私の婚約者が可愛すぎてつらい
薄い色の金髪が、夜明けの色みたい。
それが相手を見て思った最初の印象だった。
「セレスト姉様聞いて、私の婚約者が可愛すぎてつらい」
「そうか、良かったね。ところで妹よ、私の婚約者を知らないかな。最近、アカデミーで姿を見ないんだ」
「カルロス様なら、どこかのご令嬢と真実の愛に目覚めたと叫んで、ご実家を飛び出して行ったみたいですわよ」
一つ年下の妹サーシャから惚気話を聞いていた時、私はそんな事実を知らされた。
私の名前はセレスト・ロウェナ。ロウェナ侯爵家の長女だ。
カルロスと言うのは私の婚約者だ。まぁこの場合は『元』になるのだろうが。
正直またかと思った。
何故なら婚約者がいなくなるのは、今までに四回あったからだ。
カルロスの事を含めると、十二歳から十八歳になるまで私には五回、婚約が破談となっている。
理由は分かっている。単純に私が女らしくないからだ。
私の容姿は父に似て中性的で、ドレスなどを着なければ男性に間違われる事も多い。
若い頃の父は『ロウェナの黒薔薇』なんて異名で呼ばれるくらい、女性達から人気があったらしい。
そんな父と似た顔立ちな上に身長もそこそこ高い方なので、元婚約者達には「隣に並ぶのはちょっと……」とよく言われた。
生まれ持っての顔立ちや体格はどうにもならないので、そこは仕方がないのだけど。
「ちなみに真実の愛は建前で、実際にはセレスト姉様が女性にモテるから、嫉妬していたらしいですわよ」
「でもあれラブじゃなくてライクなのに」
「嫉妬にラブもライクも関係ありませんし」
そういうものだろうか。
その辺りは良くは分からないが、それはカルロスにも申し訳ない事をしたなぁ。
サーシャの言う通り、私は女の子達に囲まれる事が多い。
ただあれは本当に、好きな音楽家や作家に対して憧れる感情と同じだと思うよ。
話をしているとよく、
「お姉様、今度はこの衣装を着てください!」
「そこで微笑んで! そう! ポーズはそんな感じ!」
「画家を! ここに画家を! 今すぐ! お母様も見たいと仰っていましたわ!」
なんて言われているし。たぶん中に父のファンもいると思うんだよな……。
キラキラした笑顔を向けてくる女の子達は可愛いし、話をするのも楽しいので私は嬉しいのだけどね。
でもさすがに婚約者が五人もいなくなるなんて問題だと思う。
もうこれ結婚できなくない……?
いっそ妹に跡を継いで貰った方が安泰なのでは……?
そんな事を考えていると、
「そんな姉様に私が良い相手を探してまいりましたの!」
なんてサーシャが言い出した。
「良い相手?」
「はいですの! お相手の御家族からも、お父様とお母様からも了承を得ておりますわ!」
「うちの妹が有能過ぎる……ちなみにどなたかな?」
「飛び級で入学したアカデミーを首席で卒業した直後に、石化の魔法で失敗して十年間石像だった方ですわ!」
聞いてみたところ予想外の答えが返ってきた。
なるほど、飛び級で入学かつ首席で卒業とは優秀な方なのだろう。少々複雑な事情を持っているみたいだけど。十年石化して良く無事だったな……。
それにしても……。
「歳上かぁ……話が合うかなぁ」
そう、問題はそこなのだ。
ただでさえ今までの婚約者達と話が合わなかったのに、年代もずれているとどうなのだろう。
私がそう言うとサーシャは笑顔で、
「大丈夫です、十年石化していたので歳は取っておりませんし。当時の年齢的にはお姉様より下ですわよ! 十五歳です!」
と言った。どうやら三つ年下のようだ。
しかし石化の関係で年齢の計算が良く分からない事になっているけれど、この際もう、相手が十五歳であるという事だけ覚えておこう。
ふむふむ、と話を聞いているとサーシャはぐっと両手で拳を作る。
「そこでここからが一番大事なポイントなのです」
「大事なポイント」
「お相手の好みは、強くて格好良い騎士様みたいな女性だそうですの!」
