! 急にごめんね?」

「あー、いや別に。でも、なんの用?」


 最近は読モもやっているという噂の同級生を前に、俺はぎくしゃくとこたえる。

 

 彼女はついっと歩を寄せてきた。


「回りくどいのは嫌だから、単刀直入にきくね?」


 俺の顔を下からうかがうように、綺麗な顔を近づけてくる。


「たーくんって、いま彼女さんっている?」


 妙に真剣な口調でそんなことをたずねてきた。


 なぜそんなことを聞くのだろうか、と思いつつも、俺はこたえた。


「……いや、いないけど」


 とたんに、ぱっと明るい顔になる彼女。


「そうなんだ! じ、じゃあ、さ……」


 依知川梢は、両手を握りしめ、なぜかひどく緊張した面持ちになった。


「わ、わ、私と……」


 語尾が震え、その先を言い淀む。

 顔が真っ赤になっていた。


「私と付き――」


 

 ぶぅぅぅぅぅぅぅん――


 

 そんな音が響いてきたのは、その時だった。


 俺と彼女は音の聞こえてきた左手へと目を向けた。


 だだっ広い屋上の一部がぐにゃりとねじ曲がっていた。

 足元のコンクリートがねじれているとかじゃなく、空間そのものが歪曲しているような感じだ。

 その歪みは、狙いを定めたように、俺たちの方へと一直線に向かってきた。


「危ないっ!」


 どん、と胸を突き飛ばされる感触。

 俺はいきおいよく地に転がる。


 慌てて、顔を上げた時には、すでに例の歪みは消えていた。

 まるで何事もなかったかのように屋上を冷たい風が吹き抜け、グラウンドから遠く運動部のかけ声が響いてきた。


 依知川梢の姿はどこにもなかった。

 屋上を隅々まで見渡しても、彼女を見つけることはできなかった。




 ――そうだ

 

 あの日以来、彼女は行方不明になってしまった。

 警察に何度も事情聴取された俺は、ありのままを話した。

 でも、誰にも信じてもらえず、結局、不可解な失踪事件として片付けられてしまったのである。


「その依知川梢がお前だって?」


 俺はいまだ自分の上にまたがっている少女に問いかける。


 こくり。


 少女は神妙な表情で頷いた。

 


 ――これが20年ぶりに再会した、俺と幼なじみの奇妙な生活の始まりだった




 



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