二位目 契約 (後)
「それで、俺の疑問はどうなる?」
「いや、私も良く分からないんですよ」
「は?」
「あん?」
幽霊にガンを飛ばされた。
「いや、だってお前幽霊だろ? 自分のことじゃん」
「じゃあ、逆に聞きますけど枯葉さん。貴方は旧石器時代の人達が白血球やら
赤血球やらと言ってたと思いますか?」
「そうは思わないが......」
俺が少し、弱気になると本真白は間髪入れずに大きな声で言った。
「それと一緒です。エピソード記憶を消されて、気が付いたら自分が幽霊だっていう
漠然とした感覚があるだけですよ!? というかそもそも、さっきまで幽霊のことを
説明するときに恰も幽霊全般の常識を説明するようにしてましたけど一度たりとも
同業者に出会ったこと無いですし! 知りませんよそんなこと。さっきの話も私が
幽霊になって立てた考察に過ぎませんし」
「な、何か、すまん」
先程まで冷静だったヒュゥゥゥドロドロドロ~の幽霊様は急に怒り始めた。
「......いえ、すいません。少し取り乱しました。兎に角、私も他の幽霊を見たことは
無いので、もしかすると単純に私だけが特別なのかもしれません」
「真白だけが特別、ねえ」
真白は人一倍、病に負ける物かと頑張っていた。その見返りがこの姿なのだとしたら
首を傾げざるを得ない。真白が生き返った訳でも無ければ、真白そのものが幽霊に
なった訳でも無い。真白の体に別人を容れて、幽霊にしただけだ。
「というか、俺が気になって現れたんだとして、何時から俺の存在を
認知していたんだ?」
「ついこの間です。2週間くらい前ですかね」
「ちょっと待て」
俺は何気なく話していたが非常に重要なことを見落としているという事実に気が付いた。
「どうしました?」
「その二週間ずっと、俺に付き纏っていたんだよな?」
「基本はそうですね。普通に現れるのも癪だったので枯葉さんが驚かすのに丁度良い
シチュエーションに突入してくれることを狙ってました。たまに、誰かの家で
ポルターガイスト現象を起こして欲求を満たしたりはしてましたけど」
平然と言う本真白に俺は苦いを顔をしながら聞いた。
「じゃあ、風呂の時はどうしてた?」
本真白の顔は硬直し、次の瞬間茹でダコのように赤くなった。
「流石にお風呂の時とトイレの時と自室に籠ってる時は自重してましたよ!
私を何だと思っているんですか!」
意外にも幽霊様はプライバシーを守ってくれていた様だ。特に自室に籠って
いたときも見ていなかったのは嬉しい。
「すまん。気になってな」
「全く......それで、お願いが有るんですよ」
「何だ?」
最悪、金縛りで脅せばどうにでもなるというのに幽霊様は律儀に頭を下げて
頼み事をしてきた。
「私を此処に住まわせてくれませんか?」
意識しているのかしていないのかは微妙だが彼女の瞳はうるうると濡れ
彼女は俺に上目遣いをする形になっている。
「ヤダ」
「其処をなんとか!」
「却下」
「枯葉さんのことが気になるんですって!」
「知るか」
紅葉谷真白とこんな形で再開するとは思ってもみなかった俺だが幽霊を
養うつもりは無い。
「うう......そうだ、守護霊! 守護霊になってあげますから」
「いらん」
生憎、自分の身は自分でギリギリ守れている。
「何でですか! 守護霊を見る儀式をしてたんでしょう!? 私なら何時でも
何処でも目に見える守護霊になれますよ! テストのカンニングもし放題です!」
「守護霊ってのは、俺が良い方向へと進むようにしてくれる霊だろ。
カンニングなんていう、悪の道を進めてくる奴を守護霊にするつもりは無い」
俺がそう断言すると部屋の明かりが消え、一人でにカーテンが閉まり
部屋が真っ暗になった。
「ヒュゥゥゥドロドロドロ~。うらめしや~」
青い人魂が幾つも部屋の中を飛び交い始める。
「おお、良く見たら人魂って綺麗だな。触ったら熱いのか?」
しかし、同じ手を3度も食わないとばかりに俺は余裕の表情を見せた。
「......な!? 枯葉さんみたいに滅茶苦茶驚いてくれる人は珍しいのにもう慣れちゃった
んですか!? 最近じゃ、SNSの普及とかで下手に驚かせようするなら写真で撮られて
拡散されそうになったりするんですよ! 明日から私は誰を驚かせて生きれば良いって
言うんですか!」
「いや、知らねえよ。てか、お前死んでるし」
俺が心底迷惑そうな顔を浮かべると、本真白は落胆したように肩を落とした。
「......分かりました。私も無理強いは出来ません。そもそも私は文字通り真白さんの
皮を被った偽物な訳ですし、枯葉さんからしたらふざけんなよってなりますよね。
お騒がせしました」
そう言うと、フワフワとクラゲのように幽霊は浮き上がり、幽霊らしく壁を
すり抜けて外に出ていってしまった。
「......なんだったんだ」
俺がそう呟いてから何分か時間が経った。心には大きな穴が開いたようにやりきれない
気持ちが漂っている。本当にこれで良かったのだろうか。生前の記憶の残滓が幽霊にも
伝わるとするなら真白は俺に少なからず好意を抱いていたことになる。そして、その
気持ちを俺に伝えられ無かったことが真白の中で後悔として残り、あの幽霊を作り出した
のだとしたら?
