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MONOCHROME  作者: 菅原やくも
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後編

 ガサガサと草をかき分けるような音で、彼はハッとして目を開いた。起き上がろうかどうかと迷っていると、再び近くで物音が聞こえた。彼はゆっくりと、慎重に頭を少し上げ、さっきまで持っていた骨をしっかりと握りしめた。身構えたまま、目だけを動かして周囲をうかがった。そして、どこか狼を思わせる風貌の、獣のような生き物の姿を視界に捉えた。黒っぽい、よく見るとここら辺の植物と同じような濃い暗緑色をしていた。その黄い色をした目は四つもあり、脚は六本あるようにみえた。

 妙な生き物だと思った瞬間、その動物と視線が合った。しかし、どうすることもできず、互いにじっと睨みあう状態が続いた。彼の心拍数は跳ね上がり、額からは汗が流れ落ちた。彼としてはとても長い時間のように感じた。実際は、ほんの少しのあいだだったのかもしれない。いずれにしても、その動物は踵を返すようにしてさっと身をひるがえし、どこかへ行ってしまった。男は大きなため息をついて脱力した。獲物とは思われなかったのだろうか? あるいは、もしかすると獰猛なように見えて、じつは草食系の動物なのかもしれない。彼はそんな風に考えた。とにかく助かった。

 それから周囲に意識を向けた。後ろにはさきほどの茨の原っぱ、目の前には背の低い草が茂っている丘陵地帯という感じの景色が広がっていた。遠くの方は空とおなじような灰色の靄がかかっていて様子はわからなかった。立ち上がって自身の格好を確かめた。服はだいぶ汚れて、すでにボロボロになりはじめていた。ただ、手の出血は止まっていた。彼は再び進みはじめた。

 ふと足元に視線を向けると、草の葉っぱに指先ほどの大きさの虫がいるのに気づいた。バッタみたいなかたちで全体が濃い灰色、青っぽい色の複眼に三本足とどこか気の抜けたような見た目だった。もっと観察しようと近づくと、跳躍して羽を広げて飛び去ってしまった。

 彼は試しに、手にしていた動物の骨で地面を少し掘ってみた。多少の湿り気はあるもの、火山灰のような手ごたえのない、サラサラとした砂だった。その地面に生えている草もぱっと見には単一の種類しかないように感じた。景色と同じように、多様性の感じられないような、そんな感じがした。もしかすると地質的な要因があるのかもしれない。そんなふうに思ったが、それで何かが分かるわけでもなかった。

 喉の渇きを感じて、服のポケットから水の入ったボトルを取り出した。ただ、口に含んだのはほんの少しだけだった。途方に暮れるとは、このことなのだろう。どうしていいのかまったくわからなった。もしかすると、そのうち空腹に倒れて衰弱して、死ぬのかもしれない。そんな考えがよぎった。

「まだ、諦める時じゃないぞ」

 声に出して、彼は自身に言い聞かせた。せめて小さな池でも川でもいいから、水を確保できる場所を見つけよう。後のことは、またそれから考えればいい。そんなことを考えながら進んだ。


 少し小高い丘になっている場所に、人影のようなものがみえた。それを見た瞬間、とうとう幻覚を見始めたのかと思い、彼の思考は混乱した。こんなところに人がいるわけない。何かの見間違いか? それとも人に似た生き物が存在するのだろうか? 彼は近づいていき、人間そっくりな異星人と思わしき人物が三人立っているのを、はっきりと認めた。

 大昔の大衆文化におけるステレオタイプの宇宙人と言えば、顎が細く、ひ弱そうな体格に対して頭でっかち。それで目が大きく、人間より背が低いというものだ。俗にグレイと呼ばれるものだが、彼が今、対峙する異星人はあまり地球人と変わらない体格だった。だが、特徴的相違点を挙げると、その頭はほとんど三角形に近い形状をしていたのだ。逆三角形ではない。一般的な上の方が細くなっていて辺の一つが底辺の三角形だった。より正確にいえば宇宙開発黎明期の月探査船、アポロ号の帰還カプセルみたいな、角の丸い円錐というような感じであった。

 それから異星人の服装や手にしてる道具、あるいは背負っている機械類と思わしきものをみるに、優美な曲線で洗練されたデザインから高度な技術や文明を持っているだろうことは想像に難くなかった。

