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八位目 デート


幽霊の私服が届いた水曜日から3日。とうとう、この日がやって来てしまった。


「枯葉さん、私は準備出来ましたよ」


今日は土曜日。初めて幽霊が可視化して俺と出掛ける日だ。

目的地は事前に幽霊と相談することで決めて有るが、やはり多少は緊張する。


「俺も準備出来た。それじゃあ、行くか」


俺達は家から最寄りのバス停へと行き、バスに乗り込むと駅前を目指した。

バスに乗らなければ都会に出ていけないのも困りものだ。


「へ~これがバスですか。真白さんの記憶のお陰でどんな物かは

 知っていましたが実際に乗るのは初めてです!」


どうやら、俺からすると不便なバスも幽霊にとっては好奇心を満たしてくれる

面白い物らしい。目を輝かせながら子供の様に窓の外を眺める幽霊を

見ていると気分が和んだ。


「あ、次、私達が降りるバス停ですよ! 枯葉さん、ボタン私が

 押して良いですか?」


「別に良いが、どちらにしろ終点だから停まるぞ?」


「それでも、良いんですよ。押せれば!」


幽霊が停車ボタンを押すとピンポーンという効果音とともに『次、停まります』

というアナウンスがバス全体に流れた。


『お兄さん、可愛い彼女さん連れてるね。彼女さんはバス初めて?

 へえ、そうなんだ。それは良かった。ボタンを押すのは楽しかったかい?』


とは、運賃を払っている俺と幽霊に話し掛けてきたバスの運転手の談である。


「私達ってやっぱり恋人同士に見えるみたいですね!」


「らしいな。ほら、次は電車だ。行くぞ」


「むう。もうちょっと構ってくれたっていいじゃないですか~!」


面倒臭い幽霊をシカトし、俺達が向かったのはバス停から徒歩五分の

電車の駅だ。丁度、タイミング良く新快速が来てくれたので

それに乗り込むことが出来た。

 

