一位目 ヒュゥゥゥドロドロドロ~でうらめしや~な出会い
機械論。それは台風、地震、病気、死。この世で起こる全ての現象の解釈は神や霊
心や精神などの概念的な言葉を必要とせずその全てを機械的に説明する立場である。
自分自身、そんな崇高な考えを持っている訳ではないがその理論は確かに自分の考えと
類似している点が見られた。
一体、何の話をしているのかと思われそうだが俺自身何の話をしているのか
分からない。ただ、一つ言えることが有るとするならば......。
「守護霊? そういう話は何時もの連中とやってくれ。俺はオカルトに興味は無い」
「まあまあ、そう冷たいこと言うなって。どうせ、お前コミュ障だから俺が皆と
話してても自分から会話に混ざれないだろ? だからわざわざ個別にお前に話しに
来てやってるんだぞ」
「それはありがとう。月島君。帰れ」
俺は目の前に居る、如何にもイケメンな少年に告げる。
「まあまあ、話だけでも聞けよ。俺達の仲だろ?」
「お前との仲なんて、知れた物だけどな」
「じゃあ、この学校で俺より話した生徒の名前を一つでも言えるか?」
彼はニヤリとほくそ笑んだ。
「......言えない」
俺は苦虫を潰したような表情で彼、月島湊の言葉を認める。
「じゃあ最低限、学校内で一番話している知人という関係にはなれたな」
「そもそも、お前が一方的に構ってくるだけなんだが」
月島と初めて話したのは、体育の授業でペアになったときだ。俺は運動をしないせいか
体力が少なく、運動神経も良くない。そのため、月島にアドバイスを貰っていたのだが
それ以来何故かコイツはこうして構ってくるようになったのだ。
「いや、なんというか神納木面白いからな」
「それはあれだろ。お前がバリバリの陽キャだから陰キャの俺が物珍しいんだろ。
直ぐにそういうのは飽きるぞ」
「お前、そういう捻くれたことを言うからボッチなんだぞ」
「ボッチ上等。自分の考えを曲げ、媚びへつらって作った友情に何が有るって言うんだ。
それに俺は一人でもまあまあ青春を謳歌している」
残念ながら俺は空気を読み、楽しくも無いのに人に合わせて笑うなんてことに価値を
見出だすことは出来ない。
「神納木って満喫型ボッチだよな」
「満喫型ボッチってなんだよ」
俺は聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべる。
「んと、そうだな。神内木って、一人で弁当食えるか?」
「は? 当たり前だろ」
何を当然のことをいっているのだろうかこの男は。
「一人でカラオケいけるか?」
「カラオケって、一人で行って歌を練習するところだろ」
え、違うの?
「休日なにしてる?」
「家で引きこもって、ネットかゲーム」
これも俺の生活では当たり前だ。
「孤独とは?」
「至高」
「百人の友達?」
「おぞましい」
俺は聞かれる質問に全て、迷うことなく答えた。
「今のお前の回答みたいな感じで、単純に一人が好きでボッチで有ることを
良く思っている奴のことを満喫型ボッチって言うんだ」
「へえ、初めて知った」
満喫型ボッチ、中々良い響きだ。
「まあ俺が今、作っただけなんだが」
「しばくぞ」
「話が逸れたな。それで、守護霊だよ、守護霊」
月島は目を輝かせながら話を戻した。そういえばそんな話をしていたか。
どうでも良すぎて忘れてしまっていた。
「もう、面倒臭いから言いたいことだけ言って何処かへ行ってくれ」
俺は溜め息を吐きながらそう言った。こう言った方が早いかもしれない。
「お、マジか。じゃあ、話すぞ? これは俺の友達が言ってた都市伝説なんだが......」
「話の導入が完全に怖い話とかそっち系なんですけど」
丑三つ時に......とか言い出すんじゃないだろうな。
「自分の守護霊を見る方法があるらしい」
「待て。守護霊がいること前提なのがそもそも可笑しい」
「......夜中の3時丁度に鏡の前に行き、鏡に映る自分の姿を凝視する。時間は30秒
くらいで良いらしい。見終わったら目を閉じて目に焼き付けた自分の姿を想像する」
俺の揚げ足とりを無視し、月島は何やらそれっぽい話をドヤ顔で話し出した。というか
やっぱり丑三つ時は出なかったが夜中という言葉は出てきたな。
「すると何故か頭に浮かんでくるのは自分の全身ではなく人の形をした黒い塊。
目を開けずにその黒い塊を見ていると、黒い塊の見た目はどんどん鮮明になり
最終的には完全に人の姿になる。そうして見えたのが自分の守護霊なんだとさ」
「その辺の中学生が適当に作ったようなクオリティだな」
「分かってたけど、ノリ悪いなお前」
「聞きたくない話を聞いてるんだぞ。肯定まで求めるな」
昔から、そういった都市伝説のような話は好きではない。そういったものを
題材にした物語などは好きだが。
