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現実。


 スマホを片手に休憩室の机に突っ伏した。もう何度目になるのだろうか。

希望を以ていくつも作品を完成させてツイッターやイラストサイトに投稿してみた。けど結果は惨敗。お気に入り数は未だ二桁に届かないときのほうが多くて、現実と理想の差のギャップに打ちのめされていた。

「はあ……」

ため息を吐いて顔を上げると壁に立てかけていたカレンダーが目に入る。

(もうすぐ、6月か)

ということは、もう1年の半分に入るところ、かあ。

6月は嫌だなあ、雨が降ると洗濯物も干すことが出来ないし、湿気が酷いし何よりクーラーのないあの家では熱気が酷いのだ。真夏はそれはそれで地獄だけど、僕としては身体にまとわり付くような蒸した暑さのほうがきついんだ、食べ物もくさるしなあ、と現実逃避をしていたのに、バンッと後ろから衝撃が走り丸まっていた背中を真っ直ぐに正す。


「ほっしーせんぱーい!なんか辛気臭いっすね!」

「っ篠崎、さん」

「さん付けじゃなくていいっすってばー!気軽にしのりんでいいっすよ!ほっしーセンパイのほうが俺よりバイト歴長いじゃないっすかー」

「先輩っていっても、半年とかそのぐらいだし……篠崎さん僕より年上じゃないですか……」


 適当な敬語を使って僕のことを僕の名字を捩ったものと先輩と強調してくる彼の名は篠崎さん。明るい茶髪に似合う快活な笑顔を向けてくれるそれは今の僕の気持ちとは全く真逆で、苦しくなった。

 彼と僕の境遇は少しだけ似ていて親近感がわいた……ふたりでたまに話すと夢の話でとても盛り上がった。でも当たり前だけど彼は僕とはやっぱり違う人間だった。


「いやいや!年下の先輩にも敬語を使えるかどうかで人生左右されるかもしれないじゃないっすか!ほら、結構お笑い芸人の上下関係厳しいじゃないですかー!」

「な、なるほどね……?」

「おれ、誰に対しても敬意を払うのを忘れないように生きたいんで!ほっしーセンパイには申し訳ないすけどその練習に付き合っていただきたまっす!

あっもちろん、個人的にも真面目でクレームにも冷静に対応できるセンパイのこと尊敬してますよ!」


 人懐っこくていささかチャラく見える彼だが、目指すものはお笑い芸人で、将来はテレビで引っ張りだこのお笑い芸人になりたくて、そのために大学にも行かずに事務所に入ってその金を稼ぐためにバイトしながら腕を磨く日々を送る篠崎さん。

 コンビ名は『さるわんこそば』で、今はまだ小さな劇場で漫才をするばかりで、エゴサしてみてもなかなか名前は見つからないし見つかっても『つまらない』という感想ばかりだと以前飲みに言ったときには僕に愚痴りながらも(僕はまだ未成年なのでジンジャーエールを飲むだけだったけれど)目をキラキラさせて明日に向かって生きている彼はとても眩しくて。すぐに腐ってしまう僕とは全く大違いで妬ましく感じた。


(きっと物語の主人公はとは、彼のような人物なのだろう)


 僕のことをこうして持ち上げてくれるけれど、彼の人当たりなのかミスをしても社員さんにもお客さんにも笑って許されるのでそもそもクレームが入らないのだ、僕の場合は声が通らないだとか愛想がないだとか他のバイトのしたことを何故か僕に難癖を付けられることもしばしばだ。

 いつも売れ残りのお弁当とストロングゼロを買っていく常連の作業着を身につけた50代の男性は僕よりも篠崎さんがお気に入りで態度が全く違うのだ。……そんな人に好かれる彼を主人公にしたら面白くなるのではないか、クレーマーハント篠崎さん、などと思いついたけれど、僕なんかでは篠崎さんを面白くも格好良く描くことはできないんだ、と勝手に落ち込んだ。


「ほっしーセンパイ、今日夜あいてます?よかったらおれの愚痴聞いてくれません?あんまり高いところじゃ無理っすけどご飯奢りますよー」

「え、あ、ああ、はい、大丈夫です……いや、篠崎さんも今月厳しいのでのは?」

「せっかく俺の愚痴を聞いてくれるんですから、こんぐらい奢らせてくださいって!

じゃあ詳しいことはまた後で!おトイレのために少し抜けただけなんで!

おれ品出しいってきま~す!」


 くしゃっと笑って僕に手を振って少々慌ただしく休憩室を出ていく篠崎さんを扉が閉まるまで見送って、その姿が見えなくなって息を吐いて、ゴン、と机に額をぶつける。じんじんと痛むけれど自己嫌悪に陥っている僕には丁度いいものだ。


「……くるしい」


 僕に気を遣ってくれているのが分かって、なんだか惨めで。でも篠崎さんは僕のことを傷つけないようにああして自分のためだとおごると色々理由を付けてくれる本当に優しいひとなのが、さらに自分の醜さが際立ってしまい息をするのだって苦しくなる。

(二酸化炭素を吐き出して酸素を取り込むだけで何も生み出せない僕でごめんなさい)

 篠崎さんや両親どころかついには地球に謝りだしたくなる始末のネガティブに陥った。もちろん、ツイッターなどのSNSでのお気に入り数が全く伸びないのも理由の一つではあるのだが……さらに追い打ちをかける出来事がバイト休みだった昨日起こったのだ。


(漫画家大賞に僕なりの自信作を送ったのに、大賞どころか佳作にも引っかかることなくて、さらには大賞作品がこれぞ天才が描いたのだと誰の目からでもそう心の底から思えるようなとんでもないもので、それは現役高校生が制作したものであることを知り今まで自分が培ってきた経験や自信なんて他者から見たらなにも引っかからないものであることに痛感したばかりなんだって、そんなこと……言えない、言えやしない)

 周囲の反対を押し切って大学に行かずにひとりで地元から飛び出して、これから自分は皆の目に止まってもらえるような漫画を描くのだと意気込んで来たのに。そのための努力ならば惜しむこと無くやってやろうと思ってきたのに。1年ちょっとでこんなに心がバキバキに複雑に折れてしまった。


(才能なんて、僕には無かった)


 自信に満ち溢れていた少年がそう心から感じるようになるのには、十分な時間だった。


『みんなに楽しんでもらえる漫画家に、僕はなるんだ!』


 1年とちょっと前までの高校3年生の僕。同級生や両親に自信を持って言えた夢を目を輝かせた僕のことが脳裏に浮かんで……そんな少年を僕はふん、と鼻をならして嘲笑って告げる。


「なれるわけ、ないじゃん」


 散々僕に向かって告げられた言葉を、今の僕が同じことを言って、昔の僕を否定したことには気付かなかった。

 熱くなった顔に、机の冷たさが心地よくて目を閉じてそのひんやりとした硬い感触に身を任せたところまでは記憶にあった。


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