二位 契約 (前)
二位目はすこし長いので前と後に分けました。どぞ!
懐かしい夢を見た。まだ、小学生だった頃の俺と彼女が一緒にトランプをしていた夢だ。
生まれながらにして病弱だった彼女と生まれながらにしてインドア派だった俺は好きな
本が同じだったということを切っ掛けに仲を深めていった。しかし、彼女が中学生に
なると同時に持病の白血病が悪化し病室で彼女は寝たきりになった。
俺は悲痛な叫びを上げる心をどうにか押さえて毎日の様に見舞いをしては彼女を励まし
面白い本を見つけてはせっせとプレゼントしていた。そして中学生になってから初めての
冬に彼女の家族を伝ってだが、彼女の主治医からこんなことを聞かされることとなる。
『真白さんの白血病は治らないと思っていましたが、もしかしたら治療が可能......
場合によっては完治するかもしれません』
何があって主治医がそう判断したのかは分からないが、兎に角真白の家族は大喜びし
この俺も彼女の病が完治することを信じてやまなかった。強い真白なら必ず治る。
治らない筈が無い、と。周りがそんな風に大騒ぎするなか、真白は何の皮肉か5月14日。
自らの誕生日に息を引き取った。
「......畜生が。何でだよ。真白は頑張った。この世は一体、何時から頑張った人間が
報われない世界になったんだよ! お願いだから、真白を返せ.......返せよぉ!」
勢い良く俺が叫ぶと、その声はまるで自分ではない誰かの声のように耳から聞こえた。
この感覚には覚えがある。寝ているとき自分の寝言が聞こえるのと同じだ。
「......朝か」
全く、嫌な夢を見た。前半は真白似の幽霊に首を絞められて殺される夢。後半は真白が
生きているときの夢と死んだときの夢である。正月頃にやる豪華特番番組では無いの
だから精神的に来る夢は止めて貰いたい。
俺は取り敢えず、ベッドから起き上がろうと枕の横に手をついた。すると、何だか変な
感触がする。枕の横はベッドの筈なのだが自棄に冷たい肌のような手触りがしたのだ。
まあ、寝起きだし触覚がまだ鈍いのだろう。何と無く、この下りに既視感を覚えながらも
その肌のようなものに体重をかけて俺は起き上がった。すると、俺の目の前には
「はい、ヒュゥゥゥドロドロドロ~。うらめしや~。昨夜はだいぶ良い反応を
してくれましたね。驚きすぎて貴方気絶しちゃったから、わざわざベッドまで
運んだんですよ?」
偽守護霊、いや偽真白が居た。
「ヒィィィィィィィィィィ!」
不意打ちで彼女が現れたこと、夢だと思っていたものが現実だったこと、死んだ筈の
真白と本当に見た目が一緒の人物が居ること、そんな様々な要因が合わさって俺は
一番鶏にも負けない叫び声を上げた。
「あ~、驚いてくれるのは嬉しいんですけど、昨日の今日ですしお腹一杯
なんですよね。供給過多と言いますか」
偽真白は本物の真白には無い、青い髪をかきながらボソボソと言った。
やはりコイツの存在を認めることしか俺には出来なさそうだ。
「やっぱり、昨日のはお前だったのか?」
「見たら分かると思いますけど、そうですよ。昨日、貴方を驚かせて
気絶させちゃった悪霊は私です」
偽真白の無表情ながら、少しだけ得意げそうにニヤリと笑う姿はとても本物の
真白に似ている。
「やっぱり、俺の守護霊......なのか?」
昨日の金縛り、青い人魂、そして真白と酷似したその姿。俺はコイツが幽霊だという
ことを認めざるを得なかった。幽霊じゃないというなら真白の従兄弟か何かで人魂を
出すマジックが得意な毒を操る暗殺者、ということになるのだろうか。いや、幽霊と
同じくらいあり得ないな。
「守護霊? 何のことですか? 違いますけど」
偽真白は『何言ってんだ、コイツ』と言うかのような表情で俺を見た。
「え?」
「え?」
「いや、だって......幽霊なんだろ?」
「幽霊ですけど?」
「だったら、守護霊だろ」
俺の断定したような言い方に偽真白は心外だとばかりに不満そうな表情で口を開いた。
「いやいや、何でそうなるんですか。私は確かに幽霊であり亡霊ですけど
貴方の守護霊なんかじゃ全く有りませんよ?」
「はあ?」
「はあ?」
どうも話が噛み合わない。
「いやだってお前、俺が守護霊を見る儀式をした後に現れただろ?」
「へ? そうなんですか? 知りませんよ。そんなこと。私はただ、真夜中に一人で
鏡の前に立っているというシチュエーションに目をつけて後ろから現れたら