 男は呆然とした思いで相手を見つめてた。すると突然、目の前に何かのホログラムが投影された。原理は不明だが、異星人たちは、彼によく見てくれとでもいうような素振りを見せていた。なにか惑星や恒星系と思えるものが映っていた。彼はそれをちょっと目にしただけで、深く考えなくても何かということが分かった。距離方向の縮尺比はデフォルメされていたが、紛れもなく太陽系だった。水星、金星、地球、火星 小惑星帯、木星、土星、天王星、海王星と見慣れた惑星が並んでいた。

 異星人らは、しきりに目の前のホログラムとのことを指さしていた。

「これは太陽系だよな?」

 彼はそう言いつつ、言葉が通じるとは思っていなかった。

 すると異星人の一人が、手にした機械らしきもに何か呟いた。直後に、彼にとっては耳馴染みのある言語が聞こえてきた。

「貴方は、ソル系第三惑星住人の方で間違いないですか?」

 機械質でやや不自然なイントネーションだったが、それは充分に通じる言葉だった。

「こ、言葉が分かるのか?」

 異星人はまた機械を通して答えた。「はい。翻訳機です」

「ええと、君たちは」彼は一度深呼吸して、言葉を探した。「その、太陽系や地球、人類のことを知っているのか?」

「私達は把握しています。銀河連邦におけるソル系の監視調査担当をおこなっています」

「監視? 調査?」

「はい。銀河連邦において地球人類と容姿が似ているのと、母星がソル系に近いという理由から選ばれました」

 彼にとっては何のことだかさっぱりだった。銀河連邦とはなんだ? つまり、この銀河系には多くの知的生命体がいるということなのか? それとも、なにか別の意味があるのだろうか?

「貴方は怪我をされていますか? 手当が必要ですか?」

「ああ……それなら、ありがたい」

 三人の異星人は最初こそ驚きをみせた様子でいたが、どうやら対処は手慣れた感じに思われた。彼は処置を受けながら質問した。

「それで君らは、ここでは何をしているんだ?」

「私達は広域現地調査隊です。ソル系第三惑星人、つまり貴方のような地球人が銀河系各地に発生する突発現象について調査中です」

 これは彼にしてみれば、何のことかその説明だけで十分だった。

「事案が意図的な物理現象ということは理解します。その意図の解明は困難です。対象の多くが直後に死亡するために、話を聞くことができません。今回も空間の微弱な揺らぎを観測したのでここへ急行したのです。ついに生存事例に出会いました」

 そのとき、背中に背負っていた機械を操作してしていた別の一人がなにか呟いた。

「じきに母船が来ます。ひとまずこの惑星を離れます」

「君たちは、この惑星の住人とは違うのか?」

「はい。我々は調査中です。母星は別の場所です」

 しばらくすると上空に、音もなく雲を突き抜けて巨大な物体があらわれた。いったいどれほどの大きさか見当もつかなかった。どいう原理なのかは知る由もないが、エンジンのような轟音を出すこともなく飛んでいた。それからその物体の一角から銀色の飛翔体が一つあらわれたかと思うと、彼らのもとに向かってゆっくりと降下してきた。

「輸送ポッドですが来ました。母船に戻ります」

 大きさは大型の貨物コンテナくらいだったが、卵のような有機的なデザインだった。

 室内はアイボリー色で、半円状の黄緑色をしたソファーのようなものが置かれているだけだった。それとよく見れば、ソファーの前に極薄で大判のモニターが一つ浮かんでいた。三人は背負っていた機械類を下ろすと慣れた様子でソファーに座り、くつろいだ様子だった。

「貴方もどうぞ、お座りください」

「ああ」

 それから間もなく、彼ら母船に乗り込んだ。最初に話をした異星人が彼を案内して回った。この母船内のデザインも、地球における実用一辺倒な宇宙船とは一線を画すものだった。一言でいうと、実用性と芸術性がきれいに融合していた。美しくて機能的だった。

