1 信長登場
「熊!熊はどこだっ!」
織田信長が熊を探して館中を歩き回っていた
ここで熊というのは動物の熊ではない
最近雇った農民の小倅である
寒くなると熊の毛皮を全身に纏う奇行を行うことから信長が熊と名付けたのだ
世の中で信長は『大うつけ(大馬鹿者)』と呼ばれていた
だが熊は信長の奇行がマトモに見えるほどの『うつけ』であった
熊を見て皆は思った
『うつけ』には『うつけ』が集まる
本当のことだから仕方がない
この時代、熊や鹿、山鳥などの肉は食べられないのだ
仏教で禁忌とされているからである
ところが熊はそんなことをものともせず山に入り動物を狩り肉を食べる
「寒い時の鍋は最高だな!」
一人で鍋をつついていた
なぜ熊が一人で鍋をつついているかというと家族との仲が悪いからである
いやそれだけではない村人とも仲が悪かった
そりゃそうである
毎朝変な踊りをする
木の棒を投げて鳥を狩る
狩った野生の熊の毛皮を着込む
変な道具を使っている
田んぼで鯉の稚魚を飼う
鳥や獣を食べる
人の噂にならない日はないほどであった
おかげで信長様の奇行が普通に見え、いつしか『大うつけ』と呼ばれなくなったのは別の話である
話を元に戻す
「お屋形様、何事でございまする?」
小姓の森成利が主君の声に反応して駆けつけた
「お蘭!熊は何処だっ!」
信長はかなり怒っていた
熊に相談しようとしたらいなかったのだ
権力者としては当然のことだった
・・・もっとも熊にとってはたまったのではなかったりする
「権三(熊の本当の名前)なら一刻ほど前、肥桶を運んでおりましたが?」
自称農民を語る熊は隙あらば農作業をしようとしている
信長から貰った近くの村の土地をせっせと耕すことに命をかけていた
そのため肥桶運びはいつものことだった
熊曰く
「いいもの食っているので(農作物が)良く育つ」
もはや排泄物を得るために信長に雇われているとしか思えなかった
「お蘭、馬を持てっ!」
熊の家がある村まで歩いて1時間
馬ならば10分ほどである
楽々で熊の家に押し掛けることができた
かくして信長様が熊を追いかけるという奇妙な風景ができあがった
「大たわけ、待っていろっ!」
信長様の叫び声が響き渡った