「その心は?」
「また石像になっても、元に戻るまで守ってくれそうだからだそうです!」
石像はそんなに頻繁になるものではないと思う。
でも話を聞く限り、今までの婚約者達とは少し違う印象を受けた。
……もしかしたら意外と話が合うかもしれない。
そう思った私は、妹が持ってきてくれたこの話を受けてみる事にした。
◇ ◇ ◇
それから数日後、私は件の相手と会う事となった。
相手の情報は「出会ってからのお楽しみ」と何故か伏せられてしまい、疑問に思いながらも向かった先は王城。
この時点でさすがに私だって「あれ?」と思った。
そうして出会ったのが、この国の第二王子アルフォンス様だった。
柔らかな薄い金の髪と橙色の瞳。ややおどおどした雰囲気は感じられるが、穏やかそうな顔立ちをした方だ。
私自身、アルフォンス様にお会いした事はもちろん、お姿を見た事すらない。
十年前に行方不明になったとだけは知っているが、それがまさか石像になっていたからだったとは。
私が驚いていると、
「は、初めまして。アルフォンス……です。お会いできて嬉しいです、セレスト」
アルフォンス様は緊張したご様子だったが、にこりと微笑んでそう挨拶して下さった。
私も粗相のないように気をつけなければ。
そう自分に言い聞かせながら、
「お初にお目にかかります、アルフォンス様。ロウェナ侯爵家のセレストと申します。私こそ、お会いできて光栄です」
と微笑んで挨拶すると、アルフォンス様はホッとした表情になられた。
少し、緊張感を和らげる事が出来ただろうか。
そんな事を考えていると、
「あ、あの、セレスト……。ロウェナ侯爵から伺ったのですが、剣術を嗜まれるとか……」
アルフォンス様からそう尋ねられた。
どうやら事前に父と話をしているらしい。どんな風に伝えられているのかな、と思いながら頷く。
「はい。父から手ほどきを受けております。まだまだだ、とも言われておりますが」
「そんな事はありませんよ。だって、あの、盗賊団を壊滅させたとか……?」
盗賊団……あ、先月の話かな。
うちの領地に、他領から逃げ込んだ盗賊団がいると聞いて、妹と二人で退治しに行ったんだ。
最初は話し合いで解決しようと思ったのだけど、聞く耳を持たなくて。死なない程度に戦って捕まえたんだ。
その辺りの事を話すと、アルフォンス様は「凄いです!」と目を輝かせて下さった。
……何だか久しぶりに、近い年の男性からそう褒められて、ちょっと嬉しい。
「私は魔法の方は得意なんですが、それ以外はからっきしで。その魔法も失敗して、石化してしまう始末で……お恥ずかしいです」
「誰しも失敗はあるでしょう。アルフォンス様だけではありませんよ」
「そう……でしょうか?」
「はい。私だって、失敗は多いです。女性らしさを求められても応えられず、なんと五回も婚約は破談となってしまったんですよ」
場を和ませようと、そう言ってみせるとアルフォンス様は目を丸くなさった。
そして直ぐに、少し怒った表情になって、
「そんな、酷いです! セレストは、とても格好良くて素敵な女性なのに……!」
と言って下さった。
笑って下さるかと思っていたのだが、これは予想外だった。
「……私だったら、そんな事はしないのに」
「アルフォンス様……」
ぐっと、膝の上で拳を握って、アルフォンス様はそう仰る。
ああ、この方は。本当に良い方なのだなぁと思った。
身分で居丈高にもならず、紳士的だ。今まで付き合ってきた婚約者達とは、全然違う方だった。
この方となら、もしかしたら、上手くやれるのではないだろうか。
そう思っていると、アルフォンス様は私の方を見て、
「セレスト、あなたは私の理想そのものです。あなたのような女性に、私は出会った事がありません。どうか、私と……婚約して頂けないでしょうか?」
そう仰った。橙色の目に真剣な色を感じた。