「おい、月島。先生が呼んでるって!」
そんなやり取りをしていると、廊下からそんな声が聞こえてきた。
「了解。今、行く。じゃあな、神納木。明日、どんな守護霊だったか教えろよ」
「え、何。これ俺がやる前提で話......進んでたのかよ?」
慌ててそう聞くが月島は俺の話を聞かずに職員室の方へ行ってしまった。それにしても
夜中の3時まで起きてるとか、かなり健康に悪そうだ。実際にやったとしてもどうせ
成功なんてしないだろうし、明日月島に聞かれたら適当に答えよう。
★
今日の授業が全て終わり、放課後。家までは徒歩20分なのだが、俺は駅のホームに
立っていた。俺の家の最寄り駅から列車で8駅進んだところにある地元の人間しか
使わない寂れたとまではいかないが質素な駅だ。家まで徒歩20分なのにこんな駅に
居る時点で分かるだろうが、俺は別に遠回りして帰ろうとしていると訳ではない。
俺には此処に来なくてはいけない理由が有ったのだ。駅前の花屋で適当な菊を買い
10分程歩くと目の前の敷地には直方体の石が多数見えた。俺はその敷地内に入り
慣れたように進む。目的の石の前には先客がおり俺は立ち止まった。
「ああ、枯葉君。今年も来てくれたのね、ありがとう」
終わるまで静かに待っていようと思っていたのだが、その先客の女性は
俺の存在に気付いた。
「いえ、家族水入らずの時間に踏み入ってすいません」
「そんなことないわ。真白だって、きっと喜んでいる筈よ。あの子
枯葉君のことが好きみたいだったから」
その女性の表情からは無理に笑顔を作っているのが見てとれた。
俺はその言葉を肯定も否定もせずに口を開く。
「菊、買ってきたので手向けさせて貰って良いですか?」
「勿論。本当に毎年ありがとう」
「一年に一回しか来れてないですけどね」
俺は軽く苦笑しながら言った。
「それでも本当に嬉しい。真白のことを忘れていない証拠ですもの」
「そりゃ忘れませんよ。真白は俺の唯一の『友人』ですから」
『紅葉谷真白』そう書かれた、石の前に俺は菊を供えて両手を合わせた。神に祈っている
訳ではない。死人に気持ちが伝わるとも思っていない。ただ、ひたすら彼女との記憶を
追想したのだ。記憶を追想、というと聞こえは良いが要は勝手に思い出して勝手に忍んで
いるだけ。そんな行為が故人への慰めになるとは思っていない。
ただ、残された俺はそうと分かっていてもそうするしか無かった。そうするしか
出来なかった。それ以外で自分の張り裂けそうな気持ちを沈める方法を知らなかった。
「此方こそ毎年、真白の墓参りをさせて頂いて有り難うございます」
「いいえ、そんなこと当たり前じゃない。また、来年も来てくれるかしら?」
「勿論です、お約束します」
俺が大きく頷き、頭を下げるとその女性は笑顔を見せた。
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「......水」
真夜中。俺は自らの渇きを満たすためにベッドから起きた。寝室から出てリビングへと
向かい電気を付けると丁度正面にある時計は夜中の2時53分を指している。
「なんか、忘れてるような......」
特に何の予定も無かった筈だが、その時刻を見たとき無性に違和感に駆られた。
一先ず、水をコップに注いで喉の渇きを潤すと、少しマシな思考力が戻ってくる。
「ふぁ......そうだ、守護霊」
月島にかなり強引、というか半ば強制的に取り付けられた約束を思い出した。
時計をふと見ると54分に分針が場所を変えている。
「......折角だし、やっておくか」
やった場合、もし明日月島にやったかどうかを聞かれた場合、胸を張ってそんなものは
見えなかったと言うことが出来る。一応、やってみる価値は有るだろう。時間を確認する
ためのスマホを手に取り、洗面台の上にある鏡の前に立つ。
そして、3時になった瞬間、鏡に映る自分を凝視する......何だか、一人でこんなことを
やっていて居たたまれなくなってきた。30秒程度、凝視したら目を瞑って自分の
全身を想像する。月島の言っていたことが本当なら此処で黒い塊が見える筈だ。
「って、普通に自分が頭に浮かんだし......」
検証終了。そもそも普通に自分の全身が頭に浮かぶ。守護霊なんてものは勿論見えない。
「よし、寝るか」
目が冴えてくると、どんどん自分のやっていたことが馬鹿らしくなってきた。さっさと
寝室に戻ろう。そう思い俺が振り向くと、何かにぶち当たった。肘などの振り向くとき
最初に動く体の部位に痛く無い程度の衝撃が走る。
「っ。何だよ......」
俺は全く信じていなかったとはいえ、儀式的なことをしていたため急に物と接触した
ことに軽く驚きながら、衝撃に反応して瞑ってしまった目を開けた。
「ヒュゥゥゥドロドロドロ~。恨めしや~」
