二十位 星の無い夜空に咲く花々と未完成な白蛇の涙
月島と別れた俺達は、ネットの情報を頼りに花火がよく見えるという
穴場スポットに向かった。
「人、めっちゃ居るんだけど......此処、本当に穴場なの?」
「知らん」
どうやら月島の言葉は正しかったらしい。『花火のよく見える穴場』には既に
大勢の人が溢れていて、とてもじゃないが落ち着いて花火を見れるような場所では
無かった。現代社会ではメディアリテラシーが求められると言うがそれは真実
なのだろうと痛感させられる。
「えっと......どうする?」
「いや、どうもこうも他の場所に移動する時間なんて無いし此処で花火を
待つしか無いだろ。確かに暑いし、人多いけど」
「分かった。折角だし、リンゴ飴でも食べながら待と」
真白はそう言うと首に掛けたバッグからリンゴ飴を取り出して俺に渡してきた。
俺の拳程もある巨大なリンゴ飴だ。一体、食べきるのにどれだけの時間が
掛かるのだろうか。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、頂きます」
真白は自分の分のリンゴ飴をカバンから取り出すと、ペロリと一舐めした。
「どうだ?」
「......ただの砂糖の味なんだけど、凄く特別な味がする」
「雰囲気に呑まれるタイプだな」
「もう、本好きの癖にロマンが無いんだから」
前にも言ったが、俺は食えないロマンより食えるマロンが欲しい。
本好きだからってロマンが有ると思うなよ。
「ロマンなんて有っても一円の足しにもならねえだろ。小説家になりたい訳でもないし」
一応、俺は小説を書いたことが無いわけではない。一度だけ小説の執筆に挑戦
してみたことが有るのだ。結果は惨敗だったが。恐らく俺は書く方よりも読む方が
性にあっているのだろう。
「......そっか」
真白が静かに俯いたとき、突如鋭い笛の音が鳴り響き、次の瞬間には大きな爆発音が
大地を揺らした。慌てて空を見上げた俺の瞳に映り込んできたのは大きな牡丹の花。
「真白、今の見たか?」
「うん、見た。あ、ほらまた......」
真白の指差した方向に目を向けると、其処には決して純白とは言えないオレンジがかった
白色の蛇が天に昇っていくところだった。しかし、その白蛇の願いは届かない。白蛇の体は天には程遠い位置で爆ぜ、大きな菊へと姿を変えた。
「......綺麗だな」
周りの喧騒や人の多さなどは全く気にならない。次から次に我こそはと白蛇達が
競い合うように天を目指し、天に届かず爆ぜて花となる。そんな白蛇達が命を
燃やして咲かせた花は皮肉にも美しく、人々を魅了した。
「ねえ、枯葉」
「どうした?」
真白の顔は空を見上げていて、俺の顔を見てはいない。話し掛けてきた彼女が
此方を向かないなら、俺が彼女の方を見る必要もないだろう、ということで
俺も夜空を見上げながら答えた。
「私ね......」
真白が何かを言おうとしたとき、様々な花が咲く中でも一際大きな花が咲き
『ズドオンッ』という轟音が響いた。
「すまん、花火で聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「あ、うん......えっと」
神の悪戯だろうか。先程の花火に感動した人々が大きな声で口々に喋り出したせいで
またしても真白の声は遮られた。人々が声のボリュームを下げる気配はなくそれどころか
更に派手になっていく夜空の光に彼らのボルテージははどんどん高まっていく。
これは花火が終わるまで真白の話を聞くことは出来そうにない。
それから数十分後、やっとフィナーレに入ったようで空は爆竹のように弾ける花々で
埋め尽くされた。人々の中には飲酒をしている者もいるようで大声で叫んでいる者も
一定数見受けられる。かく言う俺も宵の夏の魔法に掛かってしまったらしく星の
見えない夜空から目を離せないでいた。
フィナーレが終わり、空が静寂に包まれると不思議なことに人々も同じように静かに
なった。殆どの者が帰り支度を始め、支度の必要の無い者はもう続々と帰り始めている。
「さて、俺達も帰るか」
華々しい花々の余韻に浸って、うっとりとしている真白に俺は話し掛けた。
「嫌」
「は?」
「嫌。まだ帰りたくない」
「......もう、八時回ってるんだぞ? 早く家に帰らないと危ない」
「危ないって何が? 私は幽霊。霊体化も実体化も使いこなせるし、空だって飛べる。
霊華さんは枯葉の守護霊だったんでしょ? それなら私も枯葉を守るからもう少し
此処に居よう? ね、良いでしょ?」
真白は今にも泣き出してしまいそうな表情で俺に哀願した。
「そんな子供のようなことを......」
「だって、子供だもん」
俺が呆れたように話そうとすると、真白はそれをそんな言葉で遮った。
何だか、肩透かしを食らったような気分だ。
「枯葉は確かに高校2年生かもしれないけど、私は死んだときの私、中学2年生の
紅葉谷真白のままなの。こんな体で生まれ変わっても約3年間の空白の時間を
嘘にすることは出来ない。確かに紅葉谷真白という人物は5月14日に死......」
「黙れっ!」
鋭い瞳と鋭い声、そして今にも壊れてしまいそうな表情の真白を見て俺は思わず
そう叫んでしまった。
「......ごめんなさい」
「いや、今のは俺が悪かった。すまん。でも取り敢えず今日はもう帰るぞ」
俺は強引に真白の腕を掴むと、そのまま連れて帰ろうとした。しかし、真白は
霊体化することで俺の手から逃れてしまった。俺の心に形容の出来ない焦りと
怒りが立ち込めてくる。
「何で、そんなにも私を帰らせたいの?」
真白が俺の目をじっと見て、聞いてきた。
「......此処に残ったら、お前が消えてしまいそうな気がする」
「え?」
「何でか分からないんだが、早く帰らないと......折角、再開できた大切な人が
また何処かに行ってしまいそうな気がするんだよ。そんなのはごめんだ」
何の根拠も無いのに、こんな焦燥感を感じるだなんて我ながら可笑しな感覚だと思う。
立て続けに非現実的なことが俺の身の回りで起こっているせいで俺の精神が壊れて
しまったのかもしれない。でも、彼女の言う通りにしたら必ず彼女を失うことになると
空に浮かぶ未完成の月が囁くのだ。
「ふふっ、そんなことあるわけ......」
「無いよな。分かってる。無いのが一番良いんだ。お前と別れるようなこと俺は
絶対にしたくないから。それを前提に頼む。俺の我が儘を聞いてくれないか?
それだけで俺の気持ちは楽になる」
俺の戯れ言を笑い飛ばす彼女に、俺は頭を下げてそう頼んだ。
「大丈夫」
すると、真白は俺の手をぎゅっと包み込み月のように綺麗な笑顔でそう言った。
「私はずっと枯葉と一緒に......は霊華さんが許してくれないかもしれないけど
私は生きるから。絶対に居なくなったりしないから。だから、安心して。
私はもう少し、此処に居たいの。駄目?」
そんなことを言われたら、断れないじゃないか。
「分かった。約束してくれるなら」
「うん、絶対約束は守るよ」