十六位 杳として見えない、君の未来、姿。
はいども! 翼蛇猫でしゅ!
新型コロナウイルスで世の中は大変ですが、そんな皆さんに私は少しでも楽しみを
送りたいと思っています。拙い文章ですが、どうせ無料ですので楽しむだけ楽しんじゃって下さい!w
最近、病気が良くなってきたらしい。もしかしたら完治も有り得ると医者が
言っていた。完治と言うからには、退院して、外を自由に歩けるようになって
枯葉とずっと一緒に居られるということだろう。完治したら、枯葉と二人っきりで
何処かに行きたい。
♥
私は最近、気付いたことが有る。それは私が枯葉のことを心の底から
大好きだと言うことだ。最近、何度も何度も枯葉の夢を見る。でも
やっぱり枯葉に想いを伝えるのは恥ずかしい。
♥
「ふう......遊びましたね!」
「主に楽しんでたのは月島とお前だけどな」
「と、言いつつ結構、楽しんでた神内木なのであった」
「黙れ」
スマホを確認すると、時刻はもう五時半。早いところならもう
夕飯の準備を始めている時間だ。
「それじゃ、俺はバスだから此処で解散だな」
霊華に取って貰ったゲーム機の袋をぶら下げた月島が手を振りながら言う。その袋が
揺れる度に三万円のゲーム機を果たして百円で手に入れて良いものなのかと疑問に
思うがこればかりは店側の設定ミスということにしておいて貰おう。
「ん。じゃあな」
「さようなら! また、一緒に何処か行きましょうね!」
「おう! その時までには恋人作って、お前らに甘ったるいやり取りを
見せてやるからな!」
月島はもう一度大きく手を振ると、沈みかけている夕日を追いかけて行った。
「さてと、俺達も帰るか」
「......はい。了解です」
そんな霊華の返事は、何時もと比べて活力が感じられなかった。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「い、いえ全然大丈夫です。気にしないで下さい! さ、帰りますよ!」
何処と無く痩せ我慢をしているように見える霊華を不審に思いながらも
俺は頷いた。取り敢えずは家に帰ろう。霊華の体調チェックはそれからだ。
「それにしても、何でそんな可愛いげの無い猫の人形が欲しかったんだ?」
目付きが悪く、ふてぶてしい表情をしたその黒猫はどう見ても可愛くは見えない。
こんな人形を欲しがる霊華の感性は少し特殊なんじゃないだろうか。
「何ですか、枯葉さん。同族嫌悪ですか?」
「は?」
同族嫌悪......脈絡のない単語を吐く霊華に俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。
「この猫、枯葉さんにそっくりだったから欲しかったんですよ。ツリ目で終始何処かを
睨んでいるようなこの目付きも、ふて腐れたようなこの顔も、如実に枯葉さんの
容姿と心を表していると思います」
『俺(猫)』の肉球を愛おしそうにぷにぷにする霊華。その顔には満ち足りたような
嬉しそうな表情が広がっていた。
「お前、馬鹿にしてるだろ」
「いいえ、してませんよ。私は枯葉さんのそういうとこも嫌いじゃないですから。
だからこの猫も可愛いです」
俺はすっと、顔を月島の消えていった夕日の方へと逸らした。
「......あっそ」
俺が何とも形容のし難い気恥ずかしさに震えていると、俺の後ろから
ゴンッ、と鈍い音がした。霊華が立っていた方だ。
「霊華?」
俺が振り返ると、其処には地面に横たわっている霊華の姿があった。慌てて体を
揺さぶって声を掛けてみるが、返事はない。気を失っているようだ。気絶しているの
だから、ただ転んで怪我をしたというのとは訳が違う。だというのに周りの大人達は
見向きもしない。こういった非常事態には人々の非情さを本当に痛感させられる。
「取り敢えず......駅まで運ぶか」
此処は人々の往来が激しい道だ。救急車とかは安静に出来る駅に着いてからで
良いだろう。幸い駅までは三分で行ける。
「まあ、此処で良いか......」
霊華を駅まで運んだ俺は改札前のベンチに霊華を座らせた......いや、座らせようとした。
先程から妙に軽いな、と思っていたら、何と霊華の体は浮いていたのだ。俺が霊華を
ベンチに寝かせようと手を離した瞬間、ベンチよりも高い位置にまで霊華は浮かび上がり
静止することなくフワフワとその場で揺れ始めた。俺は慌てて辺りを見渡す。
今日の霊華は全ての人間に見ることが出来るようにしていた筈だ。宙を浮いている
姿なんてとてもじゃないが人に見せられない。そんな俺の気持ちを踏みにじるかのように
人々の往来は止まらず、一人の女性が此方へと向かってきた。
「あ、えと」
「......?」
俺が何とか霊華のことを誤魔化そうとすると、女性は不思議そうな顔をしながら無言で
ベンチに座ろうとした。そんなことをされたら実体化している霊華は潰れてしまう。
慌てて、俺は浮いている霊華を抱き抱えた。どうやら女性には霊華の姿が見えて
いないらしい。浮いているのも変だし、気絶した途端に切り替わったのだろうか。
取り敢えず、電車に乗って家に帰ろう。病院に連れて行ったところで今の霊華は
恐らく、俺以外見ることが出来ない。仮に見れたとして幽霊に医療が通用するのか
という疑問も有るが。
☆
「目覚めてくれよ......?」
俺は霊華を自室のベッドに寝かせて、そう呟いた。大丈夫。霊華は幽霊なのだから。
死ぬ筈が無い。一度死んだものがもう一度死ぬなんてこと、あり得ないだろう?
