五夜 自己紹介 3
「じゃあ、次に氷見谷さん」
「はい」
可愛らしい声で返事したのは、優しそうな雰囲気を纏った少女だった。冷んやりとした水色のボブ、エメラルドグリーンの綺麗な瞳が特徴的で、モデルやっていそうな顔立ち。
美留町さんとは、違った綺麗さがあった。彼女は、黒い薔薇が似合う凛としたイメージがある。しかしこの人は、色とりどりの花が似合う華やかな雰囲気だ。
「初めまして、氷見谷 茉凜です。私の家系は一般的に雪女一族と言われています。みんなと仲良くできたら嬉しいです!よろしくお願いします」
「うわぁ‥‥、氷見谷さん美人っス!!」
「で‥‥でけえ」
「貴方達下心丸出しですよ」
「っは、美留町さん‥!?別に何も言ってないって〜やだな〜」
「思春期ってやつですね〜♪」
「も、森咲さんまで‥‥」
♫♫♫
「さ、次は心待ちゃんの番よ〜♡」
「ちょ、茉凜さん‥。そんなにくっつかないでください‥‥」
自己紹介が終わった氷見谷さんは、馴れ馴れしく"心待ちゃん"と呼んでいる少女に両手をしっかり掴んで急かしていた。
「あれ、お二人はもしかして知り合いでしたか?とても仲睦まじいので」
源先生の質問に、氷見谷さんは「ええ!」と元気に頷いた。
「心待ちゃんとは幼馴染なんですよ。もう、心待ちゃんったら恥ずかしがっちゃって可愛いわ〜」
「っだから、近いんですよ貴方は。距離感バグってますよね?」
氷見谷さんが何度も"心待ちゃん"と言うくらい、彼女のことを心から慕っているのがよく伝わってきた。
困り顔をしている彼女は黒髪を三つ編みで1つにまとめ、はっきりした目を丸眼鏡で秘めていた物静かそうな少女だった。
勝手な偏見だけれど、茶道を習ってそうなイメージがある。そして、読書とかも好きそう。
「恋仲 心待です。出身校は、茉凜さんと同じ東京都にある吉良中学校、カルタ部に所属していました。趣味は百人一首のカードを暗記することです。皆さんよろしくお願いします。」
そう言ってペコリと一礼をすると、周りからの拍手が降りた。
「百人一首ね〜。この子強いのよ〜。いつも戦ってるのに負けちゃうもの〜。私と言う存在がいるのにカルタに夢中になって‥」
「けれど貴女、構って欲しくて何度も札を凍らせてダメにするじゃないですか。もう、何度カードを買い換えたか‥」
「全く‥」ため息を吐く恋仲さんに、微笑みながら彼女を見る氷見谷さん。
何やかんやあっても離れることなくずっと仲良しなんだな。2人を見てそう思った。
「いや〜珍しいっスね。恋仲さん人間でしょ〜?こんな妖だらけの学校に来るなんて度胸ありますっスね〜。人間でも祓い屋とか妖怪や幽霊に関係してる人しか来ないって思ってた」
「人間‥‥ですか。この私が?」
「え?いやそうでしょ、どっからどー見ても恋仲さん人間じゃん」
「やぁ〜ね、心待ちゃんはね人間であって人間じゃないのよ〜?」
「「え?」」
氷見谷さんの言葉に、紺太郎くんと影京くんは耳を疑った。
「え?そうなの?」
2人と同じ考えを持っていた俺も声を上げてしまった。妖怪特有の特徴とか見当たらないし、てっきり人間同士だと少し期待していた。
やっぱり、俺みたいな普通の人間が此処に入学すること自体がレアなんだな。
「氷見谷さんの言う通り、私は人間であり人間ではありません。何故なら私は‥‥」
そう言って恋仲さんは、着こなしていたシワひとつない制服の上着を丁寧に脱いだ。ブラウスの右袖の小さなボタンを外し、袖を捲って右腕をみんなに見せた。
「!!!!」
俺は、それを見た時思わず二度見してしまった。
何故なら彼女の腕は、透明に透けて後ろの背景まで丸見えの状態だったから。
す、透けてる‥‥‥?!