驚くだろうなあ、と思ったから現れただけです。そもそも人間が何をしたって
幽霊を見るなんて無理ですよ」
「......そう、なのか?」
やはり、守護霊を見る儀式なんて胡散臭いと思ったのだ。無事にこれで奴の言っていた
こともガセだったと分かった。何せ、本人ならぬ本霊がそう言っているのだ。勝ったな。
なんか論点がずれている気がするが。
「じゃあ何で昨日、俺を殺そうとしたんだ? 今は敵意は無いみたいだが」
昨日は金縛りのせいで麻痺していたせいか、あまり殺されることへの恐怖は
無かった。しかし、今思い返すと中々に恐ろしい体験だったと思う。
「殺そうとしたんじゃなくて、殺す真似をしたんです。先程も言いましたが私達
幽霊は人を脅かすことをモットーとして生きてますから。人間の三大欲求が食欲
性欲、睡眠欲なら幽霊の三大欲求は脅かし欲、性欲、生欲です」
「性欲が二回あった気がするんだが?」
「最後の生欲は、生きる欲求と書いて生欲です。幽霊はもう死んでいるので
生者の放つ、生の暖かみが無くなると気が狂いそうになるんですよ」
何それ怖い。
「というか、生きる欲求の生欲を除いてもきちんと性欲は有るんだな。
食欲と睡眠欲は無いのに」
何故、俺は前まで全く信じていなかった霊をこんなにも当たり前のような
存在として受け入れているのだろうか。自分でも不思議になる。
「性欲は食欲とか睡眠欲と違って精神的なものなのできちんと有ります」
「はあん......因みにお前、名前は?」
俺は自然と名前を聞き出そうとした。彼女は自分を真白と言うだろうか。
「幽霊って、基本的に生前の記憶が無いので今のところ名前は無いです」
「ああ......そっか」
生前の記憶が無い、そう来たか。確かに最もらしい説明だ。
「もしかして、私の生前を知ってたりします?」
考え込む俺を見て、本真白の疑いがある幽霊が聞いてきた。変に鋭いところも
真白に似ている。というか、本真白って発音が本鮪と似ている気がする......
どうでも良いか。
「・・・まあな」
俺は静かに頷いて彼女の顔を見た。見れば見るほど懐かしい顔だ。
「あ~、やっぱりですか」
「というと?」
「常識的に考えて下さい。今、私は貴方の前に現れていますが一瞬驚かせるだけなら
兎も角、こんなに長い間、幽霊が現れるようなら全国で大ニュースになっていると
思いません?」
幽霊だの、生欲だのと言われた後に常識的に考えろとは中々に理不尽だと思うが
確かにそうだ。
「ということは今、お前が此処に居るのは驚かせる以外の重要な役割があると?」
「いや、重要な役割って程じゃないんですけど~」
そう言いながら本真白はユラユラと動いて、顔を俺の顔の前に近づけてきた。
俺の唇と彼女の唇の距離は僅か4cm程。互いの吐息が感じられる程の距離だ。
「ちょっ、何して......」
「どうにもこうにも枯葉さん、貴方のことが気になって仕方がないんです。多分生前の
私の記憶の残滓の様なものが私の感情へと作用してるんだと思います。どうでした?
生前の私。貴方の彼女とかでしたか?」
「い、いや......違う。取り敢えず顔、離せ」
異性に急接近されてこんなにも挙動不審になるのは俺が経験不足だからだろうか。
心臓の鼓動が自分でも聞こえ、息が荒くなった。
「その反応を見る限り、少なくともただの友達では無かったみたいですね」
そう言うと、彼女はまたユラユラと蝋燭の様に動きながら俺から離れた。
「・・・やっぱり可笑しくないか?」
「何がですか? もし、幽霊じゃないって言うならもう一度金縛りとか人魂とか
何なら鏡に映らないとかだって......」
「違う。それも本当は信じたくないんだが、取り敢えずはお前が幽霊だと仮定して
その先だ。もし、生前のお前。紅葉谷真白の記憶の残滓がお前の感情に作用して
お前が姿を現しているとするならば、お前以外にもそういう事例が出る筈だろ」
この世界は広い。毎分、数えきれない命が亡くなっている。その命の消失は必ずしも老衰
などの安らかな物ではなく、小さな子を遺して死んだ母、思い人に思いを告げることが
出来ずに死んだ少年少女など現世に悔いを遺して死んだ者も多い筈。その度に記憶の
残滓が幽霊へと影響して、悔いがある者達の所へと行っていたら大ニュースになる筈だ。
「枯葉さん。あんまり、勘が良すぎると長生き出来ませんよ」
「幽霊に言われると説得力あるな」