八柱 紅葉谷
「あはは、今日は私のことを話すつもりで来たのに私達が話したいことは
全部、お母様に話されちゃいましたね」
なんなら、俺の知らなかったことを話して貰ったしな。
「ふふ。これでも真白の母親ですからね。自分の娘のことはよく知っている
ものよ。本当はお父さんにも霊華さんの顔を見せてあげたかったんだけど」
真白の母親は苦笑しながら俯いた。真白の父は数年前に病気で亡くなったのだ
「お父さん......」
霊華はそのことを聞いて苦い顔をする。
「もう少しでお父さんの命日だから、良ければ墓参りにでも行ってやって
くれない? きっと、喜ぶわ」
「はい。必ず」
「勿論、俺も行きますよ」
「そう。ありがとう」
俺達の言葉を聞くと、真白の母親はニコリと柔らかい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、そろそろおいとまします。ありがとうございました」
「ありがとうございました。真白さんのお母様」
「ええ。こちらこそありがとう。玄関まで見送るわね」
その言葉に頷き、靴を履いて玄関の扉を開ける俺達を真白の母親は呼び止めた。
「霊華さん、最後に一つだけ良いかしら?」
「へ? あ、はい」
「貴方が良ければだけど、これからも『紅葉谷』の苗字を使ってくれると嬉しいわ。
今日、初めて会った人にこんなことを言われたら戸惑うでしょうけど貴方は私の
娘だと思っているから」
霊華はその言葉を聞くと少し沈黙し、小さく呼吸をして口を開いた。
「初めて会った? な訳ないじゃん。私、真白の記憶も受け継いでるんだよ?
紅葉谷の苗字は死ぬまで使うから安心して。私にはその苗字しかないし」
「真白......?」
「んじゃ枯葉、そろそろ行こ」
「え、あ、おう。さようなら」
「さようなら。枯葉君に......紅葉谷さん、またね」
「うん。バイバイ、お母さん」
☆
「......疲れた」
家に帰ってリビングに移動するなり、霊華は床に転がってそう言った。
「だろうな」
「お茶淹れて下さい」
「ん。麦茶で良いか?」
「許可します」
「何で偉そうなんだよ」
俺は溜め息を吐きながら、コップに麦茶を注ぎ霊華に渡した。
「ありがとうございます。あ、美味し」
「それじゃあ、俺は勉強してくるからな」
「ええ~? もうちょっと寛ぎましょうよ。甘えさせてあげますよ?」
「別に良い」
「あっさり拒絶されたっ!?」
霊華と初めて出会った日から一年以上の時が経った今、俺は三年生......つまり
受験生になっていた。俺はかなり勉強がにがてなのでまだ初夏だがコツコツと
勉強をしなければならない。
「お前が突然真白の母親に会いたいとか言い出すから、わざわざ貴重な
時間を使って連れていってやったんだぞ? 少しくらい勉強......ちょっ」
俺が話していると、突如霊華はその話を遮るように抱きついてきた。
「枯葉さん......その言い方、私以外の人だったら完全にアウトですからね?」
「は?」
「『わざわざ』なんて言葉を彼女のために使う時間に対して言い放ち恩着せがましく
『連れていってやった』なんてことを言う人は嫌われるって言ってるんです。全く
出会った頃と一つも性格変わってないじゃないですか」
呆れたように霊華は言う。
「いや、耳をはむはむしながら言われても説得力ないんだが」
「人の気持ちを考えて話すことの出来ない無神経枯葉さんへのお仕置きです。
私は枯葉さんが根は優しい人でなんやかんや面倒見の良い人ってことを
知ってますから、そういう不器用なところも可愛いと思えますけどさっきも
言ったように普通の人は距離を置いちゃいますからね?」
耳を霊華の唇と吐息で滅茶苦茶にされながら説教を受けるというのも新鮮だ。
「てか、こしょばいから止めてくれ」
「駄目です。枯葉さんも、もう少しで社会人なんですからきちんと
駄目なことをしたときはきちんとお仕置きを受けて貰います」
「社会人になったら人とコミュニケーションを取らないといけないのか。
働きたくなくなってきた」
「ええ......枯葉さんには私を養うという義務があるんですからね?」
そんな義務は知らん。
「俺は家事をするから働いてくれ」
「いや確かに枯葉さん、私が居なくなってた期間だけで滅茶苦茶
料理上達してましたけど」
「お前の家庭料理に慣れてしまったせいで、昔の惣菜やコンビニ弁当だけの
食生活には戻れなくなったからな。真白にそんなものを出す訳にもいかないし。
後、料理だけじゃなくて家事全般も出来るようになったぞ」
「......もしかして枯葉さん、私が居ない方が成長してくれるのかな」
「お前が居なくなったら次こそ本当に病むからな」
縁起でもないことを言い出す霊華を俺は睨みながらそう言った。
「そんな怖い顔しないで下さい。私はずっと枯葉さんと一緒ですから」
「じゃあ、働いてくれ」
「うわ、さりげなく話戻しやがりましたよこの人。......まあ、働く気が
無いわけではないんですけどね」
そう言うと霊華はふわりと浮いて自分の部屋に行き、紙の束を取ってきて
俺に渡した。何と無くデジャヴを感じる。
「何これ」
「小説ですよ小説。ほら、去年の夏に真白さんが枯葉さんに見せた小説がある
じゃないですか。アレの続きを私なりに書いてみたんです」
「お前が最近、本をやたら欲しがってたのはこれを書くためだったのか」
「ご名答。真白さんの記憶が有るとは言え霊華としては小説なんて書いたことが
ないのは勿論、読んだことも殆ど無いですから小説を読んで勉強してたんです」
俺が成る程、と頷きながら紙に目をやると表紙にはタイトルが書かれていた。
どうやらこの本のタイトルは
『数年前に死んだ筈の幼馴染み、記憶を無くして幽霊として現れました!?
ーヒュゥゥゥドロドロドロ~でうらめしや~な彼女との生活ー』
と、言うらしい。
「何このweb小説みたいなタイトル」
「真白さん、タイトルのことは考えてなかったみたいなので私が付けました」
「お前のネーミングセンスか。納得した」
「因みにその小説、大賞に応募してみたら賞取っちゃったんで宜しくお願いします」
......は?