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四位目 最初の晩餐


『枯葉さん、何処に行くんですか?』


「スーパー。夕飯の用意をしないといけないだろ?」


放課後の帰り道もコイツと話すときは緊張を保っていなければならない。たとえ知人が

周りに居なくても通行人はちらほら見受けられる。幽霊と会話する時は自分の現在して

いる行動は他人から見ると何もない空間に話しかけている奇行なのだと常に念頭に置き

口をあまり動かさず小さな声で前を向きながら話すことがポイントだ。


『え、枯葉さんって料理出来ないんじゃ......』


「流石に米を炊くのと、電子レンジを使うくらいは出来るぞ。後、惣菜コーナーに

 売ってるサラダにドレッシングを掛けることも出来るしな。スーパーとコンビニ

 さえあれば、ギリギリ生きていける」


『サラダを買って、栄養を考えてるのは偉いと思いますけど......冷凍食品とか

 レトルト食品ばっかり食べてたら何時か倒れますよ?」


「今まで生きてこれたから、大丈夫」


俺の食生活が目も当てられない程、杜撰なのは今に始まったことではない。

一人暮らしをさせられ始めたのが高一の夏からで今が高二の六月だから

大体、一年になるのか。


『そんな謎の自信は要らないですから......ご両親は枯葉さんがこんな食事を摂っている

 こと知ってるんですか? 普通、子供がそんな食生活をしてるなら差し入れを

 入れるなり怒るなり、一人暮らしを辞めさせるなりやっていそうな物ですが』


「母親は月1、父親も月3くらいで訪ねてくるけど来る前に連絡をくれるから

 その前にデパートの惣菜売り場まで走って、なるべく家庭料理っぽい奴を

 買ってきて食べさせてる。両方とも俺が料理男子だと思ってるみたいだぞ?」


『えぇ~......完全に確信犯じゃないですか』


と、言われても俺はこの一人暮らしの生活をかなり気に入ってるのだ。

実家へ強制連行、なんて真似は絶対に避けねばならない。


「別に良いだろ。俺の勝手だ」


『折角心配してあげてるのに、可愛いげの無い人ですね。あ~あ何で私、枯葉さん

 みたいなののことが気になるんだろ。真白さんの記憶だけではなく、私の感情も

 汲み取って貰いたいものです』


何かギャアギャア言い始めた。同居させろとせがんだのはコイツだろうに。


「・・・そう言えば、幽霊って飯はいるのか?」


ふと、気になったので聞いてみた。確か、幽霊の三大欲求は『脅かし欲』

『性欲』『生欲』で食欲は含まれていなかった気がするが。


『ふぇ?』


幽霊は鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をした。


「ふぇ? じゃねえんだよ、飯。幽霊って飯は必要なのか? 要るんだったら

 買わないとだろ」


『あ、ああ......基本的に味を楽しむという意味では食べれないことも無いです

 けど食べなくても平気ですよ。なんだ、私のご飯のことを心配してくれる

 なんて優しいところも有るじゃないですか』


微笑を浮かべながら夕日に照らされる彼女の顔は俺の目にとても魅力的に映った。

しかし、直ぐにその気持ちを揉み消す。俺の目に幽霊が魅力的に映ったのは恐らく

彼女と真白が似ているからだ。だが、彼女は真白ではない。いい加減、彼女と真白を

重ねるのは止めなければ。


「うっせえ。それで? 味を楽しむという意味では食えないことは無い、ねえ。

 幽霊なんだから買い物が出来る筈も無いだろうし、店の物をくすねたな? 

 言っとくが万引きは犯罪なんだぞ」


『ち、違います! 私がそんなことをするような人間に見えるなんて心外です」


「そりゃあ、幽霊なんだから人間に見えたなら心外だろうな」


『......枯葉さん、私をあまり怒らせない方が良いと思いますよ?』


何だ、コイツ。中二病か?


「ほう、怒らせたらどうなるんだ?」


幽霊なのだから、呪い殺すとでも言ってくるのだろうか。短い付き合いだが

コイツがそんなことをする幽霊じゃないってことは理解しているので、怖くは無い。


『金縛りで体を動けなくして、変なポーズをさせたまま道端に30分放置します』


前言撤回。確かに呪い同様幽霊にしか出来ないことでは有るが思ったより

現実的で悪質だった。そして、短い付き合いだが分かる。コイツはそれくらいの

ことならやる幽霊だ。


「謝るからそれだけは止めてくれ。というか、お前って一応、俺の守護霊なんだよな?