そんな風に俺は焦りと恐怖で可笑しくなりそうな自分を宥めることしか出来なかった。
しかし、どうにか平静を保とうとする俺に追い討ちを掛けるかのように嫌な考えが
脳裏に過った。
......いや、待てよ。幽霊『だからこそ』消えてしまう可能性も有るんじゃないか?
仮に霊華の存在理由が真白の『俺のことが好き』という気持ちを俺に伝え、俺と両思いに
なることだとするならば、その気持ちが満たされた場合、霊華はどうなってしまうの
だろうか。成仏してしまうんじゃないのか? 何とも荒唐無稽な話だが幽霊が存在する
以上、その可能性を否定することは出来ない。
「......あっ、あああああああっ」
俺の頭の中は霊華を失ってしまうんじゃないかと言う不安と絶望に埋め尽くされ
体がクラクラとした。い、いやでも今までも交際しながら同居してたしそんな急に
成仏の条件が満たされる訳......
―――何たって枯葉とこうやって外を歩くなんて私、中々出来なかったしね。
「あ、あ、あ......」
だいぶ前になるが、霊華と初めてデートをしたときに一瞬、真白のモノと思われる
言葉を霊華が口にしたのだ。あの言葉が本当に真白のモノだったとするなら今日の
三人での外出が成仏の条件を満たしてしまったのでは......?
「はははっ。霊華、また明日な」
無理に笑顔を作って寝たきりの霊華にそう言い残すと、俺はそのまま自分の
部屋のベッドに潜り、そのまま現実逃避の如く眠ることにした。明日になれば
絶対に元の霊華に戻っている筈だ......。
「えっと......おーい!」
翌朝、俺のベッドの横から霊華の声が聞こえた。霊華が俺のことを起こしに
来てくれたのだろう。昨日のことは夢だったのかもしれない。
「今、起きる......よっこらせっ」
年寄り染みた掛け声と共に起き上がると、やっぱり其処に居たのは霊華だった。
「......本当に枯葉だ」
「何が『本当に枯葉だ』だよ。俺の家に俺じゃない奴が居たら可笑しいだろ。
それと、俺の呼び方。呼び捨てに変えたのか? 別に良いけど」
若干、『枯葉さん』という呼び方に愛着が湧いていたので変えられると
少し寂しい気がする。
「......? 枯葉は私が此処に居ること、驚かないの?」
「そりゃあ気絶から目を覚ましたんだから少しは驚いたけど......」
「私、気絶してたの?」
「ああ、月島と別れた後直ぐにな。全く」
人騒がせな奴だ、そう言うより先に俺の耳には霊華の言葉が飛び込んできた。
「月島って誰?」
「・・・・」
不思議そうに純粋な顔で俺に質問をする霊華。何を考えているのだろう。
「もしかして......これって一種の走馬灯? 枯葉とのこんな思い出無い筈だけど」
止めろ。
「・・・・」
「ま、夢みたいなモノっことで結論付けとこ。夢だったら何しても構わないよね?」
止めてくれ。
「・・・・」
「枯葉? 何で黙ってるの?」
そんな喋り方をしないでくれ。
「・・・・」
「黙ってるなら、抱きついちゃうから。夢なんだし、良いよね?」
霊華はそんな喋り方はしない。
「・・・・」
「よいしょ。枯葉、大好き」
霊華のような幽霊はそう呟きながら俺のことを抱き締めてきた。しかし、放心していた
俺に、それを止めることは出来なかった。
「・・・・」
「私、死ぬかもしれないけど、現実の枯葉にこの気持ちを
伝えるまでは死にたくないな」
本当は最初の段階で気付いていた。彼女が俺のことを呼び捨てで呼んだ時点で
何と無く、察していた。しかし、目を逸らしていた。彼女は紛れもない霊華だと。
自分に暗示を掛けていた。
「......お前は、誰だ?」
「私? 私はね」
―――紅葉谷真白って言うの。
その日俺は、二度目の再会を果たし、二度目の別れを味わった。