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両親。


「……ハッ!?」


 意識がふと戻ってきた感覚に焦ってガバッと顔を上げる。バイトの休憩中の時間はいつもプロットを考えたりこんなシーンがあったら良いなとか次の漫画はこんな話を描きたいなって考えたりするばかりで眠るなんて以ての外だと思っていたため、驚いた。どのくらい落ちていたのかとスマホを確認しようとしたけれど手元にも机の上にも見当たらずにあれ、と首をかしげようとしたとき。


「おはよう」


 突然そう挨拶された。声がしたほうはちょうど自分の真ん前からで恐る恐る見上げてみる。


「お、はよう……?」


 挨拶されたら挨拶を返すようにと物心ついたときから教わり、バイトを始めたらすっかり習慣になったことを無意識にしながらじっといつの間にか僕の前に座っていた彼を見た。どこかの量販店で安く製造されているようなどこにでもあるグレーのパーカーを纏い、フードを目深に被っていて顔の全貌は見えないけれど楽しそうに口角を上げていることだけは分かり、両手で頬杖をついてまるで僕のことがおかしくして仕方のないと言わんばかりの様子で、なんだか馬鹿にされているような気持ちになるのを、表に出さず仕事中と同じように無理矢理笑顔を作ってから問いかける。


「えっと、見かけない子、だね?新人さんかな?僕は星野ほしの 真央まおと言います。君の名前は?」

(新人にしても随分と礼儀がなってないけれど)

 心のなかで毒づきながら、新人だとしても店長や社員さんを介さずここで初対面になるはずがないことどころか自分のスマホの行方すら意識の外になっていた自分に気が付かずにフードの少年の返事を待った。にやにや、という表現が似合う少年は勿体つけたように少しだけ間を置いてから口を開いた。

「青野ハジメ」

「そうなん……えっ?」

 告げられたその名前に一度は飲み込んでそのまま流して適当に頷いて適当に微塵にも思ってもいない褒める言葉でも言おうとして、固まる。アホ面になってしまった僕を変わらずにわらっている。

「あの、さ。それってきみの本名……?」

 名乗られた名前に対して変な態度を取ってしまった上に失礼なことを聞いていることは重々承知だけど、問いかけざる得なかった。だって、今少年がいった名前は僕がハンドルネームに使用しているもので、投稿サイトでもツイッターでも散々見て何とも青臭くて捻りのない名前かだと嫌気がさしてきて改名するかと考え中だったから過剰反応になってしまった自覚はある。思わず、名乗った本人の前に指さえさして問いかけてしまうほどのもの……だっただろうか。さすがに初対面の少年を目の前にして不躾にそう聞いてしまうほど自分は追い詰められていたのか、少しだけ己の行動に対して疑問に感じた。


「ところでさ。あんたに聞きたいことあるんだよね」


 僕の質問をまるっと黙殺して少年は切り出してくる。小馬鹿にしている態度に、問われたことに無視した挙げ句のタメ口にそろそろ苛立ちを隠せなくなりつつあることを察しながらも、時間がないのよ!とわめきながらその後1時間ほど店の悪口を延々と吐き続けてきた40代ぐらいのおばさんのことを思い出して何とか堪えて笑顔をまた作って「なにかな」と聞くことに成功してホッとしたのも束の間。


「もしもさ、一つだけ取り戻せるものがあったらさ。何を取り戻したい?」


 少年は僕をかき乱してくる質問をしてきたのだ。


「……取り戻す?」

「そうそう、今欲しいものじゃなくてさ。元々持っていたけれどいつの間にかなくなっちゃったものだよ」

「取り戻したいもの……なんだろう?」

「僕に聞かないで少しは自分で考えてよ。自分のことでしょ?」


 拗ねたように唇をアヒル口にしてすぐに聞き返した僕を咎める。言われたことは正論なんだけれど、何だか腑に落ちない気持ちになりながら肘を机に置いて考える。

(取り戻したいもの……)

考えてみるものの、取り戻したいものなんて突然問われてもすぐには出てこない。

今、欲しいものなら目一杯あるのに。

話を作る才能とか、画力とか、認められたいとかその他諸々。けれど少年はあくまでも、前まではあったのに今は無いものを答えろと言う。少年の言う通りなんて聞かないでさっさと休憩室から出るなり休憩が上がるのが早くても仕事に戻るなりすればいい、そんなことも考えつかないで何故か懸命に答えを出すことに躍起になっていた。


「…………、えっと」

「ん?なんか出た?」


 どこから現れたのかわからないが僕が考えている間少年は暇だったのか鳩と戯れていた。忙しそうなので話しかけて良いものか悩んだが、こちらの話を聞く気はあるようで鳩を膝の上に置いて僕に向き直る。


「で、なに?」

「……お父さんとお母さんの」

「うん」

「笑顔」




 考えて出てきたのは、いつも笑いかけてくれていた両親の笑顔だった。漫画やアニメをよく見るふたりで、僕も物心ついたときにはすでに漫画に囲まれアニメを見る子どもだった。

漫画家を志したのは間違いなくふたりの影響だ。

漫画の原稿用紙もトーンもGペンも小学1年生のときに買ってくれたのをよく覚えている、ほしかったものを得ることが出来たのも嬉しかったけれど、ふたりは僕の夢を応援してくれているのがとても、たぶん一番嬉しかった。