「ところで……その、銀河連邦は地球とどういった関係なんだ?」

 その問いに異星人は、なぜ知らないのだとでも言いたげな表情を見せた。

「ソル系第三惑星政府と銀河連邦は相互条約を結んでいます。現在のところは第三惑星政府側からの要望によりソル系に不可侵不干渉の取り決めです」

「そんなことがあったのか?」

「ご存じないのですか?」今度はあからさまに不思議そうな顔をしていた。

「そりゃ、知るわけない。所詮、政治はブラックボックスの中さ」

「その表現は理解困難です。ええと、市民は情報が伝達されていないということでしょうか? 私達の知っている状況と異なります」

「まあ、政府はいつだって秘密主義だからな」

「なぜですか?」

「いや、内容によるんだろう、たぶん。どのみち俺が理由を知るわけない」

「事実なら、連邦議会において再考の余地があると思われます」

「まあ、政治的なことはそちらで対処してくれ」

「それと私達は把握したいのです。どのような理由で貴方は先ほどの惑星にいたのですか?」

「ああ、それは追放刑だよ」彼はそっけなく答えた。

「追放刑とは何ですか?」

「地球で大犯罪、最近じゃあ政府に文句を言う奴も含めて。地球上では死刑禁止という建前、他所に放り出してしまうということだな」

 それを聞いて、異星人はひどく戸惑っていた。

「それは……つまり、何らかの罰でしょうか?」

「そうだ。刑罰だからな」

「私には理解できません。貴方の住む地球社会については多くのことを知っています。それで、罪は赦すものと聞いています。それならなぜ罰するのです? そもそも、罪が冒してはいけないものなら、はじめから教育によって諭せばいいのではありませんか?」

「それは……」予想外の質問に、今度は男の方が戸惑う番だった。「まあ、できない人も、時にはいるんだよ」

「ならば、教育が不十分という結果を、単に罰に転嫁してしているだけですか? 原因を排除せず結果をすり替えるような行為は、それも罪といえるのではないのでしょうか?」

「ま、突発的な事故だってある」

「その場合、必要なのは罰ではなく、救済と慈愛だと思われます」

「そんなこと言われても……中には、わざわざ罪を犯そうという人もいるんだ」

「なるほど、教育どころか治療が必要な場合があるのですね」

 相手は淡々と反論していたが、意地悪をしているというよりは、実直に意見を述べているだけの感じであった。男は肩すくめて首を振った。

「これ以上、この手の話は勘弁してくれ。あとは地球の社会学者か心理学者にでも聞いてくれ。俺ひとりで解決できることじゃない。俺だって政府に意見しただけで有罪になったんだから」

「つまりそれは、指導者たちの考え方が狂っているということですか? いつから地球政府はおかしくなってしまったのですか?」

「待ってくれ。いろいろ聞かれても、すぐに答えられないし、全部に答えられるわけでもないよ」

 それから異星人は少しハッとした様子になった。

「お疲れのところ失礼しました。質問は少し後にしましょう。いずれにしましても貴重な情報です」

 男は、どうやら自分の知っていること、異星人の地球社会に対する理解にギャップがあるようだと思った。

「それはそうと、これから俺はどうなるんだ?」

 相手は何か少し考えた様子で、しばらく間があった。

「現在はまだ、詳細未定です。銀河連邦の評議会へ出席と思われます」

「それで、なにをするんだ?」

「話をすることになると思います。貴方の経歴、ソル第三惑星の社会状況、他の惑星へ送られた理由、おそらくはこの程度でしょう」

「分かった。もちろん協力する。それで、俺は地球に帰れるのか?」

「当然です。最終的には私達がソル第三惑星へ送り届けることになります」

「本当か?」

「はい。責任をもってお送りすることになるでしょう」

 そうして母船は、銀河連邦の支部がある宇宙施設へと向かった。


 会議の方法は巧妙かつ大胆、精緻でありながらシンプルでスマートだった。大規模ネットワークへ意識を直結し、各員が精巧なホログラム投影で仮想上の議場に現れていた。各々は途方もない遠隔地にいるはずで、光速で通信していたとしても、光速が有限であるからには、タイムラグが起きるはずだった。しかし、どういう仕組みか分からないが、とにかく全てがリアルタイムで進行していた。そのなかで彼は、研究者らしく質疑に対して簡潔丁寧な回答と説明を行なった。彼自身にとって専門外のことは明言を避け、あくまで個人的見解を付け加えるにとどめた。