私は居住まいを正し、
「光栄です、アルフォンス様。そのように仰って頂けたのは、アルフォンス様が初めてです。私のような者でよければ、喜んで」
そう答えた。するとアルフォンス様はふわっと、とても可愛らしい笑顔で「ありがとう、セレスト!」と私の手を取って下さった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから私とアルフォンス様は正式に婚約の手続きをした。
有難い事に、国王夫妻やアルフォンス様の御兄弟の皆さまからも「アルフォンスをよろしくね」とのお言葉を頂いている。
拒まれていない事は良かったと安堵した。
婚約者になってから、私はアルフォンス様とよく出かけた。
図書館や博物館、薬草園や騎士団の訓練場等。デートとしては相応しくない場所もあるが、アルフォンス様は楽しんで下さったし、私も楽しい。
無理をせず、肩の力を抜いて過ごせるアルフォンス様との日々は、とても心地良かった。
そうしていると、友人達から「セレスト、何か綺麗になったわね」と言われる事が増えた。
自分ではよく分からないが妹のサーシャや母は「それはね、恋をしているからですよ」と教えてくれた。
恋。私が、恋。
今まで、そんな事を言われた事がなかったから、少し困惑したが――――でも確かに、他の婚約者達と過ごしていた頃と比べると、気持ちが全然違っていた。
一緒にいると楽しいし、お会いすると嬉しい。笑顔を見るとほっとする。
これが恋だと言うのなら、たぶん私は初恋だ。
自覚したら少し照れくさくなって、アルフォンス様に「どうしたのですか」と聞かれてしまった。
なので「私はあなたに恋をしたみたいです」と伝えると、アルフォンス様は真っ赤になって「嬉しいです」と微笑んで下さった。
何だか胸がいっぱいになる。
そうなったらもう、頭の中がアルフォンス様でいっぱいになって。
一人でいると、叫びたくなるくらい気持ちがふわっとしているので、アルフォンス様の好きな強い女性を保つために、時々はサーシャに話を聞いて貰う事にした。
「妹よ聞いてくれ、私の婚約者が可愛すぎてつらい」
「分かりますわ、お姉様。フフ。私、お姉様が幸せそうで嬉しいですの。……ところでこのタイミングであまりお伝えしたくないのですが、カルロス様からお手紙が届いていますわよ」
「えっいらない」
「気持ちは分かりますけれど、目を通しておいた方が良いですわ」
放っておくと面倒ですわよ、と言われて、私はしぶしぶ手紙を受け取る。
何だろうね、この手紙。十枚くらいあるのだけど。
読み始めたけれど、意味のない詩がつらつらと続いているので、途中で放り投げたくなったが、何とか最後まで読み切る。
「添削して要約したんだけど、駆け落ちが失敗して、お相手にも逃げられたので元の関係に戻りたいって書いてあるねぇ。真実の愛はどこへ行った」
「熱しやすく冷めやすいんですわよ、そういうの。まぁ手紙が届いた時点で、大体そんな事だろうと思っていましたけれど。家を飛び出した手前、戻れないんでしょうね」
呆れ顔でサーシャはため息を吐く。
「とりあえず、ご丁寧に住所が書いてあるから、この手紙を持ってカルロスの家に連絡しようか」
「それがいいですわね。お手伝いしますわ! まったく、お姉様はもうアルフォンス様と婚約していると言うのに。恥知らずも良いとこですわ!」
「恥と人生を天秤にかけて、人生を取ったんだろうねぇ。……まぁ、家に戻れるようには、掛け合ってあげようか」
「甘くありませんか?」
「うーん。まぁ、やり直せるなら、やり直せた方が良いよ。別にカルロスの事は恨んではいないから」
何だかんだで、カルロスとの婚約は破談となったから、アルフォンス様に出会えたのだし。
それはそれで良かったなぁと私は思う。だからまぁ、彼も、だいぶ痛い目は見るだろうけれど、そちらはそちらで幸せになったらいい。
