七位目 純白の幽霊
「枯葉さん、見てください! お洋服が届きましたよ!」
目をこれでもかというほど、輝かせながら幽霊は言った。幽霊の目の前には
大きな箱が置かれている。昨日、俺が配達員から受け取っていた物だ。
「良かったな」
「はい! ありがとうございます!」
そうまで喜んでくれるのなら決して多くない生活費を切り崩してまで
買った甲斐があったというものだ。
「取り敢えず着てみろよ。まだ学校までに時間有るし」
そう、時は水曜日の朝。俺は一般的な高校生なので平日には登校しなければ
ならないのだ。しかし、肝心の登校までには余裕がある。朝食は終わったので
彼女の新しい服を着た姿を見てやるくらいは出来る筈だ。
「勿論です! じゃあ、洗面所で着替えてくるので絶対に覗かないで下さいね?」
「ああ、分かってる」
「絶対に覗かないで下さいね?」
「はいはい」
「絶対に」
「早く着替えろ。登校するぞ」
俺が溜め息を吐きながらそう言うと、幽霊は笑いながら洗面所に服を持って
走って行った。一体、どんな仕上がりになるのだろうか。割りと彼女なら
何でも着こなしてしまいそうな気がするが。その時、俺のスマホに一通の
メールが届いた。
「枯葉さ~ん、着替え終わりましたよ!」
「ん、ちょっと今メール開くから待って......く、れ?」
スマホから少し目線を上にあげると、其処には着替えを終えて
生まれ変わった幽霊が居た。そのあまりの破壊力に、俺はスマホを
手から落として見とれてしまう。
「ど、どうですか? 似合ってますか?」
幽霊が私服として選んだのは華やかな白色のワンピースだった。
所々に金色の線で模様が入っており、アニメの中から飛び出してきた
貴族の令嬢のようだ。
「......まあ、その服はユニ●ロじゃない店で買ったんだから
似合って貰わないと困るからな。安心した」
「ん~? って、つまり似合ってるってことじゃないですか!
本当ですか!?」
俺の言葉に食いついてきた幽霊が動くとワンピースのスカートの部分が
ユラユラと揺れる。それがとても可愛らしくて俺は幽霊と目を
合わせることが出来なかった。
「まあ......うん。似合ってるというか、似合いすぎてるというか
レッドカード退場というか......」
「あ~安心した~。似合ってるかどうか心配だったんですよ。
私って鏡に映らないから自分の容姿も確認できないんですよね~」
「初耳だな。それって写真もなのか?」
「はい。写真も動画も駄目です。絵が上手い人に似顔絵を書いて貰う
他に私が自分の容姿を確認する術は無いんですよ」
この前までは、浮遊出来たり寝なくて良かったりで羨ましく思っていたが
やはり幽霊には幽霊の苦労があるらしい。
「因みにその場合服も見えなくなるのか?」
「服とか、物は基本的に消えませんね。あ、でも私の力に物を見えなくする能力が
有りまして、透明化するときはそれを使って消えてます。逆にその力を使わない
場合はポルターガイストみたいになります」
「よく出来てるんだな......っと俺はそろそろ学校に行くから付いてくるなら
早くしろよ。まあ、今日は早く帰るつもりだし付いてこなくても良いが」
「え、放課後にワンピースでデートは!?」
「行かない。今度の土曜日で良いだろ」
そもそも、そんな約束をした覚えが無い。
「......むう。分かりましたよ。絶対に土曜日はデートですからね」
幽霊は頬を膨らませながら不満そうに言った。
「デートじゃなくて、ただ単に買い物行って飯食ってスイーツ食べるだけだ」
「いや、それ思いっきりデートですからね」
そんなツッコミを入れてくる幽霊をシカトしながら俺は荷物を纏めて
学校へと出発した。
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「よ、神納木!」
自分の席に座り、次の授業の準備をしていると月島がそんな風に話し掛けてきた。
無駄に良い笑顔だ。
「おはよう、月島」
俺は一応礼儀として挨拶をすると先程までしていた次の授業の準備に戻った。
どうせまた、下らない話をしてくるに違いない。此方に会話をする意思が
無いことを前もって告げておこう。
「なあなあ、知ってるかよ? 谷口と加藤。二人で同居してるらしいぜ」
しかし、そんな態度も月島には無意味だったらしく気付くと
会話する流れになっていた。
「へえ。微笑ましいな」
「いや、反応薄いなオイ......そういえば神納木は独り暮らしだったな。
やっぱり恋人が出来たら二人で住む予定なのか?」
腹の立つ笑みを浮かべながら、月島は聞いてきた。
「不必要な予定は立てない」
「つまり、自分に恋人なんて出来る筈が無いと?」
「そういうことだ」
正直な言うと、俺の長所なんて有って無いようなものだ。短所も少ない方では無いし
一般的な人間の劣化コピーのような俺に恋人など出来る筈が無い。......と、今まで
思っていたのだがどうやらそうでは無かったらしい。何やら真白は俺のことを
