鎮国将軍任命編
「織田上総介三郎平朝臣信長、正二位とする」
天皇の側近からの言葉に信長は思わず「は?!」と言ってしまいそうになった
だが無理矢理口を閉じで声を出さないようにした
その様子を御簾の中から見た正親町天皇は笑っていた
思い通りビックリさせることができたからだ
当初の予定だと征夷大将軍を任じられることになっていた
ところがまさかの正二位だけ
すでに根回しが完了していて公家も武士のほとんどが征夷大将軍に任命されることを知っていた
ところが実際には任命されなったので驚きが広がった
前例主義の朝庭ではありえないことだったからである
「鎮国大将軍を命ずる」
ようやく任命された
だが名前が違っていた
鎮国?
なにそれ?
信長だけでなく参列している公家、武士も困惑した
その場を支配していたのは正親町天皇だった
天皇は満足した
最近出番がなかったからだ
天皇や公家は貧乏である
名誉はあるが金はない
おかげでどうやっても表舞台に立てなかった
ところが最近、羽振りが良くなってきた
すべて目の前の自称『上総介』のおかげだ
直轄領も増えて目に見えて生活が良くなった
大いに感謝している
その上総介の任命式
せいぜい目立せてやろう
正直正親町天皇は久々の出番に浮かれていた
「そういえば鎮国大将軍は面白い生き物を飼っているようだね」
天皇は文字通り上から目線で信長に話しかけた
「は?!」
信長は思わず返事をしているのかしていないのか判らない返事をした
武士が公の場で天皇から親しく声をかけられるなんてのは古今東西なかったことだ
正直返事ができただけで凄いことだと言えた
「熊だったかの」
信長は驚いた
天皇が一農民を知っていることに、である
天皇の近くに控えている右左大臣以下の公家達と
ちょっと離れている昇殿はできるもののそれなりに階位が低い武士達
も驚いた
ほとんど全員が良い意味でも悪い意味でも熊の被害を受けていたからである
「敵の敵は味方~」
などと言いながら段々と敵が増えていく恐怖
確実に自軍の倍はあろうかという兵に囲まれた時の気持ちはやられた人間にしか判らない
おまけに和睦を申しだしても絶対に受けないという理不尽
家族と家臣のために信長に泣きつくという醜態をさらしたトラウマはしっかりと心に刻まれていた
良い意味の方はいつの間にか庭に入りこみ
「新年のため」
と言いながら餅つきをしている場面を見た公家だろうか
「できたての餅は上手いな」
と餅を食べている正親町天皇がいた
上機嫌の天皇を前にして
入りこんで餅つきをした農民
を叱れば良いのか褒めればよいのかと悩みまくった大臣達の苦悩は記憶に新しい
そんな熊の飼い主が信長であることを再認識した面々は思った
熊の相手をするんだから大将軍くらいはくれてやっても良い
・・・大将軍の地位が暴落した瞬間だった
そんな周りからの同情の視線を感じて信長は内心で熊を罵った
この大たわけ!