……と、この時は思っていたのだけれど。
私が思っているよりも、カルロスは面倒くさい事になっていた。
◇ ◇ ◇
「セレスト! 私を助けてくれ!」
穏やかな天気のある日の事。
我が家にアルフォンス様を招いてお茶会をしていると、カルロスが飛び込んできた。少し瘦せている。
屋敷の前には門番がいたはずだが、どうやって中に入って来たのだろうか、この男は。
何て思いながらカルロスを見れば、あちこちに木の枝や葉がついているし、服は砂や土で汚れている。
……もしかして壁でも、登ったのだろうか。
そんな事を想いながら、私は椅子から立ち上がり、アルフォンス様を守れる位置に立つ。
「何の用だい、カルロス。私は今、大事な人とお茶をしているんだよ」
「それは悪かった! だが君が、出した手紙に返事をくれないから……」
「だが、と言われてもね。私が君に返事する理由がないよ。ご両親から聞いていないのかい?」
カルロスが送って来た手紙は、すでに彼の両親に渡してある。
その際に私はアルフォンス様と婚約した事、カルロスからの復縁希望に応える気は全くない事を伝えた。
幸いにも彼のご両親はしっかりした方で「うちの愚息が申し訳ない」と謝って下さった。
「だが、だが! 私と君の仲だろう!? 助けてくれ!」
「どんな仲だい。婚約を破談した側と、された側だろう。万が一、私が許したとしても、君のご両親は許さないと仰っているぞ」
「だからこそ助けてくれ!」
「いやだよ。お断りだ、カルロス。私に出来る事はないよ。ご両親に誠心誠意謝罪して、やり直しなさい」
いい加減しつこいなと思い、人を呼ぼうとした時。
私の後ろからアルフォンス様が控えめに「どなたですか?」と仰った。
「元婚約者です。五人目の」
「あ、私の前の」
アルフォンス様は「なるほど」と頷くと、椅子から立ち上がった。
それから私の前に出て、カルロスと向かい合う。
「初めまして、カルロス。私はこの国の第二王子のアルフォンスと申します」
「え?」
にこり、と微笑むアルフォンス様に、カルロスは目を丸くした。
アルフォンス様の言葉を直ぐに理解できなかったようで、少し首を傾げた後、
「だ、第二王子!?」
なんて素っ頓狂な声を上げた。
「せ、先日、石化から戻られた、という……?」
「ご存じでしたか。ええ、そうです」
「そ、そんな方がどうして、セレストとお茶を……」
「それは私がセレストの婚約者だからですよ」
「え!?」
カルロスが目を見開いた。それから口をぱくぱくさせて、私を見る。
……いや、石化の件は知っていたけれど、そちらは知らなかったのか。
おかしいな、カルロスの両親には伝えてあったはずだし、そうでなくても貴族なら情報として知っているはずなんだが。
「りょ、両親からは聞いていましたが、婚約を破談されたばかりで焦ったセレストの妄言だとばかり……」
さすがに妄言はないだろう、妄言は。しかも話がだいぶ盛られている。
頭が痛くなっていたら、アルフォンス様が「妄言ですか」と、彼にしてはやけに冷えた声でそう呟いた。
あれ、と思って顔を向けると、アルフォンス様が笑顔を深めている。
……勘違いでなければ殺気のようなものを感じるのだけど。
「先ほどから聞いていれば、あなた、私の婚約者にずいぶんな事を言いますね」
「え、あ……そ、んな、事は」
「ない、と言いますか? フフ。おかしいですね、私の感覚が間違っているのでしょうか?」
にこにこと笑顔のままアルフォンス様は仰る。
おかしいな、普段の可愛らしい様子が鳴りを潜めて、背後に何だか黒いものが見える気がする。
思わず目をごしごしとこすってしまった。
「私にとってセレストは素晴らしい、理想の女性です。強く、美しく、優しく、そして格好良い。そんな人を、女性らしくないなどと罵り、婚約を破談にしたのはあなたでしょう!」
う、ううん、あれは罵る範囲に入っていただろうか……?
