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back number : 3 ゴンドの一日

時系列は哲太たちがソガーブの村を出てから23話までの間となっています。

 ゴンドの朝は早い。


 朝6時。住み込みの給仕が自分がやりますと言うのを制して、彼自ら宿の前を掃除する。


 8時。食材の仕入れと自らの鍛錬を兼ねて、森に獣を捕まえに行く。

 若い雄の猪を発見。数分間の格闘の末に仕留める。若い頃なら、もっとでかい猪も難なく倒せたんだがなと思う。

 が、食材としてはあまり成熟していない方が客受けがいい。宿屋の主としての彼は、この結果に満足していた。

 午後1時。部屋係たちがしつらえたベッドの状態を確認しながら、この部屋を去っていった旅人たちとこれから来る旅人たちに思いを馳せる。


 午後3時。町長の元で歓談。新しく入った監視係は香織に比べて働きが悪いという話で盛り上がる。

 その後町長に幻棋(作者注:チェスみたいなゲーム)に誘われるが、多忙を理由に断る。

 帰りに、今日も忙しなく動き回る働き手たちを労うために菓子職人の店に寄り、菓子を買っていく。


 5時。今夜酒場に集う者のための酒を用意しておく。客の出身地によって好みも千差万別。エール、果実酒、蜂蜜酒など密かに冒険者時代のコネクションも活用しつつ多数を用意する。

 決して大きな宿とは言えないが、酒場には旅人や地元の者も含めて毎夜多くの者が集う。ゴンドはこの時間が堪らなく好きだった。


 6時。少しずつ、一夜の宿を求める旅人の姿が目立つようになってきた。ゴンドは、彼らの姿を眺め、ときには語りかけて彼らの旅に想いを馳せるのだった。


 こうしていると、あの日やってきた小さな冒険者たちの事を思い出す。

 彼らに初めて会った時、口には出さなかったものの、ゴンドはなぜここまで辿りつけたのか不思議なほど弱々しい若者たちだろうと思った。異なる世界からやってきたと聞いて、内心納得したほどだ。 

 それが、(エスランが付いているとはいえ)町の外に出ていくことを考えると、不思議な気持ちになる。この世界では、一生を生まれた町や村で過ごす者も珍しくない。


 ゴンドは自室に戻ると、箪笥の中から香織の服に付いていたボタンを取り出した。写真など存在しないこの世界では、別れた者の持っていた物を思い出の品として取っておく風習がある。


 この町にいたわずかの間に、彼らはゴンドの想像を超えて逞しくなっていった。特に、(本人の自覚は薄いが)哲太の精神的な成長は目を見張るものがあった。

 哲太にルザンの道場を勧めたものの、彼が剣士としてものになるかは五分五分だと思っていた。

 線も細いし、別段上背があるわけでもない。何より―――他の三人もだが―――剣を取って戦うには、彼らは心が優し過ぎた。

 だが、彼らは支え合いながら、一歩づつ困難を乗り越えていった。その力こそが、彼らにとっての強さなのだとゴンドは気付いた。


(優しすぎる、か・・・)


 どこかアイツに似ているな、とゴンドは目を細めた。



 ゴンドがまだ若かりしころ、彼はルザンともう一人、エルニデ族のサデロアとともに旅をしていた。

 生まれつき高い魔力を持つエルニデ族は、その力を権力に利用されることを嫌ってひっそりと深い森の中の里で暮らしていたが、サデロアは窮屈な里の暮らしを嫌い、広い世界を見ることを願って里を飛び出してきたのだった。

 冒険者ギルドで出会った若きゴンドたちとは、共に冒険者として名を上げようとする者同士、すぐに意気投合した。

 また、里を飛び出した者はその力を使って自ら傭兵まがいの事をして暮らすことも多かったが、彼女は必要以上の戦いをすることを嫌って、大事な者を守るための戦いに徹するために冒険者になる、そんな優しい面もあった。