「はあ......長時間、足で立ってるのは疲れますね」


「まだ、家を出てから一時間も経ってないんだが?」


「何時も浮いてるので、足で立つことに慣れてないんですよ。浮いていいですか?」


「駄目に決まってるだろ。次の駅で大勢が降りて、椅子に座れると思うから我慢しろ」


「ちぇっ、分かりましたよ......」


普通、こんな会話を電車の中でしていたら周囲から奇異の目で見られそうなものだが

周りが騒がしいお陰で俺達の会話は殆ど聞かれていない。どうやら、今日は野球の

試合か何かがあるらしい。部活のTシャツを着た高校生が車内を騒がしくして

俺達の会話を消し去ってくれている大元だ。


「電車に乗るのも久し振りだな」


「そうなんですか?」


「ああ、昔はよく本を買いに都会に出掛けて行ったりしてたんだが

 今は本くらいボタン一つで手に入るからな。そのお前の服みたいに」


田舎ではないが、大都会でもないこの街で純白のワンピースは少々

目立つかもしれないが幽霊はそれをカバーするほどにワンピースを着こなしている。


「枯葉さんって、お洒落に無頓着そうですよね~」


「実用性とコスパ重視だからな。ファッションなんて考えたこともない。

 それに、俺が地味だった方がお前のワンピースが映えるんじゃないか?」


「まあ、そうなんですけど......」


幽霊は文句ありげに言う。


「そもそもだな。俺は仕送りだけで生活してるんだぞ? アルバイトでも

 しているのなら話は別だが、そうでもない俺にお洒落をする余裕なんて物は無い。

 言っておくが、お前のワンピースを買うのは本当に断腸の思いだったんだからな」


「そ、それは......すみません。絶対に大事にしますから」


「そうしてくれると助かる」


そんな他愛も無い話を十数分していると、目的の駅に着いたことを知らせる

アナウンスが車内に響いた。俺達は電車から降りると駅から出て近くの

店を転々とし始めた。


「枯葉さん、枯葉さん! あの丸いのってもしかして......」


幽霊が指指す方向を見ると、其処には丸い球体を棒で回転させたり

型に液体を流し込んだりしている店があった。


「ああ、たこ焼きだな」


そう、あれぞたこ焼き。天かすや紅しょうがなどを入れた生地の中に

タコを入れて、球体状に焼き上げる大阪のソウルフードだ。今では全国に

たこ焼きを取り扱う店があり、その安さや美味しさから日本人のみならず

外国人観光客からの人気までをも魅了している。


「へえ......」


幽霊はクルクルとたこ焼き機の上で回転させられるたこ焼きに

目を奪われている。


「食うか?」


流石に、都会に遊びに行くのだから少しばかりの遊び賃は用意してきた。

たこ焼きくらいなら買ってやれるだろう。


「良いんですか!?」


「ああ。好きなの選べ」


「枯葉さん......愛してます!」


現金な奴だ。


「すいません、たこ焼きの六個入り一つ下さい」


「へい! 何味にしますか?」


俺は幽霊に目線で選べ、と伝えた。


「じゃ、じゃあ......塩味で」


「は~い、塩味入りました! どうぞ~!」


自棄に元気の良い、たこ焼き屋の店員に代金を払うと満足そうな

幽霊と共に落ち着いて食べれそうな場所へと移動した。


「たこ焼きで塩味を選ぶとは通だな」


「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。じゃあ、頂きます!

 って、あふっ......かえははん、めひゃくひゃあふいれす!」


「熱いのは分かったから取り敢えず、口を閉じろ」


「むぐ......モグモグ、ゴクン。凄い熱かったけど滅茶苦茶美味しかったです!」


舌を火傷したらしく、舌をペロッと出しながら幽霊ま言った。


「まだあるから、ゆっくり食えよ」


「は~い......って、私なんだか子供扱いされてません?」


「そんな感じの気分で扱ってたことは認める」


初めて食べるたこ焼に目を輝かせて、勢い良く頬張り火傷する様を

子供と言わずなんといえば良いのか。


「むう......」


不満そうに頬を膨らましながら、幽霊は俺の背中にピトッと掌を

くっ付けてきた。


「ん? って、お前!?」


「私を子供扱いした罰です。お腹が空いたので精気を貰います」


体に長距離走を走った後のような、脱力感が押し寄せてきた。

10分程は此処を動けそうに無い。


「チッ......お前、不意打ちでやるなよ」


「ふーん、だ。流石に外で眠らせちゃう訳にはいかないので

 少ししか吸わないであげたんですから感謝してください」


「吸わせて貰ってる分際で何で偉そうなのお前」


「モグモグ、モグモグ......」


俺の文句を無視して、幽霊は再度たこ焼きを頬張り始めた。

滅茶苦茶引っ張ったいてやりたい。 


「・・・・」


「・・・・」


何とも居心地の悪い静寂が俺と幽霊を包み込む。幽霊はひたすらたこ焼きを

食し、俺は話すこともなく幽霊がたこ焼きを食べる光景を眺めるしか無かった。


「枯葉さん」


「ど、どした?」


突然、静寂を破り俺の名前を呼んだ幽霊に応えると幽霊は無言で爪楊枝で

たこ焼きを刺し、俺の前に差し出してきた。


「あーん」


「は?」


「あーん」


「いや、やらねえよ?」


「あーん」


何を答えても、幽霊の返答はそれだけで行動はひたすら最後の一個の

たこ焼きを俺の口元に近付けるばかりだった。俺は幽霊の言葉に根負けし

溜め息を吐きながら、そのたこ焼きを口に運んだ。


「......冷めてる」


先程幽霊が苦しんでいた熱さは何処へやら、そのたこ焼きは冷めて温くなっていた。


「文句を言わないで下さい。枯葉さんが早く食べないからですよ」


「いや、お前が妙な真似をするからだろ」


「『あーん』をしてもらって、妙な真似とはなんですか!」


「お前が勝手にやったんだろうが......」


憤慨する幽霊を宥めながら、先程のたこ焼きの味の余韻を俺は楽しんだ。

温かったのに、何故だろうか。あれほど美味しいたこ焼きを食べたのは

初めてかもしれない。

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