十五位 ショッピングモール
ふっふっふっ......今日の私は機嫌が良い。バレンタインデーのチョコを枯葉に
渡すことが出来たのだ。本命かどうか? う~ん......書かなくて良いや。
未来の私の気持ちが大事だから!
♥
今日はホワイトデーだった。この前のバレンタインデーと同じかそれ以上に私は
機嫌が良い。なんと! 枯葉からバレンタインデーのお返しを頂いてしまったのだ!
それも凄く良いお店のバームクーヘン! 私は枯葉の気持ちだけで十分だったけどね。
この嬉しい気持ちは死んでも忘れたくないなあ......。
♥
私の入院が決まった。白血病が悪化してしまったらしい。別に学校を気に入ってた
訳じゃないので、あまり悲しくは無い。ただ......ただ、枯葉と会えなくなることだけが
嬉しくないことだ。お見舞い、来てくれるかな?
♥
「バトルモノの映画だったけど、神納木と紅葉谷さんはどうだった?
素直な感想を聞かせてくれよ」
映画観賞を終え、ショッピングモールの映画館から出ると、月島がそんなことを
聞いてきた。まるで自分が製作者だとでも言うかのような口ぶりだ。
「私、映画とか見たこと無かったので凄く面白かったです! あんなに音が
大きいものなんですね!」
「確かに初めての映画だったらそう感じるかもな。俺はよく観に来るから
慣れてるけど......神納木はどうだった?」
「主人公が意図や目的の分からない行動ばかりしていたのが気になった。
......周りに止められてるのに敵に拐われたサブヒロインを助け出そうとして
他の仲間を危険に晒したりする神経が分からん」
ヒロインもヒロインで『デートコースを決めるのは男の役目』とか言う傲慢で意味不明な
理屈を押し付けてくる奴だったし、それに惚れる主人公も主人公だ。宣伝文句にド迫力の
バトルシーン、というのが有ったが蓋を開けてみれば其処まで凝った演出もなく主人公が
敵に追い詰められて覚醒を二度三度繰り返すだけのモノだった。
「か、枯葉さん......」
「悪いが全体的に登場人物の行動理由が曖昧で薄っぺらく感じたな。唯一評価
出来るのはサブヒロインのソフィアのキャラが俺好みだったことくらいだ」
「よくもまあ......タダで観せて貰っときながら其処まで酷評出来るよな」
「素直な感想が聞きたかったんだろ?」
「まあ、うん。そうだな。神納木はそういう奴だ」
勝手に呆れないで貰いたい。俺は月島の『素直な感想を聞かせろ』という
言葉に従っただけなのだから。
「もう解散するのか?」
「いや、折角ショッピングモールに来てるんだからもっと遊ぼうぜ。
な? 紅葉谷さん?」
「え、あ、はい! ショッピングモールも初めてなので色々見て回りたいです!」
霊華は笑顔で月島の言葉を強く肯定した。まあ、霊華が其処まで言うのなら
付き合うのもやぶさかでは無いが......。
「おい、何で霊華にだけ聞くんだよ」
「だって神納木に聞いても......『やだ~もう帰りゅ!』とか言うだろ?」
間違ってはいないが大いに間違っている。何だその口調は
「安心して下さい。この私がいる限り葉っぱを帰らせたりはしませんので」
「お前は何様だよ」
「貴方の守護霊様です」
霊華は不敵な笑みを浮かべると、不意に俺へと抱き付いてきた。『むぎゅう~』
という効果音が似合いそうな力加減で抱き締められる俺は当たり前だが困惑した。
「ちょ、霊華。や、やめろ! って......ひゃいっ!? ちょ、ちょっひょ
精気を吸うにゃ!」
「枯葉さん、滑舌がかちゅじぇちゅになってますよ~」
「当てる胸も無いくせに抱き付くな!」
俺は痩せ我慢で霊華の吸精を耐えるとそのまま、霊華に軽く膝蹴りを入れてやった。
すると、霊華はそれを回避するために霊体化をして体を透けさせた。
「あぶなっ! 何てことしやがるんですか!」
「必要のない吸精はやめろって何時も言ってんだろうがあっ!
今日の俺の体力に関わるんだぞ!」
俺は霊華が霊体化したのを見計らって拘束から抜け出し周囲に迷惑を
かけない程度の声で霊華に怒鳴った。
「だったら、今日の晩御飯は鰻にでもして下さいよっ! 体力付きますよ!
私もたまには高いご飯食べたいんですっ! 後、さっき私の胸を馬鹿にしましたね!?
取り消して下さい!」
「だーれーのっ食費でウチの家計が傾いてると思ってんだよっ!