それは皆も同じ反応だった。殆どの人が目を点にさせて、彼女の腕を凝視した。恋仲さんは、俺達の1人1人の反応を目で見ていた。そして、口を開いてこう言った。
「私は、幽霊と人間のハーフ。つまり俗に言う"奇人"ですよ」
「っえええええええ?!透明人間じゃなくて?!」
「影京さん、私はそこまで透け透けではありません。てか、それだと服から見えてる肌全部透明じゃないですか。顔も見れないでしょ」
「恋仲さんのお父さんが、幽霊でお母さんが人間なんですよね」
「はい、源先生の言う通りです。これって半分私死んでるって事になるんですよね?」
「え、多分‥そうなのかな?けれど、この世の中何があっても不思議じゃない世界になったからね。幽霊も住む事許されているし‥‥。此処に住んでる幽霊は全員政府から許可が取られているからセーフだよ」
「セーフですか」
「うんうん無問題ですよ!」
源先生は右手をグッとの形にして示せば、「良かった」と恋仲さんは安堵した。
♫♫♫
「それでは次に、隠くん!‥‥‥ってあれ?」
「先生〜どうかしましたか〜?」
「隠くんが居ない。確か、恋仲さんの隣に居たはずなんだけど‥‥あれ〜?姿が見当たらないですね‥‥」
そう言って源先生が指さす方向を見ると恋仲さんの隣に確かに人が1人入る分の幅があった。
「もしかして、シャイなんっスよその隠くん、その内ひょこっと出てきたりして‥‥」
「うーん‥‥。僕が彼の両親から聞いたのではそんな素振りは全くないって言ってたんだけどな〜。あ、でも隠家は座敷童子一族だから仕方ないのかも。座敷童子って神出鬼没な所があるし‥‥」
手元にある何枚もの紙を見て呟く源先生。恐らくだが、俺達について記された大切な資料だろう。あの資料に俺についてのステータスも混ざってるのかな。
何て思っていると、俺の目の前で畳が擦れるような音が聞こえた。スタスタっと微かな響きだったけど誰かが歩いた足音に近い。
鈴達にはその音聞こえたかな‥‥?
「ねぇ、鈴。さっき誰かここ歩いた?」
俺がそう問いながら目の前を指さす。けれど鈴は、不思議そうな表情をした。やがてクスクス笑い出してこう言った。
「え〜?椛ったら‥‥。俺達今までみんなの自己紹介聞いてたのに、途中で誰かが出て行く姿何て見てないでしょ〜?」
「椛お前、とうとう幻聴まで聴こえるようになったの」
「ゆ、幸気ちゃんまで‥‥‥」
じゃあ、さっきのは俺の聞き間違えだったのかな〜?
でも、確かに足音がしたんだよな〜。
俺がその事について深く深く考え唸っていると、「うーん‥。隠くん居ないし仕方ない」源先生は資料をじっと見つめた。そしてしばらくし、俺達に視線を戻す。
「僕が代わりに隠くんの自己紹介しますね。彼の本名は隠 純麗くん。隠家15人兄妹の長男、結構な大家族ですね。隠家は、先程も言った通り先祖代々座敷童子一族。実は、隠くんの家系ってそれ以外にもこの学校の守り神みたいな役割を持っているんですよ」
「ま、守り神って‥‥、凄く重大じゃん」
「‥‥一説によると、この学校がここまで永く続いているのは隠家のお陰だと言われている」
すると今まで黙って聞いていた結羅くんが口を開いてどこで知ったのか分からない情報を持ち出して来た。
「そうそう絲目くん凄い!詳しいですね〜!因みに、隠家の親戚も全員座敷童子一族らしいですよ〜」
「あら、意外と物知りなんですね。見直しました」
「そう言う書物は読み漁って来たからな。それくらいの知識は知ってる」
「ん?」
彼等が話している中俺は再び考え込んだ。
これってつまり、暮六高等学校には沢山の座敷童子が居るってことなんだよね?
‥‥‥もしかしたら座敷童子見れたりするってこと!?そしたら、握手やサインしてもらえるじゃん!
えええええ?!何それ何それ何それ!凄すぎませんか!!!いや、凄い凄い!!
「うへへ‥‥座敷童子かぁ〜」
「っげ、あいつまた目が光ってるよ。夜行性か何かかのあいつ」
「あ〜あ。また自分の世界に浸ってる。こうなったら治るのを待つしかないからね、椛は」
俺が自分の世界に浸っては興奮している姿に、鈴達がやや引き気味になっていたのは知るよしもなかった。