第九話 ミリタリーデート続き
地方県民が集まる東京として知られる、とある繁華街に俺達はいた。
こういった町では小洒落た飯屋は少なく、ラーメン屋や食べ放題、デカ盛りを売りにする店などが立ち並ぶ。
久実ちゃんに聞いたら、辛いものは大丈夫だというので担々麵の店へ行くことにした。
この町に来た時は大体この店で食べる。
とはいえ、出歩くこともほとんどなかったので一年ぶりぐらいだが……
店の前まで来ると、五組くらい並んでいた。
五組くらいなら、まあ許容範囲だな……と思いながらも一応久実ちゃんに確認する。
了承が得られたので、俺達は黒い焼杉板を貼り付けた外壁の前に並んだ。
そこで初めて俺は重大な事実に気が付いた。
今、俺は女と二人きりで食事をしようとしている。
そもそも朝から二人で町中へ出かけるなんて、これはまるで……
俺は眼鏡の位置を直した。
思いの外、脂ぎっている。
ああ、出かける前に眼鏡拭いときゃ良かった……
ふと、目の前にある自販機の選挙ポスターが目に入った。
大きな政党ではなく、何故かマイナー政党のポスターが貼ってある。
黒い焼杉板の外壁には「メガ盛り可」とか「絡みつく麺の喉越し」とか、「激辛」「うまい」とか……色々な宣伝文句を書いた札がべたべた貼ってあった。
はっきり言ってお洒落とは程遠い店だと思う。
前に並んでるのも全員男だし、しかも皆示し合わせたように黒い服を着ている……あっ、俺もそうか。
さっきのミリタリーイベントもそうだし、「デート」と言うにはどう考えても色気が無さすぎる。
あまりそういう知識はないが、普通はもっと小綺麗な町で洒落た店に入るものではないのか。
途端に冷静さを取り戻し、俺は隣の久実ちゃんを見た。
──ない
ドキドキ、キュンキュン感が皆無である。
ノーメイクで眉毛ボウボウだし、男性の隣にいるという緊張感はゼロだ。
強いて言うなら、家族のお出かけイベントに参加している時の顔みたいな……
女の子と二人きりで出かけるなんて、生まれて初めてなのに余りにも味気無い。
現実って、やっぱりこうなんだよな。
ラーメン屋は回転率早いから、思ったよりすぐ入れた。空いていたテーブル席に向かい合って座る。
天井の角に設置されたテレビ。
画面に例のあの男が映っているのが見えた。ゾンビ評論家下飯木である。
「あっ、私あの人、嫌いなんだよね」
久実ちゃんが顔をしかめた。
良かった。好きじゃなくて。
久実ちゃんはしかめ面のまま続ける。
「でも今や時の人だよね。テレビで見ない日はないくらいだし」
「へえー。そうなんだ。全然知らなかった」
シタの奴、そんなに有名だったのか。
たまたまついてたテレビで見るだけだから、こいつの知名度が如何ほどのものか知らなかった。
「引き付けて、バァーン!……が流行語大賞に選ばれるかもしれないんだって」
「……何それ?」
「ほら、角材でゾンビを倒す時のやり方だよ」
俺は絶句した。
世も末だ。
テレビの中でシタはまた、学者先生とやり合っている。
「ですから、自然災害や交通事故と比べて被害の小さいゾンビに対して、そこまでするかっていう……」
「いやね、内閣は英断を下したと思いますよ。これから被害は間違いなく拡大していく訳ですから……」
と、学者先生の話し途中に口を挟むシタ。
学者先生も負けじとやり返す。
「被害の拡大に関して根拠はないでしょう? それに規制を緩めることで、それを人に対して使う輩が必ず出てくる。そっちの被害の方が私は深刻だと思うな」
何の話だろう?
俺の疑問を見透かしたように久実ちゃんが解説してくれた。
「エアガンの規制が緩くなったじゃん? ゾンビ政策の一環として。それに対して結構反発が強いみたいで……」
えぇー! 全然知らなかった……規制緩くなったんだ
「規制ってどんな風に緩くなったの?」
「私も詳しいことは良く分からないんだけど……許可を取れば、内部改造もOKとか言ってたかな……」
マジか……パワーアップしていいのか……
俺が感激している間、テーブルの上に激辛担々麵が並べられた。
ここの担々麵は非常に辛いのだが、旨い。
刺激だけでなく、ゴマの風味が効いていて尚且つ濃厚なのだ。
久実ちゃんは鼻をすすりながら食べた。
熱くて辛い物を食べると鼻が出るらしい。
「ほんと、美味しいね。すごい辛いのにもっと食べたくなる感じ」
紙ナプキンで鼻を拭きながら、久実ちゃんはベタ褒めした。
良かった。喜んでくれて。
「ごめんね。粘膜弱いのか、何故か鼻水出ちゃうんだ」
いや全然気にしない。
そういや働いてた時、職場の女にすごいのがいたな……
職場の仲間、何人かで昼飯を食べに行った時のことだ。ここではない、別の店の担々麵で同じように激辛だった。
その女は美人ではないのに若いせいかチヤホヤされていて、態度が傲慢だった。
担々麵がテーブルに来た時、女は、
「辛いの大スキー!!」
とか甘えた声を出して、同僚の一人に上目遣いをした。
……そこまではいい。
でもその後、置いてあった一味唐辛子を狂ったように振りかけたのである。
もう、まっ赤になるまで……
流石に周りはドン引きである。
あいつは凄かったな。
俺は思い出して苦笑いした。