目覚め・主はどこに
【目覚め】
重い瞼をあげる。
天蓋のついた天井が目に入った。
通常は魔力感知を動かすまでは、まぶしくて瞼を開けていられないのだが、うまくテラの目が借りられているらしい。
寝台の上に身体を起こすと同時に、ノックの音がする。
「カミュスヤーナ様、お目覚めですか?」
「入れ」
床から天井まで届く大きな扉を押し開けて、1人の青年が入ってくる。
「失礼します」
青年が寝台の天蓋をあける。おやっというように、カミュスヤーナの顔を見て、口を開く。
「目が……」
「気にするな」
カミュスヤーナの通常、閉じている目が開かれているのを見て驚いているのだろう。彼はその青い瞳で、寝台の脇に跪いた青年を見下ろすと、全て常のままにと声をかけた。
【主はどこに】
まったく面倒なことになったものだ。
黒髪の青年は机に肘をつき、組み合わせた手の甲に額を置いて、大きく息を吐く。
自分のみであれば、このままでもよかったものの、テラにまで干渉するとは。
人の美醜には興味はないが、テラの容貌は奴の興味を引くものであったか。
これは政務にかまけて、放っておいた自分への当てつけか。
それとも、わざと遠ざけておいたため、逆に気を引いてしまったか。
魔王の人への干渉は、自然災害のようなものだ。
その圧倒的な力の前には、魔法を使えるとしてもなすすべはなく、運が悪かったと思うほかない。
カミュスヤーナも色が奪われ、視力が低下したのには閉口したが、他の能力で補えたこともあり、領政が落ち着くか、他の者に引き継いだ後に対応を考えようと後回しにしていた。
なのに、また身近なところに干渉したのか。取り返そうとあがいたほうがよかったのだろうか。
カミュスヤーナが自分の考えに浸っていたところへ、ノックの音が響いた。
「カミュスヤーナ様、今お時間よろしいですか?」
「何用だ」
「テラスティーネ様の侍女が面会を申し出ておりますが。急ぎの用件とのことです」
カミュスヤーナは、その言葉に顔を上げ、通せと言葉を紡いだ。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
カミュスヤーナと机を挟んだ向かいの床に跪き、少女が言う。
「よい、顔をあげよ」
カミュスヤーナの言葉を受け、顔を上げた少女は、あらという感じで首を傾げた。
「目が見えるようになったのですか?しかも、そのお目の色合いは、テラスティーネ様にそっくりですね」
普段は両目を覆っている布が取り払われている。少女に向けられているのは青い瞳。
「テラスティーネについて、急ぎの要件があるとのことだが」
自分の目のことには答えず、カミュスヤーナは少女に、ここに来た用件について尋ねる。
「そうでした。テラスティーネ様とここ数日連絡が取れず困っているのです。カミュスヤーナ様は主の居場所をご存知でしょうか?」
私はてっきりカミュスヤーナ様とご一緒だと思っていたのですが、と少女は言葉を続ける。
「アンデンテ。私はテラスティーネを監禁する趣味はない」
「別に側において愛でていただく分には全く問題ありませんけど」
「アンデンテ。口を慎みなさい」
机の脇に立っていたカミュスヤーナの摂政役であるフォルネスが、口をはさむ。
「テラスティーネ様の居場所をご存知ですよね?」
フォルネスの言葉をスルーして、カミュスヤーナが知っていることを断定するかのような口調で、アンデンテは彼を見上げた。アンダンテの碧の瞳がカミュスヤーナを射抜く。
カミュスヤーナは青の瞳を眇めた。
「知らぬと言っても、信じないのであろう?」
カミュスヤーナの言葉を受けて、アンダンテはニッコリと笑った。
「命に別状はないが、今そなたの前に姿を見せることはできぬ状態だ」
「まさか、主に無体なことをなさっているのではないでしょうね?」
「アンダンテ」
フォルネスの低い声がかかる。
アンダンテはフォルネスの方に目をやると、軽く息を吐き、目を伏せた。
「私のお力になれることがあれば、おっしゃってください」
ひとまず方々への調整はしておきます、と言い、アンダンテはその場を辞した。