使者・談笑
【使者】
あれは、3日前のこと。
領政をカミュスヤーナの弟であるアルスカインに任せる準備と、テラスティーネの身体を取り戻す算段を考えていたところ、悪寒を感じた。顔を上げると、そこに一人の少女が立っていた。
背中を覆うプラチナブロンドの髪。白く細い手足。ラベンダー色のイブニングドレスを身にまとい、伏せられた長いまつ毛の下から赤い瞳がこちらを見上げた。
髪の色、瞳の色は違えど、その容姿は見覚えのあるもの。
「テラスティーネ……」
「魔王エンダーン様配下、アメリアと申します。以後お見知りおきを」
胸に手を当て、軽く上体をかがめて執事の礼をとったアメリアは、カミュスヤーナの青い瞳を見て、化粧をしていなくとも赤くあでやかな唇の端をあげた。
「あら、貴方はそちらに逃れたのですね。あのままとらわれていたら、主にかわいがっていただけたでしょうに。もったいないこと」
アメリアはそのままカミュスヤーナの方に歩み寄る。
「まぁ、エンダーン様は、彼女の魂があってもなくてもよかったようですけど。魂があったほうが貴方様を傷つけることができたのに、と残念がっておられました」
アメリアはカミュスヤーナの方に身をかがめる。
お互いの鼻先が近づき、赤と青の目が向かい合う。
「貴方様の目の前で、彼女の身体と魂を壊したら、さぞや楽しかったでしょうと。でも、そしたらこの身は造られなかったかもしませんが」
唇が触れそうに近く。テラスティーネと同じ容姿だが、その色と表情は違う。彼女には似つかわしくない表情。
「きさま……っ」
「まぁ怖い。視線で射殺されてしまいそうですわ」
アメリアはくすくすと笑う。その後、少女の雰囲気ががらりと変わる。
「美しい瞳だな。カミュスヤーナ」
少女の口より、別の口調・声音で言葉が発せられる。
「ただ見ているつもりだったのだが、思わず声が出てしまった。ああ、心配することはない。そなたがいるわけでもないのに抱いても仕方がないからね。この身体には手は付けていないよ」
その声と話す内容から、カミュスヤーナは相手を確認し、低い声で問い詰める。
「……貴様は、私の色だけでは飽き足らず、テラスティーネの身体まで奪うなど。何を考えている」
カミュスヤーナは、にらみつけたまま、少女に問いかける。
「もちろん。そなたと遊びたいだけさ」
目の前の少女が口の端をあげて、にやりと笑う。
「まさか、色を奪った時点で取り返しに来ないとは思わなかった。だったら、奪った色、そして彼女の身体で自動人形でも造ったら、楽しいかなと思ったのさ」
そなたもさすがに取り返そうと思ってくれるだろうし。この身体も美しいしね、と彼女は言葉を続ける。
「こうやって、視力や身体を借りることもできるし」
「主にかわいがっていただければ本望ですわ」
また声音が変わる。まったく、うっとうしい。
カミュスヤーナは唇をかんだ。
「要件はそれだけか」
「そうさ」
少女はカミュスヤーナの耳元に口を寄せた。
「そなたが来るのを待っているよ」
ささやいた後、少女の唇がカミュスヤーナの耳たぶをはさんだ。
「!」
耳を抑えて、振り向いた時には少女の姿はかき消えていた。
【談笑】
玉座の上で、金の髪、金の瞳の青年が、ひじ掛けについていた手を頬に当てて笑った。
その後ろに控えるプラチナブロンドの髪、赤い瞳の少女が、そのまろい頬をぷくっと膨らませて、主に抗議する。
「エンダーン様。私もう少し彼の方とお話ししたかったです」
「アメリア。彼は私のものだから、図に載ってはいけないよ。しかし、色を奪っても彼の瞳は美しかった。青い瞳というのもいいものだね。ただ彼女が側にいるのは気にくわないが」
エンダーンの口の端が上がる。
「やはり魂ごと手に入れて、かわいがりたいものだ」
この色と、この色を、奪ったときには抵抗されてしまったからな。と、エンダーンはアメリアの目元に手をやり、髪をすく。
「この身体であれば、いつでも好きにしていただいて構いませんのに」
彼の方のお気に入りですよ?と、アメリアは頬に手を当てて首をかしげる。
「その身体は好ましいが、彼ほどの興味はない」
だが、彼の前で、彼女の魂をも奪うのはいい考えだね、と、エンダーンはアメリアの頬をするっと撫でる。アメリアがその頬をうっすらと赤らめた。
赤い瞳がキラキラと輝いている。
「ああ、エンダーン様」
「きっと彼は深く傷つくだろう。その痛みはとても甘美だ」
エンダーンは金色の瞳を細めて笑んだ。