 契約的なのも意図せずだが交わしたし。守る側の守護霊が主人を脅すってどうよ」


主人を脅す守護霊は最早、悪霊な気がする。


『確かに事実上私は枯葉さんの守護霊ですけど、だからと言って何か態度を変える

 つもりは全く無いですよ? そりゃあ、本当に枯葉さんが死にそうになったら

 助けてあげますけど』


朝、テストのカンニングもさせてやるとか言ってた奴は一体。


「成る程。つまり俺は守護霊との契約をしたんじゃなくてニートを一匹

 家に置くことになった訳だ」


『要はそういうことです』


「認めやがったな.......というか、お前ずっと気になってたんだが何で足が

 有るのに浮きながら移動してるんだ?」


この幽霊は、良く漫画やアニメ等で描かれる幽霊とは違いきちんと真白の物と

思われる足を持っている。だというのにコイツはずっと地上から30cmくらい

浮いているのだ。


『あ、これですか? ただ単に楽だからですよ。お陰様で靴も汚れなくて一石二鳥です』


「何それ、羨ましい.....スーパー着いたぞ。万引きするなよ?」


『だ~か~ら、私が食べたのはお店で盗んだやつじゃなくて試食用にお店の中に

 置いてあった奴です!』


「ああ、はいはい。そうだな。欲しいものがあったら盗まずに俺に言えよ。

 買ってやるから」


からかい甲斐のある幽霊にそんなことを言いながら、俺達はスーパーに

入っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ほい、出来たぞ」


俺は幽霊を椅子に座らせ、料理をテーブルへと持っていった。時刻はもう7時。結構

いい時間だ。メニューは茹でてソースを掛けるだけで作れるパスタをチョイスした。

一般家庭でも日常的に食べる料理だというのにこんなに簡単な調理で良いなんて

相変わらず助かる。


「あれ、枯葉さん。お皿が二つも有りますけど......まさか、枯葉さん二皿も

 食べる気ですか? 幾ら、成長期でも運動しないんですから太るんじゃ」


「馬鹿。な訳無いだろ。お前の分だよ。一応、食事は取れるんだろ?」


彼女、幽霊についてはまだまだ、分からないことが山の様に有るがどうせこれから

同じ屋根の下で暮らすことになるのだ。色々と聞きながら正体を明かしていこう。

待て、さらっと言ったがこの幽霊、真白の幽霊な訳だから女なんだよな?