好いていてくれたらしいし、その断片的な記憶を有した幽霊も俺のことが気になると
言ってくれている。まあ、そのことを月島に話す気は更々無いのだが。
「神納木、地味だけど悪い奴では無いと思うんだけどな~。
やっぱり、モテる以前に友達が居ないのは影が薄いのが原因か?」
「余計なお世話だ」
心底迷惑そうに俺は言う。確かに俺の影の薄さは認めるがそれを
他人に言われるのは決して、嬉しいことではない。
「あ~俺も彼女欲しいな~。料理が上手で可愛くて性格が良ければ
後は何も望まないから。後、出来ればロングヘアーが良い」
「望みすぎだろ......料理上手を除けば心当たりが無いことも無いが」
しかし、幽霊だ。
「はあっ!? 神内木の知り合いでか!?」
月島は野獣のように俺の話に食い付いてきた。愛に飢えた月島には
失言だったか。ついうっかり言ってしまった。
「ああ......まあな」
「ええ、マジかよ。可愛いのか?」
俺はその質問を受けて、俺の横で浮いている幽霊の顔を見た。スタイルも
そこそこ良く、顔も整っている。美少女といっても差し支え無いだろう。
「おい、神納木? 突然、宙を見つめてどうした?」
幽霊の姿が見えていない月島が俺のとった行動に不信感を抱いたらしく
心配するように聞いてきた。
「いや、何でも無い。コイツ......じゃなくてアイツの容姿は
結構......可愛い方だと思うぞ」
『え、本当ですか!?』
「お前は入ってくんな」
「え?」
しまった。やはり、自分には見えているし聞こえているのに
周りには見えもしないし、聞こえもしないというのは慣れない。
「すまん。気にしないでくれ」
「是非ともその可愛い子を紹介して貰いたい所なんだが......お前最近、様子が
可笑しいぞ? 何か昼飯食ってるときもずっとぶつぶつ言ってるし。
急に変なこと言ったりするし」
『あ~あ。枯葉さん、完全にヤバい人扱いされてるじゃないですか」
お前のせいだろう、そんな言葉が出そうになったが何とか押し止めた。
別に月島からの好感度が落ちたところで痛くも痒くも無いが、やはり
異常者扱いされるのは嫌だ。
「そ、そうか?」
「ああ。この前の降霊術が原因で悪霊にでも取り憑かれたんじゃないか?
いや、割りとマジで」
月島の考えは全て正解だ。俺は確かにあの降霊術のせいで悪霊に
取り憑かれた。
「だとしたら、お前のせいだけどな」
月島は耳の痛いことを言われたとばかりにスッと俺から目を逸らした。
「い、いや、やっぱり幽霊なんている訳無いよな。きっとお前疲れてるんだよ。
睡眠足りてるか?」
「1日8時間くらいは寝てるぞ。やっぱりお前のせいなんじゃないか?」
「は、はあっ!? 神納木、幽霊なんているわけないって自分で言ってただろ?
馬鹿馬鹿しいって.....」
「確かにそうは言ったが、いる可能性も否定することは出来ないと思ってな。
もしかしたら、お前のせいで悪霊が俺に憑いて精気を吸っていってるのかも
知れないぞ?」
『私が悪霊だという点を除けば、大体全部事実ですね』
幽霊はそう言うが、どう考えてもコイツは悪霊だと思う。可愛い服が欲しいからと
ユニ●ロで何着か服を買った後、他の服屋で高いワンピースを買って、我が家を
火の車に陥れるという暴挙に出たのだ。悪霊でないのなら、貧乏神の類いか何かだろう。
「月島、知~らないっと」
「責任の追及から逃れようとするんじゃない」
腕を頭の方へと回して、口笛を吹く月島に俺は苦言を呈した。
「そんなことより、美少女だよ。お前とその女の子どんな関係なんだ?」
「俺が悪霊に精気を吸われ続けるて、死に至るのはそんなことなのかよ。
......どんな関係って、言われてもな。言ってみれば幼馴染み?」
『え、さっき可愛いって言ってたの私じゃなくて真白さんのことだったんですか!?』
どちらも同じ顔だろう。それに、幽霊との関係は月島にはバレると色々と
ヤバいのだ。関係を語るのなら真白の方が簡単だろう。
というか、そもそも......。
「神納木の幼馴染み、それって......」
「ああ、真白のことだな」
月島は『紅葉谷真白』のことを知っている。というのも少し前偶々真白の墓参りに
行く途中、電車の駅で月島にばったりと出会し俺が目的地を明かさなかったため
面白がって着いてきた月島は真白の墓を見たのだ。その後、少しだけ思い出話に
付き合ってもらった。
「......そうか、紅葉谷さん神納木にだいぶ評価されてたんだな」
「まあな。してた、というよりも真白のことは現在進行形で尊敬してる」
『・・・・』
俺達の会話の様子を幽霊は静かに見ていた。幽霊と月島の目は何処か俺に同情的だ。
「.......紅葉谷さんは神納木のものだろうから、紹介してもらうのは
駄目だな。諦めるよ」
「いや、俺のものではないが。ま、そうしてくれ」
「意外に神内木の傍に居るかもな。守護霊ってことで」
ニヤニヤしながら月島はそう言った。
「ああ。そうかもな」
この時、何故か俺は真白が帰ってきたような気がした。横で複雑な表情を
浮かべている幽霊は別として。