 エルニデ族は、生まれた時から里にある特殊な鉱物にその膨大な魔力を少しづつ溜め込んでいく。そして、12歳になった時にその鉱物で作り出した指輪を与えられる。

 だが、それを与えられるのは生涯において一度きり。

 つまり、自分の身か里によほどの危機が迫った時しか使ってはいけないというのが暗黙の了解であった。

 実際は、生涯において一度も使わない者のほうが圧倒的に多い。民族の象徴のような存在だった。


 だが、サデロアはその指輪にあまり執着はないようだった。

 ある時、ゴンドが「そんな凄い力が封じ込められてるんなら、戦いで使わねえのか?」と聞いてみたが、サデロアは「何だか、あまり指輪に頼ってたら里の掟に縛られてるみたいだから。それに、私の魔法があれば魔物なんて片っ端から蹴散らせるよ」と笑った。

 その、少女というには凛々しく、大人の女性というにはあどけない姿は若い二人を惹き付けるのに十分だった。


 ある日、ルザンは地図を見せながら二人に言った。


「なあ、そろそろ俺たちも大きいヤマをやってみねえか?今の俺たちの実力なら、<龍骨の塔>も行けると踏んでるんだが」

「確かに、そろそろギルドの小仕事にも飽きてきたところだしね」


 サデロアもその提案に興味を示した。


「そう言えば、あの塔の最上階には<碧龍石>っていうお宝があるらしいな。それを見つけたら、俺たちの名もグンと上がるだろうぜ」

「碧龍石かあ・・・綺麗なんだろうね」


「冒険者」から「一人の年頃の娘」に変わったような表情で言うサデロアを二人はまじまじと見つめた。


 塔を攻略する前の夜。サデロアが寝静まった後、ルザンはゴンドに声を掛けた。


「明日、俺は誰よりも早く碧龍石を手にする。そして、それをサデロアに・・・」

「ああ?そんなもん、ギルドの連中に見せつけたら後は売っ払っちまったらいいだろ」


 口ではそう言いながらも、ゴンドはルザンが碧龍石を手渡してサデロアに想いを伝えるつもりだと察した。もちろん、自分のサデロアに対する想いもルザンは察しているだろう。

 碧龍石のことを聞いた時のサデロアの表情を見て、内心ゴンドは彼女がずっと冒険者を続けるのは無理だと悟った。いつかは、冒険をやめてありふれた女としての幸せを掴むべきだと。そして、それを守るのは自分でありたい。

 ルザンも、そう思っているのだとしたら・・・


「・・・俺も、お前に先を越されるつもりはねえよ」


 そう言葉少なに言って、ゴンドは眠りについた。


 そして次の日。三人は、若さに任せて正面から塔の扉を開き、その勢いのまま中に突入した。


 ゴンドが飛びかかってくるキャットバットの攻撃を両腕で防ぐと、後ろに回り込んだルザンが剣で魔物の体を一刀両断する。サデロアを巡っては複雑な思いを抱きつつも、やはり二人は気心の知れた仲間なのだった。

 また、アンデッド系など物理攻撃が効きづらい魔物は、サデロアが魔法で一網打尽にした。

 誰が言い出すともなく、自分たちが集まれば怖いものなどない―――そう三人は思った。


 そして、三人は難なく上階へと上る階段にたどり着いた。


「妙だな。いくら何でも静かすぎると思わねえか?」


 ルザンが後ろを行く二人に向けて言った。


「さあな。魔物どもも俺たちに恐れをなしたんじゃあねえか?」

「だが、気配さえしないってのはな・・・」

「いいじゃん、私たちには有利な状況なんだから。それに、もし上に何かが潜んでても私たちなら大丈夫だよ」


 屈託なく言うサデロアの言葉を聞いて、ルザンも不安を振り払った。


「・・・そうだな」


 