「......へ」
「ふふん。汝も共に逝かせてやろうぞ~」
「ひゃっ、あがあがああああか! ひっひっひっひっ。
ひいっひいっひくぁwせdrftgyふじこlp !」
本来聞こえない筈の声。聞こえてはいけない筈の声。そんな不気味で酷く
醜悪な声が洗面所一体に響き渡り俺は声にならない、悲鳴を上げた。
「あ、ちょっと! あまり暴れすぎると此処ユニットバスだから穴開きますよ!」
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬめぬぬぬぬぬぬぬ」
「『ぬ』の中から『め』を探せみたいな新手の悲鳴を上げないで下さい」
「大大大大大大大大大大大大大犬大大大大大大大大大大大大大大大」
「言っときますけど、声で『大』の中に『犬』を隠したところで音なんだから
一瞬で分かりますからね? ......というか、貴方あまり驚いてませんよね」
驚く程、冷静なツッコミをされてしまった。というか待て。きちんと聞くと別に化け物
じみた声でも何でもなく普通の少女の声じゃないか。見た目も着ている服やスボンが
若干白くヒラヒラとしており、天冠を着けていて髪が妖しげな青なのでそういう属性の
キャラを彷彿とさせなくは無いが、それを除けば普通の少女だ。......普通の少女は天冠
なんて着けない気がするが。
「あってよかった、スマートフォン!」
俺は時間を確認するために、洗面台に置いていたスマホを素早く手に取り
電話の画面を表示させた。
「あ、ちょっと何する気ですか!?」
「警察へ連絡するんだ。驚かせやがって」
霊なんて居るわけがない。コイツはただの法を破った犯罪者だ。
「・・・・」
俺がスマホの電話画面を開けて、110番を入力したのを見せつけると
偽守護霊は黙った。
「今から全うな国民の権利によってお前を裁いてやるからな!」
「・・・・」
しかし、偽守護霊は俺の完璧な口上を聞いても焦ったそぶりを見せない。そのことを
俺が訝しんだ瞬間、俺の体は全く持って動かなくなった。感覚としては立ち眩んだ時に
近いが、目眩はしない。手の力も無くなったことでスマホを手から落としてしまった。
それを偽守護霊はすっと地につく前にキャッチする
「これは一先ず、預かっておきま......置こう。まあ、二度と手に戻ることは
無いだろうがな。先程も述べた通り、汝には死んで貰う」
「あ、あ、あ」
全く持って体が動かない。これが俗に言う金縛りだとでも言うのか? いや、憶測だけで
物事を決めてはならない。そうだ、きっとこの偽守護霊は暗殺者。気が付かないうちに
俺は彼女によって麻酔か何かを打たれていたのだ。仮にそうだとしても現状打破には
繋がらないが。
「それでは......逝け」
そう言うと、偽守護霊は俺の首へと自棄に冷えきった手を当ててきた。このまま、俺の首を
絞めて殺すつもりなのだろう。結局、俺が何故死ななければいけないのか分からなかったが
今は死への恐怖さえも毒のせいで感じ無くなっている。
「あ、ああ、あ?」
其処で感情が毒によってかなり麻痺させられている俺は、一つだけ首を触られながら
違和感を感じた。原因は恐らく偽守護霊の顔だ。何か、引っ掛かる。
「死者の手は冷たいだろう? どうだ、今から殺される気持ちは」
彼女はそんなことを聞いてくるが、俺の意識はひたすら彼女の顔に向けられていた。
何処かで見覚えのある顔なのだ。
「フフフ、金縛りをしていては辞世の句も詠めぬか。哀れだな」
俺が思い出せそうで、思い出せない苦痛に苦しんでいると彼女はそんな言葉を口にした。
そして、次の瞬間俺の邪推を遮るかのように偽守護霊の両肩からは青白い妖しい人魂の
ような物体が浮き始める。俺はそんな非科学的な物が突然現れたことと極度の緊張状態に
あったことが重なり、言葉にならない叫びを漏らした。
「あ、あ!? ......かは」
俺はあまりの恐怖に意識を手放すとき、血の気が引いた。......気付いてしまったのだ。
違和感の正体に。もしかすると人魂だけであればどうにか気絶は免れたかもしれない。
しかしその違和感の正体は俺のそれに追い討ちをかけるものであった。
其処には決して気づける筈の無かった違和感、気付いてはいけなかった違和感にして
気付きたくなかった違和感の正体。髪の色も、着ている服も、性格もまるで変わって
しまった様子の、数年前に死んだ俺の唯一無二の友人。
紅葉谷真白と全く同じ顔をした少女が居たのだ。
ヒュゥゥゥドロドロドロ~。うらめしや~。一先ずはお読み頂きありがとうございます.
どうも、今回より新しい小説を連載する決心をしました蛇猫です!
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簡単でしょう? (暗黒微笑)