さっきまでコイツのことを異性ではなく異種族として見ていたから気付かなかったが

付き合ってもいない女と男が一つ屋根の下で暮らす、って色々と問題だ。


「え、本当にご飯用意してくれたんですか? 食べなくても死なないのに?」


「お前って人の家に住まわせてくれとか頼む割に飯一つで意外そうな顔するし

 図々しいのか謙虚なのか分かんねえな」


「う、はっきり言って此処に住まわせて欲しいって言ったのは半ば勢いだったんですよ。

 まさか本当に住まわせてくれるとは思いませんでした。というか、何であの時心変わり

 したんですか? 最初は私を家に住まわせること滅茶苦茶嫌がってたじゃないですか」


項垂れた様子で幽霊が投げ掛けてきた質問を聞き、俺は沈黙した。中々、あの考えを

本人に言う気にはなれない。しかし、俺は思いきって口を開いた。


「......お前が創られてしまったのは真白の気持ちに気付けなかった俺の責任だって

 気付いた。ただそれだけだ。飲み物持ってくる」


真白が幽霊になった理由が現世に未練を残したことだと仮定するならその未練の数は

数えきれない程にあるだろう。若くして死んでいるのだから当然だ。そしてそんな

数ある未練の中から真白が選び、自らの幽霊に託した記憶が俺への恋愛感情なのだ。


きっと彼女は俺に想いを伝えることが出来なかったのを後悔していたのだろう。

俺が真白の好意に気が付いてさえいれば、こんな歪な形で人格が生まれることも

無かった筈である。


「私は真白さんのことをよく知らないですけど、枯葉さんは悪くないと思いますよ。

 私も別に枯葉さんのせいだとは思っていないですし」


何か飲み物は無いかと、冷蔵庫の中を漁っているとテーブルに座ったままの

体勢で彼女は独り言の様に言った。


「だと良いんだが。炭酸水と麦茶、どっちが良い?」


「麦茶で」


「分かった。俺は炭酸にしよ」


俺は比較的安価で売っている1.5Lのペットボトルからコップへと麦茶を注いだ。

ジョジョジョと液体をコップに注ぐとき特有の気持ちの良い音が聞こえる。

炭酸水は500mlの物なので直で飲もう。


「はい、麦茶」


「あ、ありがとうございます」


俺はコップに淹れた麦茶とペットボトルの炭酸水をテーブルに先に置いて

椅子に座った。真っ正面には幽霊が見える呪いの席だ。


「それじゃ、食うか」


「はい。では」


「「頂きます」」


俺達は互いに目配せをすると、大きな声で食事の挨拶をした。まずはメインのパスタに

口をつける前に炭酸水を喉へと勢いよく流し込む。舌、歯茎など口のいたるところに

小さな針で刺されたような強炭酸特有の痛みにも似た刺激が走り、食欲を掻き立てた。


「凄く美味しそうに飲みますね。炭酸水」


「ああ。段ボールで買いだめするくらいには好きだぞ。基本的に喉が乾いたら

 炭酸を飲むからな」


「へえ......」


そんなことを言いながら幽霊は目を輝かせた様子でパスタを口に運んだ。やはり

幽霊になってから食べ物を口にすることは珍しいのだろう。満面の笑みを浮かべて

咀嚼している。どうやら不味くは無かったようだ。


「ふわああ。枯葉さん! これ、滅茶苦茶美味しいです!」


「茹でろと言われた時間茹でて、掛けろと言われたソースを掛けた

 だけだからな。不味くなる要素が無い」


「幽霊になってから食べ物を口にしたのって、私が食べ物を食べられる体なのか

 実験するために試食品を食べたときが最初で最後だったんですよ。だからもう

 2年ぶりですかね」


「2年ぶりって......そんな前から幽霊として生まれてたのか」


「詳しくは覚えてませんけど自分で自分という存在を正しく認識して意識が

 はっきりしてきたのは二年前の5月頃だったと思います」


気が付いたら自分が周りから観測されない存在。幽霊になっていたときの

気持ちはどのようなものだったのだろう。想像もつかない。


「それから、今日までずっと幽霊として暮らしてきたのか」


「そうですね。前も言ったように私の人格は生前の真白さんからエピソード記憶を消し

 去って産まれた物であって、幽霊として一から造られた物ではないんです。だから

 真白さんの持ってた人間としての一般常識とかは持っていても幽霊としての常識は

 持ち合わせていなかったのでかなり幽霊に成り立ての頃はかなり戸惑いました」

 

苦笑しながらそんなことを言う彼女の表情からは辛い感情を俺に隠して

話していることが容易に見てとれた。


「......すまん」


そんな彼女の表情を見ていると、自然と謝罪の言葉が口から出た。


「だから枯葉さんは悪くないですって。そもそも人の好意なんかそんな簡単に

 気付ける物じゃ有りませんし、気付けたからと言って後に幽霊を生み出す原因に

 なるだなんて誰も予想出来ませんよ。私が生まれた理由が本当に枯葉さんに

 有るのかもまだ、分かっていない訳ですし」


焦ったように幽霊は俺のことを慰めてくれた。情けない。


「......そっか、ありがとな」


そう言って軽く笑って見せた俺に続くかのように彼女は微笑を浮かべながら

麦茶を啜り口を開く。


「それに、確かに枯葉さんに会うまでは一人ぼっちで心細かったんですけど

 今日からは一人じゃないですから」


「それもそうか。俺も幽霊の扱い方なんて学校で習った覚えは無いが此処に住ませる

 ことになった以上、色々と知識がいるだろうから色々と幽霊のこと教えてくれ」


「ふふ、はい!」



そんなこんなで食事を終わらせた俺達だが、また新たな問題に直面してしまった。


「風呂、先か後どっちが良い? それとも一回ずつお湯抜くか?」


「いやいやいや、仕送りだけで光熱費賄ってる枯葉さんの家でそんなことは

 出来ませんよ! やっぱり、此処は家主の枯葉さんが決めるべきじゃ無いですか?」


幽霊はとんでもないとばかりに手を振った。


「俺はどっちでも良い」


「どっちでも良いって、それが一番困るんですよ......というか私は別に

 お風呂入らなくても大丈夫なんですけど」


「それも幽霊の特性か?」

 