 そして、三人は最上階にたどり着いた。


 碧龍石は、あまりにも普通に置かれていた。


「怪しいな。ダミーじゃねえのか?」


 そう言うゴンドに向けて、背後から精査(スキャン)の魔術を掛けていたサデロアが言った。


「大丈夫。まず本物と見て間違いないよ」


 それを聞いたゴンドとルザンが、ほぼ同時に手を伸ばそうとした時だった。

 二人の身体は、素早く伸びてきた何かによって絡み取られた。


「くっ・・・触手か!?」


 天井を見ると、身体から無数の触手を生やした一つ目の魔物が数体、暗闇から姿を現してきた。


「イビルスペクターか・・・俺たちが最上階に来るのを先読みして待ってやがったのか・・・」


 そう言う間にも、ルザンの手はぎりぎりと締め上げられ、ついには剣がこぼれ落ちる。


「バカ野郎、お前は手が塞がれたら何も出来ねえんだからそこで大人しくしてやがれ。もうすぐ、俺たちの()()()()()がやってくれるんだからよ・・・」

「・・・・・・!」


 その言葉を聞いたルザンの耳に、詠唱の声が聞こえてくる。


「業炎の・・・に・・・りし・・・今こそその力を見せよ・・・・・・アニグス・ルト・メウス!」


 間一髪後ろに逃れていたサデロアが詠唱を終えると共に、天井にいたスペクターたちは焼き尽くされて行く。


「お待たせ!無事だった?二人とも」

「ヒュウ、助かったぜ・・・」


 そう言いながらゴンドは、背後に鈍い音を聞いた。

 振り返ると、塔の天井が三人に向かって崩れ落ちて行っている。


「しまった、さっきの魔法の反動で・・・すまねえサデロア、もう一回頼む!」


 だが、そのゴンドの言葉にもサデロアは身体を硬直させているだけだった。


「お前、まさかさっきの攻撃で、魔力が・・・!」


 そう言う間にも、瓦礫は止むことなく降ってくる。

 必死に身を守る中、ゴンドはサデロアが右手の指輪に手をかけるのを見た。


「止せ、サデロア!」


 次の瞬間、辺り一面に閃光が走り、耳をつんざくような爆音が轟いてくる。

 煙が晴れた時、ゴンドとルザンが見たものは、粉々に砕け散った瓦礫と宝、そして立ち尽くすサデリアの姿だった。


「バカ野郎、その指輪は、俺たちなんかじゃなくてもっと大事なものを守るために・・・」

  

 いつか冒険をやめて普通の生活に入り・・・そして守るべきものが出来た時、その指輪は大きな力になる。そうゴンドは考えるようになっていた・・・が。

 

「分からないよ。でも、今はこうするしかないと思った。確かにもしもの時のための力だけど、ゴンドたちを守るためなら・・・使っても惜しくないよ」


 果たして、サデロアはゴンドとルザンのいずれかに秘めた想いを抱いていたのか、それとも純粋な彼女の優しさからくる行動だったのか、それを確かめることもなく、ほどなくしてサデロアとゴンド達は別れた。蛮勇を振りかざしても、結局は愛する者も守れなかったという事実は、若い二人のプライドを打ち砕くのに十分だった。


 二人はサデロアのその後を突き止めなかった。突き止めるつもりもなかった。勝手に里を飛び出したうえ、民族の象徴とも言える指輪を失ったのだ。もう里には帰れないだろう。


 その後、ルザンは前にも増して己の剣技を磨くようになっていった。その思いはゴンドも同様であった。

 やみくもに前に進むだけが強さではない、時には後ろに下がってでも仲間を守るのもまた強さだということを、彼らはこの時学んだのだった。

 そして、哲太たちには―――今はほんの小さな欠片に過ぎないが―――その強さがある、そうゴンドは思っていた。


 

 ゴンドは、机の引き出しからサデロアの髪飾りを出して呟いた。


「もし今もどこかで生きてるなら、あのチビ共を見守ってやってくれ。きっと、いつかお前みたいに強く、優しくなるはずだ・・・」


 机の引き出しを閉めてゴンドは思った。


(明日も早いから早めに寝るつもりだったが・・・)


 酒場の賑わいが落ちついたらまたルザンを呼んで飲むか、哲太たちの冒険でも肴にしながらな・・・

 そう思いながら、ゴンドは再び仕事に戻った。

(おわり)




4話でゴンドが「魔法」という言葉を聞いたとき遠い目をしたのはこんな過去があったからなんじゃないかな…と思って書きました。…はい、後付けです。

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