この貧乳幽霊! お前なんかもやしでも食っとけ!」
「誰のお蔭で体に良い家庭料理を食べれてると思ってんですか! この貧乳趣味の
葉っぱ! 名前の通り枯れ葉になるまで精気奪ってやりましょうか!?」
「なんだとぉ~......待て、何だと? 誰が貧乳趣味だって?」
「アンタに決まってんじゃないですか。アホですか? 馬鹿ですか? 一度
事象の地平面の向こう側に行ってみますか?」
事象の地平面ってそれ、一度入ったら光の速さでも抜け出せない奴。
「はあ? 根拠は? 理由は? エ、ビ、デ、ン、スは?」
「枯葉さんのパソコンに......」
「よし、霊華、それ以上言ったら明日から飯抜きな」
「理不尽過ぎる!?」
「......オイ」
俺と霊華がそんなやり取りをしていると、月島のドスの効いた声が響く。
俺達が驚いて声のした方向を見ると、其処に居たのは鬼のような形相で
此方を睨んで来ている月島のような誰かだった。
「お前ら......俺を置き去りにして、イチャつくんじゃねえよ! ぶん殴るぞ!?
ぶん殴るか!? よし、ぶん殴ろう」
「ナチュラルにぶん殴る方向に持っていくな」
「チッ。あの神納木が何でこんなリア充に......妬ましい妬ましい妬ましい。
恨めしい恨めしい恨めしい」
凄まじい負のパワーが月島から漂う。霊華よりもよっぽど幽霊の才能有りそうだ。
「ア、アハハ。月島さん、じゃあそろそろお買い物でも行きましょうか」
「......分かった。よし、行くか!」
霊華の気遣いのお蔭で、ひとまず月島は機嫌を直してくれたので
取り敢えず一安心だ。
「枯葉さん、枯葉さん! この服可愛いと思いませんか!?」
その後、服屋に訪れると霊華がなにやら黒と白のシックな服を体の前に当てて
見せてきた。何時も霊華は白っぽい服ばかり着ているので黒色が入った服は
とても新鮮だ。
「買わないぞ?」
しかし、ウチに財政的余裕が無いのもまた事実。母さんは霊華も仕送りを
貰っていると思っているので経済的支援もしてくれないのだ。
「......ケチ」
「ケチで結構。俺のケチの上にお前の生活が成り立っていることを忘れんな」
「神納木! 紅葉谷さん! この服良くないか!?」
俺達の会話に割り込むように、月島が服を持って駆けてきた。
何かチャラついてて、イラッとする見た目だったので服の説明はカットだ。
「知らん」
「即答すんな。評価しろ!」
「43点」
「微妙だなオイ!」
だって、女物の服はアニメなんかをよく見てるから評価出来るけど
男物の......それも、チャラついた服の良し悪しなんて分からないし。
★
「服屋の次はゲーセンか」
「ああ。紅葉谷さん、ゲーセンも初めてだろ?」
「はい。全然、知らないです」
ガチャガチャとけたたましく啼く機械が其処ら中に有る騒音だけの空間なんて
知っても良いことないと思うが。
「んじゃ、まずはUFOキャッチャーでもやるか。俺、結構上手いんだぜ」
「どの機種でやるんだ?」
「う~ん......紅葉谷さんチョイスで良いんじゃね?」
月島はそう言いながら、手を霊華の方へ向ける。ゲーセンが初めての霊華に
決めて貰うというのは妥当な判断だろう。
「私ですか? そうですね......アレとか、やってみたいです!」
霊華が指したUFOキャッチャーは至って普通のアームで景品を掴むもので
景品はふてぶてしい顔をした黒猫だった。
「よっし、じゃあ、まずは紅葉谷さんからな!」
「はい。枯葉さん、マネープリーズ!」
霊華がそう言いながら親指と人差し指でお金のジェスチャーをしてきたので俺は
「千円以上は出さないからな......」
と、言いながら百円玉を一枚手渡した。
「ありがとうございます! えっと......横にやって、前にやって、と。
あ、取れた!」
「は?」
俺がそんな声を漏らしたと同時にボトッ、という音がUFOキャッチャーの
取りだし口から響いた。
「紅葉谷さん、マジか......」
月島が引くのも無理はない。落ちかけ、という訳でも無いのにたった一度で
景品を落とすと言うのは控え目に言っても変人の業だ。
「お前、さてはまた変な幽霊の能力使ったな?」
「使ってません」
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「絶対」
「バームクーヘンに誓って?」
「バームクーヘンに誓って」
「Oh,really?」
「Of courseって、どんだけ疑うんですか!? 流石に傷つきますよ!?」
だってどう考えても可笑しいし。
「なあ? つきし.....」
「紅葉谷さん、金は出すからこれ取ってくれないか!?」
「良いですよ~」
「月島ォッ!」
何やってんだこのイケメンは。
「あ、取れました」
「おお、紅葉谷さん、サンキュー!」
「霊華ッ!?」
そして、霊華も霊華で何をやっているんだ。それと、百円でゲーム機を
ゲットするのは店が気の毒だからやめてやれ。