六位目 幽霊さんはお洒落好き
「んん......んあ。朝か」
「いえ、思いっきり昼です。よく眠れましたか?」
何やら後頭部に柔らかい感触を覚えながら、目を覚ました俺に
幽霊はそんなことを言ってきた。
「昼? 何で......」
「覚えてませんか? 枯葉さんは私に精気を吸われて眠っしまったんですよ。
お陰で暫くは元気でいられそうです」
「ああ......」
そういえば、そんなことをしていたか。精気を吸われて眠った
割には気持ちの良い目覚めだったので忘れてしまっていた。
「俺、どれくらい寝てた?」
「大体、3時間くらいですね」
「マジか」
これが土曜日だったから良かったものの、平日にやられでもしたら
学校を無断で休むことになってしまう。
「あ、安心してください。さっきはちょっと欲張り過ぎましたけど
普段はもっと少量でも大丈夫なので。寝てしまうことは無いかと」
俺の表情から察したのか、幽霊はそう説明してきた。
一先ず、日常生活にはそこまで目立った支障は出なさそうだ。
「なら、良いんだが......」
「まだ何か問題が?」
「いや、何で俺は幽霊に膝枕されてるんだろうと思って」
俺の頭は正座をした幽霊の膝の上に置かれており、先程から幽霊は
俺の顔を覗き込みながら、俺に話し掛けてきている。
「寝心地悪いですか?」
「いや、機能性に関しては抜群だと思う」
若干、ひんやりとはしているが今の季節は梅雨。
蒸し暑い日も有るくらいなので季節とマッチしていて中々に気持ちが良い。
「それなら、良かったです。少し吸いすぎちゃったので、せめて
膝枕くらいはしてあげようと思いまして」
「そっか、ありがとな。お陰で安眠出来た」
俺はそう言うと、体を起こして頭を幽霊の膝から離した。
「あれ、意外にあっさりしてるんですね。枯葉さんのことだから
もう少し、恥じらったり慌てたりするのかと思いましたけど」
「確かに、多少そういった感情が無いわけでも無いんだが......いざ
されてみたら、突然過ぎて慌てる暇も無かったというか逆に冷めた」
「逆に冷めたって......これでも私最初は恥ずかしかったんですからね?
折角、頑張って膝枕をしてくれた同居人になんてこと言うんですか」
そもそも、俺は膝枕をしてくれとは一言も頼んではいないのだが。
「はいはい。すまんすまん。それで? 何か俺が眠りに就くとき吸っても
いい量が分かるみたいなこと言ってたけど、あれは何なんだ?」
少々、不貞腐れ気味の幽霊に俺はとある疑問を口にした。
「ああ。枯葉さんの体に手を当てたとき、何と無くどれくらいの
量の精気を吸っていいかの目安が分かったんです」
「成る程、幽霊の本能とかなのかもな」
実際、霊体化と実体化、金縛り等を使いこなしている幽霊なので
それくらいのことが本能的に分かっても不思議ではない。
「それは良いにしてもですよ。何で急に人から精気を吸えるように
なったんでしょうか? 今までは出来なかったのに」
俺は幽霊の質問に思い当たる節があった。
「確証は無いが、アレじゃないか?」
「アレ?」
「ほら、昨日の朝お前と契約みたいなの結んだだろ。アレが
影響してるんじゃないか?」
守護霊が一々、人を驚かせるために主人から離れていくというのは
些か契約の質が悪い。守護霊が人を驚かせに行っている間、主人が
危険なことに出くわして守護霊は主人を守ることは出来ないのだから。
それを解消するために新たに幽霊に与えられたのが精気を吸う力だというのが
俺の仮説だ。守護霊の活動の源が主人の精気であり、その主人を守るのが
守護霊だと考えればかなり利に適った共生関係なのではないだろうか。
「あ~確かに。アレ以外に何かした覚え無いですし原因はアレで間違い
なさそうですね~。じゃあ、契約の内容は枯葉さんが私に精気を提供する
代わりに私が枯葉さんを守ることになってるんでしょうか?」
幽霊の質問に俺は『ああ』と頷いた。
「多分な。もしかしたら、それ以外にも有るかもしれないが契約相手から
精気を吸う能力......差し詰め『吸精』と言ったところか? それを
会得したのは契約が原因だと考えて良いだろうな」
「吸精......何かエロいですね」
「やめなさい」
「ごめんなさい」
全く、この幽霊は突然何を言い出すのだろうか。
「真白はそんな奴じゃなかったんだけどなあ......」
「どうせ、私は真白さんじゃ無いですよ~だ」
俺が呆れたように溜め息を吐くと、幽霊は再び臍を曲げてしまった。扱い難い幽霊だ。
するとその時、幽霊の着ている死に装束が揺れているのを見てふと疑問が沸いた。
「なあ、幽霊。その服って外れないのか?」
突然、俺が切り出した脈絡の無い話に幽霊は呆気にとられたように黙ると
自分の服を触った。
「脱いだことは一度も無いので分かりませんが、多分脱げると思いますよ?
それがどうかしましたか?」
「いや、それならお前にも服買ってやれるかなと思って。伸び縮みする
服の方が着心地良いかも知れないし」
今のご時世、便利なものでネットを使えば女性物の服を男が買うことも容易だ。
最も、配達員と顔を合わすのも多少恥ずかしいが。
「なっ......本気ですか?」
「ああ、本気だ。お前が可視化してくれれば、外を出歩くとき一々周りを
気にしなくて良いからな。外を出歩くのにその死に装束はアレだろ?」
自分にはコイツのことが見えているのに、周りには見えていないというのは
相当辛い。会話するにしても周りに声が漏れないように小さな声で
話さなくてはならないし、色々と不便だ。
「え、何ですかそれ。暗に私をデートに誘ってるんですか?」
「服要らないんだな?」
見透かしたような笑みを浮かべて、からかってきた幽霊に俺は真顔で聞いた。
何と無くウザかったからだ。
「要ります! めっちゃ、要ります! からかってすいませんでした!
だから、私に服買って下さい! ユニ●ロで良いですから!」
すると幽霊は酷く慌てた様子で俺に弁解をしてきた。そんなに欲しいものかと
驚きつつも、彼女の言葉には一部聞き捨てならない箇所があった。
「ユニ●ロを馬鹿にするな。ユニ●ロは妥協して行く所じゃない。
ユニ●ロはユニ●ロの服を買うために率先して行く所だぞ」
「あまりユニ●ロ、ユニ●ロ連呼しないで下さいよ......枯葉さんの
ユニ●ロへの拘りは分かりましたから」
何故、俺が呆れられているのだろうか。彼の服屋は安く質の良い服を
提供してくれる、正に貧乏学生の味方ともいえる存在だと言うのに。
「それじゃあ、パソコン開くから好きなの選んでくれ。
全部合わせて高くても一万円くらいに抑えろよ?」
「は~い。そうだ。私が外で着る用の私服を買ったら、お洒落な
喫茶店にでも一緒に行きましょうよ。甘いものが食べたいです」
「服が届いたらな」
幽霊であるコイツが堂々と人前に出ることが出来るというのは
恐らく初めてのことなのだろう。随分とテンションが高い。
「やった! 絶対ですよ!? 枯葉さん!」
「はいはい、先ずは選べ」
その後、生まれて初めてのお洒落ということもあり服選びに夢中になった
幽霊の押しに堪え兼ねて予算オーバーをしたのはまた別の話である。
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