私の感覚も少しズレているらしいので、よく分からない。ただアルフォンス様がとても怒って下さっているのが分かった。
いつも可愛いと思っていたが、今日のアルフォンス様は格好良く思えてしまう。何だろう、良いものを見せて貰った。
少しうんざりしていた気持ちが明るくなる。胸の奥に温かいものを感じながら「アルフォンス様」と呼びかけると、
「何ですか、セレスト? この人、魔法で石化させますか?」
とても優しい笑顔で、若干不穏な事を仰った。カルロスが「ひい!」と青褪める。
さすがにそこまでは困るので、私は「いえ」と首を横に振り。
「アルフォンス様が格好良かったので、こちらを向いて頂きたかっただけです」
そう言うと、アルフォンス様は「え…………」と顔が固まった。そして直ぐに、ボンッと音が聞こえるくらい、顔が真っ赤になる。
ああ、こちらは可愛いなぁ。
「そ、その……私、格好良かったですか?」
「はい、とても。私のために怒って下さってありがとうございます」
「い、いえ! あの……その……嬉しいな」
先ほどまでの黒いものはどこへやら。
ほわりとした笑顔を浮かべて、そう仰った。
私の婚約者は、可愛くて、格好良くて、可愛い。
「カルロス」
「ひ!?」
「いや、そんなに怯えないで。私は、君が婚約を破談にしてくれて感謝している。アルフォンス様の婚約者になれたからね」
「…………」
カルロスはぐっと唇をかみ、黙って下を向く。
そんな彼に、だから、と私は続ける。
「私が幸せな分、君にもそうなって欲しい」
「…………え?」
「婚約者としては上手くいかなかったが、君の事はそんなに嫌いじゃないんだよ。不幸になって欲しいとは思わない」
「セレスト……」
「家に帰りなさい、カルロス。そしてご両親にちゃんと謝りなさい。許してもらえなくとも、けじめだけはつけなさい。全部を捨てて好きな人と駆け落ちしようとしたくらいだ。根性はあるだろう?」
私がそう言うと、カルロスはハッと顔を上げる。
一瞬、呆然となる。それからくしゃり、と泣きそうに顔を顰め、
「…………本当に、申し訳なかった」
と私に向かって、深々と頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇
それから、カルロスは家に帰って行った。
聞いた話では、彼はきちんと謝罪をし、こっぴどく叱られた後で、何とか許されたらしい。
アカデミーにも戻ってきて、そこで彼と会話するようにもなったが、今では別人のように誠実になっている。
元々顔は良かったし、アカデミーの成績も良かった。家柄も悪くない。
色々と問題はあったし、醜聞は残ったままだが、今の彼ならば時間はかかってもやり直せるだろう。
良かった、良かったと思いながら、アカデミーを出ようとしていると「セレスト!」と名前を呼ばれた。
顔を向けるとアルフォンス様が手を振って下さっていた。
おや、珍しい所でお会いしたものだ。私が駆け寄ると、アルフォンス様は「こんにちは」とにこりと微笑んで下さった。
「アルフォンス様、どうなさったのですか?」
「そろそろアカデミーの授業が終わる頃かな、と思って。来てしまいました。あ、もちろん、護衛もいますよ。遠くに」
後ろの方を指さした後、アルフォンス様は少しもじもじとした様子で、
「……その。私、アカデミーを卒業してしまっていて。セレストとは、生まれた年が違うので、一緒に通えたわけでもないのですが……」
「はい」
「…………でもセレストと一緒に、帰ってみたかったのです。馬車とか、そういうのじゃなくて。駄目でしょうか?」
と仰った。
これは、破壊力がすごい。私の婚約者は可愛すぎではなかろうか。つらい。
「駄目なんてとんでもない! 嬉しいです、アルフォンス様」
「本当ですか!?」
私が頷くと、アルフォンス様は胸に手をあて、ほっと息を吐いた。
では、と私は手を差し出す。アルフォンス様は少し首を傾げた後で「あ!」と、嬉しそうに握って下さった。
「帰りましょうか。王城までお送りしますね」
「いえ、そこは私が、セレストの家までお送りします。私だって、男ですから」
アルフォンス様はそう言って、もう片方の手で胸を叩いた。
ああ、幸せだなぁ。
「あ、そうだ。セレスト、ちょっとだけ、寄り道しませんか?」
「良いですよ。どちらに?」
「美味しいドーナツ屋さんがあると聞いたのです! 好きな相手と一緒に食べると、良い事が起こるみたいなんですよ!」
「おや、それは面白そうですね」
良い事は、もう十分起きているけれど。むしろ今がその良い事だ。
そんな事を話しながら、思いながら、私はアルフォンス様と手を繋いで歩き出したのだった。