十七位 被害が肥大して滑稽な恋歌が歌われる
ども、蛇猫ですっ! ......言いたいのはそれだけです! どうぞ!
「ねえ、枯葉」
「あ?」
「このぬいぐるみ、可愛いね」
「あっそ」
あの日、『霊華』がゲームセンターで手に入れた黒猫の人形を『真白』が
抱き上げて言う。太陽が沈んで大分経つ、深夜のことだった。
「何か、枯葉に似てない?」
「......どっかの誰かさんも同じこと言ってたな」
「え?」
「いや、何でもない」
霊華の意識を上書きするように突然、真白が現れたあの日から丁度一週間。
俺は全て夢なのだと思っていた真白に、この世界は紛れもない現実の世界
なのだと教えた。初めのうちは、自分が幽霊になったことに酷く動揺していた
ものの、一週間が経った今、真白はすっかり俺との同居生活に順応している。
「うーん......でもやっぱり、何か可笑しい気がする」
「何がだ?」
「枯葉は寝たきりの私を1ヶ月くらい前に私のお墓で見つけて、自分の家まで連れて
帰ったんだ、って言ってたじゃん。それで私がこの前、やっと目覚めたんだって」
「言ったな」
俺は霊華の存在を真白に教えることは無かった。真白はとても優しく
傷付きやすい。そんな真白に霊華のことを教えたらどうなるだろうか。
面倒なことになるに決まっている。
「確かに私が寝たきりだったなら、私が幽霊になったことに対しての心の整理は
出来たかもしれない。でも、普通私がふわふわと飛んだり姿を消したりするのを
見たら驚くでしょう? だけど枯葉は全く驚かなくて、リアクションすらしなかった」
頬を左右からビシバシと叩くように真白は、俺の矛盾点を突いてくる。
流石、真白。頭の良さは幽霊になっても変わっていないようだ。
「・・・・」
「それで思ったの。まるで枯葉、私以外の幽霊を知っているみたいだなって。
このぬいぐるみ、枯葉のじゃ無いでしょ? 明らかに枯葉の趣味じゃないし。
友達にでも貰った?」
「え、ああ......うん」
俺が慌てて答えると真白は『へえ~』と言って黒猫の人形を撫でた。
「その友達の名前は?」
「う......」
適当な人名を答えれば良かったのだが突然の質問だったため俺は狼狽えてしまった。
ヤバい。どんどん墓穴を掘っていってるような気がする。
「もしかしてその友達、霊華って名前だったりする?」
そして、極め付けがこれだ。
「何処でその名前を?」
「今、枯葉に貸して貰ってる部屋に机があるでしょ? あの机の引き出しに
紅葉谷霊華っていう字のいっぱい書かれたコピー用紙が入ってたの。霊華さん
自分の名前を相当、気に入ってたみたいだったよ?」
......驚き。恐怖。諦め。安堵。そんな感情が一度に俺へと流れ込んできた。
そもそも、勘の鋭い真白をお粗末な小細工で欺けるはずが無かったのかもしれない。
「何時気付いた?」
「昨日の夜。枯葉の様子が可笑しいな~、って思ってたのはずっとだけど。
やっぱり、私の身体には霊華さんって人がいたんだ」
「......黙っててすまん」
「謝ることないよ。枯葉は私のためを思って隠してくれてたんでしょ?