......全て、俺が真白の好意に気付いてやれなかったせいで起こったことじゃないか。
真白は死して尚、幽霊として感情と身体だけがさ迷うことになり、あの幽霊は
気が付いたら幽霊という良く分からない存在になってさ迷うことを運命付けられた。
先程の様子を見る限り、とてもじゃないが幽霊として在る現状を楽しんでいるようでは
無かった。やはり、全て俺の責任だ。
そこまで思考すると、考えるよりも先に体が先に動いた。寝起きのパジャマ姿のまま
サンダルを履いて外へと飛び出し100mを走るのに16秒以上掛かる足を無理に使って
走り出す。考え無しに飛び出してしまったがアイツは空も飛べる様子だったし
建物だってすり抜けていた。
そんな超非科学的生命体幽霊と人間の超鈍足個体俺の間には圧倒的な差がある気がする。
普通に見つけるのは不可能に近い......というか、幽霊なんだからアイツが俺から見える
ようにしておかないと居ても見えないんじゃないか?
「チッ......こっちから行けないのなら、あっちから来てもらうしかないか。
真白の見た目をした幽霊! 戻ってきて俺の守護霊になってくれ!」
早朝、まわりには住宅も有ると言うのに俺はとてつもない大声で叫んだ。
だいぶに近所迷惑だろうが、状況が状況だ許してもらおう。
「やっぱりこの近くには居ないか......」
中々彼女の姿が現れないことから此処で待っていても無駄だと判断して場所を変えようと
した矢先、俺の周りに青い人魂がポツリポツリと浮かび始めた。信じられないその光景に
目を擦ると煙の様なものが人形へと姿を変えてあの幽霊が現れた。
「......何故、ですか」
鳩が豆鉄砲を食らった様に、呆けた顔で俺の前に現れた幽霊は呟く。
「良く良く考えたら、守護霊の居る生活も良いかと思ってな」
俺がそう言うと彼女は口許を緩ませ、微笑を浮かべた。生前の真白が
よくしていた表情を真似たのだ。
「でも、私は真白さんじゃないんですよ?」
「さっきまで、真白じゃない癖にグイグイ来てたのは誰だよ」
しょんぼりと萎んでいる幽霊に俺は呆れたように言う。
「本当に、良いんですね?」
「ああ」
俺のせいで彼女を幽霊等と言う存在にしてしまったのだ。彼女は俺に賠償として命令を
する権利がある。その命令が俺の守護霊となる代わりに家に住まわせろと言うのなら
俺は喜んで受け入れよう。俺はさっき、そう決心したのだ。すると周囲に浮いていた
人魂が俺の周りを円状に囲んで回り始めた。
「あ、あれ?」
彼女の反応を見たところ、その人魂の動きは彼女が意図した物では無いようだ。
戸惑ったように、手を動かして人魂を動かそうとしている。
「これは?」
「いや、その、何か勝手に......あう、人魂の制御が効かないです」
人魂は尚も俺の周りをキャンプファイアーの周りで踊るかの様に動き
その人魂の一つが俺の胸へと近付いてきた。
「なっ......」
意外にもその人魂は人肌程の熱さしかなく、心地良い。と、思ったのも束の間。
俺の心臓部分へとその人魂は入っていってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
体の中でメラメラと人魂が燃えているのが分かる。しかし、不思議と熱さや嫌悪感は
感じない。身体の隅々が風呂に入っているかのような暖かさに包まれた。
「良い」
「へ?」
「凄い気持ち良い」
何かに抱き締められているようなそんな暖かみは俺の心までをも溶かしてしまった。
「ええ......炎で焼かれて気持ち良いとか枯葉さん、マゾですか?」
「違う!」
勢い良く俺がツッコんだ瞬間には身体は元の状態へと戻り熱も冷めてしまった。
本当に暖かくて、岩盤浴のようだった。
「あ、ツッコむ元気が有るなら大丈夫そうですね。急に人魂達が私の手元を
離れて動き出すからビックリしました」
そういいながら、俺の周りを漂っていた人魂を幽霊は自らの元へと引き寄せてみせた。
どうやらもう制御出来るようになったらしい。
「それで、結局今のはなんだったのか分かるか?」
俺の言葉に幽霊は首を横に振った。
「あんなこと初めてでしたからね。あ、でも、もしかしたら......」
「もしかしたら?」
「私が枯葉さんの守護霊になりたいと思って、枯葉さんが私を守護霊にするって
言ったから本当に契約が交わされちゃったんじゃないですか? 契約内容は不明
ですけど」
そして、幽霊は可愛らしい顔で聞き捨てならない言葉を放った。
「はあっ!? 俺、今身体の中に人魂入ったぞ!? 何か契約要項に背いたら
身体が焼かれるとかじゃないだろうなあ!?」
恐ろしいのが、何に背けば契約違反になるのかが分からないところだ。仮に守護霊に
怒鳴ってはいけない、何て言う最近のパワハラ裁判みたいな真似をされたらたまった
もんじゃない。
「多分......違うとは思いますけど。契約を交わして何が出来るようになった
のかはこれから試していきましょう。どうせ、今日から同棲する訳ですし」
「同棲って言うな。百歩譲ってシェアハウスだ」
彼女の表現に俺が苦言を呈すると、幽霊はクスクスと笑った。
「ほら、枯葉さん。今日も学校ですよね? 早く行かないと遅刻しますよ」
この日からだ。俺と偽守護霊から本守護霊へと昇格したコイツとの奇っ怪な
日常が始まったのは。
連載開始祝いということで2日連続で更新しました!
二位目もお読み頂きありがとうございます! 因みに『位』は幽霊を数える単位です。
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