騎士王ギル英雄譚
連載版で言うところの、一話です。
故郷の近くにある丘の下で俺、ギルと幼馴染のヘレナは約束した。
「僕とヘレナ」
「どちらかが騎士王になったら」
「「結婚しよう」」
その約束をした後、ヘレナは遠くに引っ越して行った。
五年後に一緒に入団試験を受ける。
その約束を胸にして、二人で新しい道に歩き出したのだ。
村の学校が終わるとギルは毎日の日課に出かける。
木刀を握って、村の近くにある山へ登って行くんだ。
そこにはギルが自分で作った鍛錬場がある。と言っても、木を削って作った木人形が数体あるだけだ。
「はあっ! やあっ!」
型も何も無く、そこで無心で剣を振るう。
剣術なんて習う相手もいないし、それも仕方のないことだった。
だが、毎日のように剣を振るい、農作業の手伝いをしていて体力と筋力だけは付いていた。
時々、木刀がへし折れたりもしたが続けた。
そんな日々が続いていたある日の事だ。
その日も修行に励む。
ギルの耳に唸り声が聞こえた。
あまりの恐ろしさに鳥肌が立ち、木刀を構えながら周囲を見渡した。
そして草むらから巨体が現れる。
それは熊だった。
いや、ただの熊じゃない。
普通の熊よりも二回りは巨大で、毛の色は真っ黒、鋭い爪が地面に深々と突き刺さり、牙が見える口から涎が垂れ、ギルを餌と定めたのか血走った目で見た。
「え……?」
瞬間、ギルを襲ったのは絶望だった。
まだ幼く、十歳のギルにとってそれは死の宣告にも等しい。
ここは山の上だ。叫んで助けを呼んでもここまで来るのに三十分はかかるし、その間にギルは殺されてしまうだろう。
どうする?
どうしたら良い?
ギルは心の中で自問自答を繰り返した。
逃げるか?
そうだよ、こんなに強そうな熊と戦って無事でいられるわけがない!
命あっての夢だ。
だから逃げて、村に戻って助けをーーーー。
その時、ギルの脳裏によぎったのはヘレナだった。
いや、やるんだ。
やらなくちゃ。
やって見せなきゃ。
僕は騎士王になるんだ。
騎士王は逃げない。
敵に背を見せない。
苦しい時も。
悲しい時も。
怖い時も。
必ず乗り越えるんだ。
頼りない木刀を握り直して、ギルは熊と向かい合った。
熊は困惑した。
何なんだ、この小さく矮小な生き物は?と。
自分はこの辺りでは最強だ。
同族も食い殺してきた。
時には強い餌と闘い、傷も負わされた。
そして全てを食らってきた。
だがこの生き物は何だ?
あまりに弱く、あまりに矮小。
ほら。今も軽く撫でてやっただけで吹き飛んでしまった。
何故お前は立ちあがろうとする?
分からない。
ん? 何だ、この音はーーーー?
ギルは木刀を構えながら、全く動こうとしない熊の周囲を円を描く様に回っていた。
斬り込めない。踏み込めない。
大粒の汗を流しながら、ギルは隙を窺っていた。
しかし、このままではこちらの体力が尽きてしまう。
意を決して、ギルは踏み込んだ。
「やあぁあああああ!!!」
剣を大きく振り上げて、熊の背後から襲い掛かる。
気合を込めて叫んだ。
それだけで力が上がる気がした。
気がした、だけだった。
熊はゆっくりとした動きで振り返り、軽く腕を振るった。それだけでギルの身体は吹き飛び木に衝突した。
腹の底から熱いものが込み上げてくる。
溜まらず撒き散らした。
ああ、情けない。
何が騎士王だ。
こんな有様じゃ、なれるわけないじゃないか!
…………チリン。
その時だった。
どこからか鈴の音がなる。
何とか首だけを動かして、音が鳴る方向を見た。
熊の懐に老人がいた。
そして次の瞬間には熊の首が落ちていた。
寒気がした。
何だ、今のは。
斬ったのか?
あの老人が?
どうやって?
分からない。
何も分からない。
でもわかる事がたったひとつだけある。
この人は強い。
剣の腕ならきっと誰も敵わない。
そんな事を考えていると老人は、ギルが吹き飛ばされた時に手から落とした木刀を拾って渡した。
「ほれ。少年。落とし物じゃ」
「え、あ」
「それじゃあの」
「え? ま、待ってください!」
もう去ってしまおうとする老人にギルは咄嗟に引き留めた。
くるっ、と振り返って老人が歩みを止めた。
待て。何を話す?
何を言えば良い?
どうすれば?
「ーーーー僕を、弟子にして下さい」
自然と口から出た言葉がそれだった。
自分でも何を言っているのだろう、と思った。
そんな突然の申し出を老人が受けてくれるはずも無くーーーー。
「ふむ。良いぞ」
「え、えっ!?」
「支度をしろ。ワシは旅に出てるからの。置いて行くぞ」
返事はまさかのオーケーだった。
すぐにギルは用意をして、老人の後を追った。
「ワシはシルバーじゃ」
「ぼ、僕はギリです」
この老人、シルバーとの出会いがギルの運命を大きく変えることとなる。
これはギルが騎士王になるまでの物語だ。
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