『私が霊華さんを消してしまった......』って、自責の念に苛まれないように」
真白は自嘲の苦笑を浮かべながら、俺の考えを見事に当ててきた。
その表情には何処か影がある。
「......まあ」
「実際、そうなんだけどね。昨日の夜はそのことでずっと悶々としてた。
幽霊だから眠ることも出来ないし、地獄の夜だったよ。枯葉は私のこと恨んでる?」
「真白は恨んでないが、こんな訳の分からない状況に俺をした奴を死ぬほど恨んでる。
真白ともう一度会えたのは本当に、本当に嬉しいんだが霊華を失った上での再会
だから素直には喜べないんだよ。ごめんな」
霊華を失い、真白と再会するという皮肉な再会への怒りからきたものだろうか。
気付くと俺の瞳からは何滴もの雫が滴り落ちていた。
「......ごめん。本当にごめんなさい。死人の私がでしゃばったせいで
霊華さんを消してしまって」
真白の目はハイライトが消え、深い深い池の底のように暗くなっていた。
「真白は悪くないって」
「かれは......」
☆
それからのことはよく覚えていない。覚えているのはあの後、スイッチが
入ったように二人して泣き崩れたことだけだ。
「真白、昨日はごめん」
俺は真白と朝食のコーンフレークを食べながら、そんな曖昧な謝罪をした。
「ううん。私もごめん......」
真白の目元は盛大に泣いたせいで腫れていて、涙痕が目立っている。
自分では分からないが、恐らく俺も同じなのだろう。
「......家族には会いに行かないのか?」
「うん。幽霊になった、なんて信じて貰えるか分からないし。何より皆が
私のことを死んだと思っているとか、何か怖い」
「そっか」
このコーンフレーク、甘さが少ないな。牛乳を少し入れすぎただろうか。
そんなことを考えながら俺は黙々と朝食を摂った。
「......霊華さんって、どんな人だったの?」
俺が甘さ控えめのコーンフレークの牛乳を飲み干すと、不意に真白が
そんなことを聞いてきた。そう聞かれると困る。霊華はどんな奴だったか。
「何時も明るいんだけど少し陰気な感じの奴で、短気で、その癖変なところ
謙虚な奴、って感じかな」
「枯葉は霊華さんが好きだったんだ」
「......ああ。俺は霊華が好きだった」
何時もの俺なら当然、否定したであろう真白の言葉を、俺は力なく肯定した。
俺は霊華が好きだ。腹の立つ笑みを浮かべる無邪気な霊華が好きだ。軽口を
叩き合える霊華が好きだ。なんやかんや言いながら、一緒にいると楽しい霊華が
好きだ。彼女と会ってから二ヶ月も経っていないが、本当に俺は霊華を愛している。
なんて考えたって、本人には届かないのに、俺は罪滅ぼしのように愛を歌った。
そうしたときだけは気が楽だった。霊華が側に居るような気がした。しかし、この
愛の歌は麻薬のようで一時の安らぎを俺に与えてくれた後、とてつもない虚しさが
俺を襲い、心に空いた穴を無理やり広げていくのだ。失ってその大切さに
気付いたなんて、滑稽過ぎる。
「......私も枯葉のこと、好きだったんだけど負けちゃったか。
でも、霊華さんも私みたいなモノだから完全に負けではないのかな?」
「霊華もバームクーヘンが好きだった。霊華と真白は別人だが霊華が
お前の影響を受けていたのは間違いないな」
「そっか。私は取り敢えず、枯葉に想いを伝えれたからノルマは達成かな。
まあ、気長に待ってようよ。私が消えて霊華さんに戻るのを」
その言葉は自嘲のモノではなく、俺への同情を含んだモノでもなく
真白の本心から出た言葉に聞こえた。
「......言っとくが折角真白と再会したのに、別れるつもりは無いぞ。真白は真白で
ずっと居て欲しい。勉強がしたいなら今時、通信授業とかも有るだろうし。アルバイト
とかは住民票がいるらしいが......まあ、どうにかなるだろ。真白の決心が付いたら
家族に会いに行くのもいいと思うし」
病弱だったせいで体もロクに動かせず、夢もあっただろうに中学生で死んでしまった。
そんな真白が幽霊として、新たな人生を歩むのを誰が咎められるだろうか。神への冒涜
だとか宣う者が居るなら俺がぶん殴ってやりたい。力で負けるのは目に見えているが。
「でも」
「真白はこのまま成仏したいのか? 俺の知ってる真白は体は弱くても気は
結構、強かったと思うんだが」
煮え切らない態度を取る真白にそう聞いた。真白が幽霊として生きるのを嫌がって
いるなら、真白に新しい人生を送って欲しいと言う俺の望みはただの偽善だ。
彼女の意見が一番大事だろう。
「私は確かに......やりたいことも、夢も有るけど。でも、霊華さんが」
「俺は霊華を絶対に取り戻す。真白も絶対に消えさせない。幽霊なんて奇っ怪な
存在がいる世界なんだ、常識を捨てなきゃな。絶対に霊華と真白を両立させる
方法がある筈だ」
俺が柄にもなく強い決心をすると、真白がそれを見て何故か急に笑いだした。
「ふふっ。私と霊華さんを両立させるって、何だか二股してる人の言うことみたい」
「うるせえよ」
何だか、悶々とした気分が晴れていった。喪失感ばかり感じてはいられない。
真白が戻ってきたのだ。口を大きく開けて喜ぼう。霊華は絶対に帰ってくるのだから。
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