だけど、だんだん僕が好きな漫画を描くのを辞めるように言われるようになった。

叶うはずなんてない。

いつまでも夢を見るな。

そう何度も何度も言われるようになったのは、確か中学生の時。

 勉強もそこそこに漫画ばかり描いていたからそのせいだと思うけれど、でも、夢を否定されるのは違うんじゃないかってそのたびに僕も両親の言葉を否定した。

高校生になったところで完全に家から笑顔は消え失せて、中学から高校卒業までずっと否定され続けて疲れて僕は大学も専門も諦めて家から飛び出した。家出すると決めて色々調べていたら大体のサイトで書き置きしてから出たほうが良い、それなら簡単には警察は動かないと書かれていたのでその通りにした。家を出る前日もお父さんは怒っていてお母さんは泣いていた。

怒らせたいわけじゃない、泣かせたいわけでもない。

ただ、僕は……ふたりの笑顔よりも、自分の夢を叶えたかった。だから、親不孝者と誰に言われても、それでも自分からあの家から出ていくことを選んだんだ。後悔はない……はずだった。今はどうだろう、あのとき、諦めて大学に行ったほうが僕は幸せだったんじゃないか、そうすれば親を苦しまずに済んだんじゃないかと考えることが増えた。これを、後悔と呼ぶんだろうか。

(僕は、愚かだったんだ)

 懺悔に似た言葉を吐こうとする前に、パーカーの少年はふうんと興味無さそうな声を上げたあとすぐにこう続けた。

「それもさ、まああんたの本心なんだろうけどさ。完全に無くなったものではないからちょっと違うかな?」

「え?」

「これはあくまでも僕の勘だけどさ。ふたりは心配していただけ、本当に諦めさせたかったわけじゃなくて、ただもっと人生の選択肢を増やしてほしかったんじゃない?」

「人生の、せんたくし……」

「お前の場合は小さい頃からずっとそのまま漫画家になりたいと言っていてそのまま思春期を過ごして他の同級生が具体的に進路を選ぶ中、お前が漫画家になりたいと一貫していてなれるかも分からない、その夢を叶えたとしても安定した収入を得るとはいえないものを目指しているのが不安になって色々口出しするっていうのも親心なんじゃないかな?」

「……分かってるよ」


 分かってる、他のみんなが薬剤のことで学びたいからと6年制の大学に行くとか美容師になりたいから専門学校に行くとか親の家業を継ぎたいから就職するとか、そんな目標は僕には無くて、目的なく大学に行く子よりも不安定な僕よりもましで、人生の確約を何もされていないものになろうとするのは親としては止めたいだろうな、と完全に理解できなくても何となくの想像は出来た。分かってる、そのぐらいは、それでもそれでも僕は……。


「うん、自分だってそれぐらい分かってるけど、それはそれとしてどうしても自分の力を試したかったんだろう?もしも親の言う通りにしたところでどっかで爆発していたかもしれないし、まあお前の選択は完全に誤ったわけでもないと僕は思うし、いいんじゃない?」


 そうだ。親に言われたからと言って簡単に諦められるようなものじゃなかった、教師も僕の進路希望を見て現実をみさないと笑われたり大学に行って視野を広げてからでもいいのではと諭された。それすらも僕には煩わしくて、全部突っぱねた。……もしも、彼らに言われたことを飲み込んでとりあえず進学してもきっと僕はモヤモヤしたままだっただろう。

 自発的に『諦めた』ではなく強制的に『諦めさせられた』という思いばかり残っていつの日か愛したい愛していたはずの両親を心の底から憎んで憎みきって憎悪で胸がいっぱいになったそのとき……どうなっていたのか。あまり考えたくない未来、選択だった。

そう考えると、僕の人生の選択肢は完全に正解とは言えなくとも、一番最悪なことは免れたと言えなくはないのかもしれない。想像の域を出ることは出来ないけれど、少しだけ胸の支えが取れたような気がした。


「両親の笑顔はきみの選択肢次第では取り戻せなくはないものさ、そんなに気になるぐらいなら連絡のひとつでも取ってやりなよ、突然家出して音沙汰のひとつもない一人息子のこと心配してるよ」

「……うん」

「よし。じゃあ話を戻すよ。なーにかな?きみの取り戻したいものは」

「……僕がその答えにたどり着かないと終わらないのかな」

「きみ自身のことだから答えられないはずがないから大丈夫だよ」


 噛み合っているようで噛み合っていない。少年は膝から鳩……ではなくアプリコット色のトイプードルを持ち上げて机に乗せ顔を寄せて愛ではじめる。犬にモフっている姿が少し羨ましい気持ちになりながらさらに考える。

(お父さんお母さんには、とりあえず今度電話をしよう。許してもらえるかわからないけど、謝るんだ)

 目的が全くわからない少年の言うとおりにする必要はないけれど、スッキリしたのも事実。

次の休みにでも連絡を取ろうと計画しながらも、取り戻したいものについて深く考えていく。

(取り戻したいもの……両親以外で今の僕に無いもの……あ)


「夢を応援してくれていたはずの過去の友達」


 思いついたままに声に出した。そのため少年の様子を見ることもないまま答えた、改めて彼の様子を伺えば、なんだかちょっとうんざりした雰囲気を醸し出していて僕は答えを間違えたのかと身構えた。僕自身のことのはずなのに僕以外の人間である少年に正解不正解の判定を委ねるのも変な話だけれども。

(またそういうの?)

彼の様子を見ているとそう言われている気分になったし、実際次の彼の発した言葉は「まーたそういうの?」だった。

 トイプードルから顔を離して両手でもみくちゃに撫で回しながらも、その表情は不服そのものだった。

「まあいいけどさあ……」

「なんか、ごめん」

 謝る理由もないんだけど、何故か謝ってしまった。


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