表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/34

二十一位 夢の中の月明かりを庇う


「それで? こんなところに残ってどうするんだよ」


奇妙な程にさっぱりとした表情の真白に俺は聞く。


「そだね......何しよっか?」


「考えてなかったのかよ」


「だって、私は此処に残りたかっただけだもん」


「何だそれ」


花火を観ていた者達は家に帰ったようで俺達の周りには誰一人残っていなかった。

静寂が支配する闇の中で音を立てるのは俺と真白、そして湿気を含んだ夜風だけだ。


「見て、アレ」


真白が空の何処かを指で差す。しかし、俺は彼女の指先が何処を向いているのかが

分からなかった。真白の瞳はこの漆黒の闇の中の何で捉えたのだろうか。


「......本当だ。凄いな」


「ね、夜に鳥が飛んでいるところなんて初めて見た。こんなに暗いのにちゃんと

 飛んでる。ねぐらに向かってるのかな」


「さあな。俺は鳥じゃないから分からん」


「本当は鳥なんていなかったんだけどね」


「ああそう.......は?」


暗闇の中で真白が意地悪な笑顔を浮かべているのが見えた。


「枯葉君、何だかんだ言って優しいですよね」


霊華の物とは違う敬語。しかし、確かに知っている口調で真白は話した。


「お前、それって......?」


「多分、枯葉の想像している通りだと思うよ。昔の私が日記に書いてた時の口調。

 やっぱり読まれてたのか~。何? どうやって読んだの?」


真白は笑いながら尋ねる。


「お前の葬式の時に『枯葉君が持ってた方が真白も喜ぶだろうから』って言われて

 お前の母親から渡された。実際は一番読まれたくない相手が俺だったみたいだけどな」


真白には小学校と中学校、どちらにも殆ど友達は居なかった。なので真白の日記に

登場する人間は必然的に俺と真白の家族だけになるのだが、その中でも登場回数が

極めて多かったのが俺だ。そんな真白の日記の主要人物とも言える俺に自分の日記を

読まれたのだから恥ずかしさは尋常ではなかっただろう。


「お母さんめ~。でもやっぱり、お葬式って聞くと本当に私は一度死んだんだって

 実感させられるね......。私に死んだときの記憶は無いけど、あの日確かに死んだんだ」


「・・・・」


しっかりと意識があり、体も元気なのに、自分は一度死んだのだと聞かされる

真白の気持ちはどのようなものなのだろうか。きっと、俺には共感することの

出来ない複雑な気持ちなのだろう。


「枯葉には夢って有る?」


突然、真白が俺にそんなことを聞いてくる。


「なんだよ、藪から棒に。特には無いが......お前には有るのか?」


「ふふふ。実は有るんだ」


真白はカバンからかなりの枚数がある謎の紙を取り出して俺に突き出した。

真白は俺が紙を受け取るとそっぽを向いてしまう。


「これは?」


「良いから読んでみて」


「何で顔逸らしてるんだ?」


「恥ずかしいから」


恥ずかしいモノをわざわざ見せるとは一体、どういうことなのだろうと首を傾げながら

紙に目を通すと、直ぐにその疑問は解決した。その原稿用紙には地の文や台詞と思われる

文字が書かれていたのだ。これは所謂、小説と言うものだろう。しかもこの原稿用紙には

見覚えがある。


「まさか、この前の朝真剣に書いてたのって......」


「その小説。まだ全然、完結してないんだけど、ちょっと読んでみて」


俺は彼女の言葉に頷くと、彼女が書いたと言う小説を読み始めた。ざっくり

あらすじを説明すると、病気で死んだ筈の少女が気が付くと幼なじみの少年の家に

幽霊として復活していた、という話だ。この話には何処かで聞き覚えがある。


「お前、もしかしなくてもこれ.......」


「うん、主人公は私。だって、こんなファンタジー小説みたいな経験をしてるんだよ?