 かくして、長時間にわたる銀河連邦での決議の結果は、地球政府に対して体制の改善要求にとどまった。もっとも、弾劾の一種であることには変わりなかった。どうやら世界政府は銀河連邦と多くの協定を交わしているが、その多くが反故にされていた様子であった。しかも地球市民に銀河連邦からの情報が伝えられていないことは、重大な協定違反と考えられた。もちろん連邦内には、過激な意見もあった。内政干渉を承知で地球政府を解体し、臨時政府による銀河連邦委任統治領にすべきだとの声も聞かれた。今回は見送られたものの、後の地球政府の体制がどのように推移するかにかかっているようにも思われた。

 会議の後、彼は思った。追放刑にされたのは、たんに意見書を出したからではない。おそらくは地球外生命体の存在、ひいては銀河連邦の存在に勘づかれる前に抹殺してしまおうと政府は考えたに違いないと……。


 地球帰還に向けてあわただしく準備期間が過ぎていった。地球でどれほどの時間が過ぎているか分からないが、いよいよ太陽系へ向けて出発のときが訪れようとしていた。

「ほんとうに、武力部隊が必要なのでしょうか?」

「俺の知っている範囲でのことだが、世界政府は系内の各所に宇宙軍の部隊を配置している。やはり丸腰で乗り込むのはどうだろうかと思うよ」

「やっぱり、」どこか砕けた口調の声が聞こえた。「噂は本当だった。ソル第三惑星は戦闘民族と野蛮民の土地なんだ」

「持ち場の仕事に集中してください」

「了解」

「不適切な発言を失礼しました」

「いや、あの程度なら構わないよ。おおよその事実みたいなものだ」彼は苦笑した。「とにかく、これは歴史的な背景もあるんだ。地球において常に外交と武力は関係性が高かった。だから対等に話し合いをするには同等の武力を配置していた方がいい」

「ですが、万が一衝突の事態発生時は、大きな被害が出るかと予想されます」

「そんなことは、起きないと願っているよ」

「我々銀河連邦にも、貴方の言う軍隊というものに相当する存在があります。もっとも強力な部隊を動員すれば、ソル第三惑星……いえ、ソル系程度なら恒星系そのものを破壊することが可能です。ですが、それは望まないでしょう? 我々も望んでいません」

「それは……そうだ」

 これまでの雰囲気だと、常に話し合いや協調といったことを最重要視しているようにみえた銀河連邦がそんなものを持っているとは、彼は意外なふうに感じた。そして到底、地球の世界政府はかないそうにないなと思った。

「私たちはこれまで隠密に行動をしていました。今回もそのような方が良いでしょうか?」

「いや、派手に行った方がいい。ゆっくりと進んで使節団という存在を大胆に示すんだ」

「武力を誇示しながら、敵意は無いと、そのように伝えるのですか?」

「ああ、そうだ」

 彼は何気なく答えたが、また質問が返ってきた。

「それは、矛盾ではありませんか?」

 思わず笑いそうになるのをそっと堪えた。

「なるほどね。まあ、君たちには理解が難しいかもしれないが、こんなものだよ。地球ってのは。まあ、ゆっくり進んでいれば大丈夫だろう。後は任せるよ」

「では、貴方のアドバイスを参考にいたします。それではソル第三惑星へ向かうことにします」


 彼は表情に出そうになった笑みを、そっとかみ殺した。きっと地球の世界政府は、いや、それだけじゃない。市民たちも巻き込んで大騒ぎになるだろう。なんせ宇宙で我々は、孤独だと言われてきたのだから。この銀河だけでも多くの種族がいると分かったら、どんな反応が起こるのだろうか? 世界政府は体制の改編どころでは済まないかもしれない。大混乱、あるいは暴動が起きる場所もあるだろう。そして、そこから人類は新たな組織や政治体制を作ることができるのだろうか? そればかりは分からない。もしかしたら、結局のところ銀河連邦の助けが必要になるかもしれない。もしもそうなれば、地球は銀河連邦の委任統治領だ。

 いずれにせよ、それらは彼の仕事ではなかった。

 地球へ帰る……今の彼にとっては、それが果たせるだけで充分であった。

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