過去のわからない女
1週間だけ保護猫のトライアルをしました。可愛くて楽しかったけど、背伸びしながらの1週間で、うちでネコを飼うのはムリだとあきらめました。ネコがやってくるのを待っていた1週間飼っていた1週間が去って、居なくなってからの1週間が過ぎたころに、何かかたちに残そうとメランコリックな夫婦ものに仕立ててみました。
猫好きの方もそうでない方も一読くだされば幸いです。
「それじゃぁ、友達や親戚の誰かさんが海外旅行に行くんで1週間だけお願いされて預かるんだって考えたら」
わたしの一言で押し合い圧し合いで煮え切らない妻の踏ん切りがついたようだ。保護猫保護者のカーリーヘアのおばさんたち姉妹ふたりもほっとしている。「ご主人、助け船を出してくれてありがとう」の晴れ晴れした顔をこちらに向けてくる。
ー やめてよ、そうゆう顔むけてくるの、これじゃぁ、オレが決めたってことになるからさぁ
さっきまで3人であんなにうんうんしていた荷物を、いまはわたしが持っている。横を向いても当事者のネコの彼女は何も答えてくれない。一べつさえしてくれない。
3週間前。夕ご飯前の7時過ぎに焼肉の匂いにつられて、ウッドデッキ伝いのリビングに「たったいま散歩から戻ったよ」の顔で彼女らの飼っている猫ゲージまでやってきて、一緒にプルコギにありついたのは瘦せてはいるが擦れた感じがみじんもしない良家の子女然の佇まいの白地に黒毛と茶髪の混じったフワフワロン毛、それが彼女なのだと、ふたりは交互に妻を口説いていった。
「だからね、このコ、過去の分からない女なのよ」
何回か使いこんだ落とし文句を姉がいう。
「獣医の見立てだと3歳から4歳だなんだけど、全然そんな風に見えない。小顔で小っちゃくて瘦せていて、それなのにしっぽまでふっさふさ。いくつ齢とっても、ずっと5号でとおしてる女みたい」
どうみても12号でも無理そうな妹の方が言ったので、押し合い圧し合いの空気が少し和んだ。そのあとのわたしの一言で、来週わが家にはじめての猫が来ることになった。
結婚して10年。子どものいないわたしたち夫婦にとって、ねこが来る前触れは、むかし一度だけあった。
それは未遂のように溶けて、そして、なんとなく触れないうちに流れていったのだ。
どちらがとういわけでないが、10年経っても出来ないものはそうした運命なのだろうと。
食卓を挟んでのミーティングが苦手なわたしたち夫婦は、世間でいうところの妊活の話題や段取りをはじめとしたそういったたぐいの取り組みは一切せず、そこから離れていった。
そうしたもののどこかにも楔を打つこともなく、遠目からは「賑やかで、楽しそう」に見えるけれど行きずりの行楽地に過ぎないそこから離れるように。
そこから離れることは、子どもの手を引く親子三人の灯影から離れるだけなのだと、ふたりとも浅はかに考えていた。