 小説にしなくちゃ損じゃん。実際に感じたことを書いてるからリアリティーも有るし」


「成る程。つまり、お前の夢って......」


「うん、小説家。私、小説を読むのも好きなんだけど書くのも好きなの。

 だから小説家になるのが夢なんだ。まあ、なれるかどうかは分からないけど」


病弱な体の所為で皆から異端視され、体を動かすことも出来なかった真白が唯一

心の拠り所にしていた娯楽が読書だ。そんな真白が小説家を目指すようになるのは

当然のことなのかもしれない。


「そうか。俺は他人の人生に口出しするのは嫌いなんだが......応援してるぞ。この小説も

 俺達に起こった出来事をただ書き連ねるだけじゃなくて、ネタに出来るところは誇張

 したり実際には無かったようなシーンあ有ったりして面白かった。小説家になったら

 サインくれよ?」


「枯葉にそう言って貰えて勇気が出たよ。けちょんけちょんに言われる覚悟も

 してたんだけど。悲観と楽観ってこうも簡単に切り替わるモノなんだね」


其処まで言うと、真白は不意に夜空を見上げた。


「見て。花火で分からなかったけど月の光ってあんなに強かったんだ」


空に浮かぶのは真白の言う通り、明るい光を発し続けている三日月。

欠けているのに何処かそれは完成しているように感じられた。


「月は太陽の光を反射させてるだけで、月が光っている訳では無いんだけどな」


「じゃあ、月をあんなに光らせることの出来る太陽が凄いのかな?」


「いや、太陽の強すぎる光を和らげてくれると言う意味では月も重要な役割を

 担っていると思う」


「あ、確かに。太陽をそのまま見たら危ないもんね」


「......俺達は一体、なんの話してるんだ」


三日月の美しさの話をしていたと言うのにどんどん話が脱線していった。


「太陽を枯葉に、私を月に(たと)えた純文学的な会話じゃなかったの?」


「仮にそうだとしたらかなり矛盾が生じるだろ」


真白の理論でいくと、真白は自分で自分を褒めたことなるし影の塊のような俺が

太陽のように強い光を放っていることになる。無茶苦茶だ。


「ま、そうかもね。枯葉は太陽って柄でも無いし」


「はっきり言うなよ......」


「でも、私は意外と月ってイメージじゃない?」


「自分で言うのかよ......まあ、分からんことも無いけど」


何処と無く儚げで幸薄そうな雰囲気の漂う真白は月という感じがしないでもない。


「それじゃ月である私は、そろそろ長い月食に入ろうかな~」


「何言ってんだよ」


「ん? だから、隠れようかなと思って」


先程からずっと真白が舐めていたリンゴ飴はとうとう、飴の部分が無くなったらしく

真白は残ったリンゴをかじった。気持ちの良い音が聞こえる。


「すまん、言ってる意味がちょっと......」


「こんな夜だから神様もたまには良いことをしてくれるんじゃないかな、と思って」


そんな思わせ振りな態度の真白を見て、俺はやっと彼女の真意に気が付いた。


「......さっき、お前は自分で『私は絶対に居なくならない』って言ってたよな。

 約束が違うぞ」


一度はひいたように感じていた不安と焦燥感が再燃し、俺は真白を激しく睨み付けた。

しかし、真白は俺の視線をヒラリとかわしてニコリと笑う。


「約束を違えるつもりは無いって。月食も月が地球に隠れて見えなくなっちゃうだけで

 本当に消えてしまう訳では無いでしょ? 私も霊華さんに隠れて見えなくなるだけで

 消えたりはしないから。それにほら、枯葉言ってたじゃん。霊華さんと私には多くの

 共通点が有るって。きっとそれは霊華さんの中に私が居た証拠なんじゃないかな」


「でも、お前が隠れる必要はないだろ! 表舞台でずっと輝けば良いだろ!?

 小説家になる夢はどうしたんだよ!」


俺は家でやれば近所迷惑になるほどの声量で自棄になりながら叫ぶ。

周りに人が居なかったことに感謝だ。


「うーん......枯葉に面白いって言ってもらえたから別にもう良いかなぁ。枯葉も薄々

 気付いてるんでしょ? 私をこのままにしながら、霊華さんを取り戻すことは

 出来ないんだって。そりゃそうだよね。霊華さんも私も元は同じ人間なんだもん」

 

「・・・・」


「でも、タダで霊華さんに全てを任せてあげるつもりは無いの。霊華さんのせいで私の

 恋が成就することは無かった。だけど、霊華さんは私なんだから霊華さんと枯葉が

 幸せになったら実質それは私と枯葉が幸せになったのと同じことなんじゃないかって

 思ったの。だから霊華さんには私の代わりにしっかり幸せになって貰わなくちゃ」

 

「......また、霊華ではなくお前本人として会うことは出来るのか?」


俺の質問に真白が少し沈黙する。


「それはどうだろ。運命次第じゃない? というか、今日も何と無く霊華さんに

 交代出来るような気がするだけで成功する確証は何処にも無いんだけど」

 

真白の表情は全く変わっておらず、ただただ白い笑顔を浮かべるだけだった。

本音を言うと今すぐに彼女の手を握って家に帰りたいのだが真白が幽霊の能力を

有している以上、俺に出来ることは説得しかない。


「真白、頼むから一緒に家に帰ってくれないか? そして今日のことはお互いに

 全部忘れよう? な?」


しかし、俺の説得に真白は聞く耳を持たず首を振った。


「嫌。枯葉と一緒に楽しんだ夏祭りを、一緒に観た花火を、月を忘れるなんて」


「っ......!」


「それじゃあ、そろそろ一旦お別れだね。霊華さんに宜しく」


真白が別れを告げた。駄目だ。引き留めなければ手遅れになる。そう思い俺が一か八か

彼女の手を握ろうとすると、あの美しい三日月が眩しい程のフラッシュを焚いた。

俺の視界が真っ白になる。もう、彼女の手が何処にあるのかも分からない。


「それじゃあ、バイバイ。きっと私を見付けてね」


俺は広い白の世界で最後にそんな真白の言葉を聞いた。


あらすじにも書きましたが『頑張れ!』など、一言でも良いので感想を頂けると嬉しいです!

また、評価、ブクマ、レビューもお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