「お風呂に入らなくても大丈夫、っていうのは二次的な物ですけどね。

 ほら、お昼に霊体化と実体化について話したじゃないですか」


確か、霊体化状態であれば俺の攻撃が透ける代わりに彼女も俺に攻撃をすることが

出来ず、実体化状態であれば俺の攻撃が当たる代わりに彼女も攻撃を俺に当てる

ことができるという話だったと思う。


「ああ、言ってたな」


「あの能力の本質的なところを言うと、霊体化は私が自分の肉体を例外とする

 ありとあらゆる物に物理的接触が出来なくなる代わりに、相手からの

 物理的接触を受けないというもので実体化はその逆なんですよ」


「ほう」


俺は興味深げに頷いた。


「で、私はさっきみたいにご飯を食べる時とか今日のお昼みたいにポルターガイストを

 起こすとき以外は基本的に霊体化してるんで外部からの汚れが全く付かないんです。

 しかも、霊体化してる時は汗とかもかかないので全然、体は汚れてないんですよね」


彼女は基本的に霊体化していると言っているが、それなのに彼女の声が空気を伝って

俺の鼓膜に届いているということは間接的になら相手に接触することもできるらしい。


「そりゃ、羨ましいが......これからは此処で暮らすんだから、飯のこともそうだが

 色々と実体化する機会が増えるだろ? 遅かれ早かれ風呂には入りたくなると

 思うぞ。精神的な疲れも癒してくれるしな」

 

そんなことを熱弁する俺は大の風呂好き。特に風呂の中の証明を消して

暗闇の中、湯に浸かるのは最高だ。


「じゃあ、先に枯葉さんが入って下さい。やっぱり一番風呂は家主に譲らないと。

 私はその次に頂くので」


「契約して家賃を払ってるのはうちの父親だけどな。分かった。先に入らせて貰う。

 入浴剤はヒノキと柚どっちが良い?」


「冬でも無いのに、入浴剤常備してるんですか。ヒノキで」


女子中学生の幽霊がヒノキ風呂をご所望とは中々に渋い趣味をしていらっしゃる。

いや、コイツが生まれたときの精神年齢が真白と同じ中学2年生だとして2年前に

生まれた訳だから足して精神年齢は高1になるのか?


「良いじゃねえか。入浴剤。肩凝りとか腰痛に効くんだぞ」


「痛めてるところが完全に老人じゃないですか......ロクに運動もせず

 不摂生してるから体悪くするんですよ?」


呆れたように溜め息を吐くと、此方をジト目で見ながら彼女に説教をしてきた。

すげえ。俺今幽霊に健康を気遣われてる。


「はいはい、そうだな。お前の言ってることは確かに正論だよ」


そう言うと俺は、彼女の手が机に触れていることから彼女の

実体化状態を見破り軽く、頭をポンと叩いた。


「ふぇ。な、な、なあっ!?」


「風呂入ってくる」


「あ、ちょっと! 今のなんだったんですか!? 叩きましたよね!?

 私の頭! ポン、って凄い軽やかに叩きましたよね!?」


風呂に入るため、ダイニングから廊下へと向かう俺の後ろから

顔を紅くした幽霊の叫び声が聞こえてくる。この同居生活は続きそうだ。

¨ブ¨ッ¨ク¨¨マ¨ー¨ク¨が¨2¨件¨¨に¨な¨り¨ま¨し¨た。ヤッタネ。してくれた方

本当にありがとうございます! ブクマだけで一晩で石山本願寺立てられちゃいます。


いや、本当にモチベーションの上昇に繋がっているので皆さん、どうかどうか

評価、ブクマ、感想宜しくお願いします。


......今週で書き溜めた分が終わってしまった。

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