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5号がピッタリのネコの名前は、こユキ

 譲渡会から1週間後の同じ日曜日、ネコはやってきた。譲渡会の事務局のヒトがケージを組み立てながら、熱心に妻に説明してくれている。保護者のあのカーリーヘアの姉妹は妹の方だけがやってきた。13号はゆうにあるたっぷりした白Tに抱かれているネコは本当に小さくて、か細いだけが感じられた。

「これでも、3週間前にウチにきた時よりは少しは太ったのよ」

 わたしが彼女の白Tをバックにそんな目で見つめたものだから、あたしのせいで余計にか細く見えるだけとにこやかだが笑っていない目が、打ち消す。

 わたしは当たり障りのない「それにしても、かわいいですねぇ」と褒めちぎり、ネコの顔から視線を外さないようにする。

「抱っこしてみます。おくさん、パパさんが抱っこするの、さいしょでも、かまわないでしょう」

 妻の返事もわたしの身構えも確かめずに、13号はその華奢で柔らかな白いものを渡してくる。

「もう、パパさん、こんなことしたら、もう離せなくなりますよ」

 また、パパさんと言った。それが異物のようにカチンと当たる。

「ほーんと、もう、土曜日の夜、飲みに行かなくなるんじゃないかしら」

 わたしのカチンを、妻だけがひとり横から拾った。

 ・・・・・・パパさん、こんな若くて綺麗なひとほっといてそんなことしてるの。だって、わたし飲めないから。だいじょうぶよママさん、もうネコちゃんから離れられなくなって、そんなひとり遊びなんか、したくなくなるから。

 そのあと、2人のマシンガントークが続く。事務局は、やはりネコ好きだから、こうしたテンションの高いシチュエーションに慣れている。向きを変え、今度はわたしに説明を続ける。それでも、エサの好みやトイレのしつけの段になると、13号はすぐにチキンの○○だとかペットシーツにスキマ作らなきゃウンチだって大丈夫だからと繋げ、さっき手離した風船を捕まえるようにマシンガントークに戻っていく。

 わたしも中に入っているが、わたしだけが見えてない女3人のブースの除け者になっている。

 こんなとき、どんなに向こう側しか見てない顔をしていても女なのだと実感する。女三人で回っている。

 ネコを見て、この子はどうなのだろうと思う。やはりこの3人の中に混じって回っていくのだろうか。

はじめから抱っこを嫌がらず、胡坐をかいた輪っかの中に収まってウトウトの体勢になっていくネコは

どんなに距離が離れても此方(こちら)より彼方(あちら)の存在なのだと思った。


 「こゆき、こゆき」の呼ぶ声がする。

 13号と事務局を見送ると、妻はひとりっきりにしたネコの行方に引っ張られ、彼女たちの顏が帰り道へと振り向くのを合図にドアの中に戻っていった。ふたりは、はじめてのネコだもの、そういうもの、さもありなんの仕草もみせず車に乗り込み、わたしの見送る視線など一べつもしないままそれぞれの道に別れていった。

 さっきまで13号はそのネコをマーぶぅと呼んでいた。白い地肌に黒と茶の大小のまだらで大理石みたいだからと付け加えたが、それはわたし以外皆んな聞き流した。

 妻は、ネコをこゆきにしたらしい。さっきの(てい)でいくと、黒や茶色に白い地肌が淡く載ってるのを淡雪に見たてての、小雪なのだろう・・・・・

 と、わたしは、努めて平静を装う。

 辞めたタバコが欲しくなった。10年前にやめてから、ほしいと思ったのは初めてだった。寝ぼけまなこで問い詰められ、最初のネコと長年のバーを手放したあの時でも、こんな身の置き所のない高ぶりは起きなかった。

 こゆきは小雪ではない。きっと、こユキだ。女を時代がかった感じで、おタカとかおヨシとおを付けて呼ぶように、こを付けたユキだ。「ユキって、どこの女」の妻のあの時の声はカタカナのユキに変換されている。島田に結って黄八丈でも着せた若いアイドルの時代劇姿に変換している。

 小雪でもなければ、こゆきでもない。あたまに方便のこを付けてユキの名前を四六時中、わたしに聞かせる魂胆だ。きっと、今度の譲渡会に向かうときから、いいや、その前からカーリーの姉妹に手を回して、わたしの一言で商談が成立するように仕掛けていたのかもしれない。瘦せてはいない妹の方だけをよこして、妻と同じ13号の白Tに合わせたのも周到な打ち合わせのうちに運ばれていったのかもしれない。そもそも、譲渡会そのものさえ、笹澤と名乗り保護猫ネットワークの名称の入った名刺までおいていった事務局の女だって、別れたらすぐに記憶から失せていくような特徴のないメイクだったのも、足の付かない周到な・・・・・

 周到なと、二度回してやっと自分勝手で子供じみた妄想のスパイラルから離れることができた。

 


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