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第八十五話 いよいよ最後

 上空から大気を切り裂いて何かが落下する。地震かと思うほどの振動と共に激しい爆発音が鳴り響いた。


 雑貨などを陳列している棚から、ザザザッと品物がなだれ落ちる。陶器やグラスが割れて派手な音を立てた。



「服を着よう」



 俺達は慌てて服を着始めた。

 その間も破壊音は待ってくれなかった。


 建物が揺れるほどの轟音。それが何度も繰り返される。

 その度に建物中のガラス壁がピシピシ震え、何かが床に落ちる。

 指先は震え、ズボンのチャックがなかなか締められなかった。


 一体、何が起こっているんだ!?


 ……と、ベッドの上に投げ出されたスマホ画面が光を放っているのに気付いた。

 神野君からだ。

 


 ──さっきの部屋にまだいるから……来い



 ブレる画面を辛うじて読み取る。

 返信しようとしたが、揺れのせいでできない。

 ……いや、違う。

 建物の揺れではなくて、俺の指だ。

 俺の指が震えているんだ………



「田守君……どうしよう……」

 


 久実ちゃんが声を震わせた。

 目の回りが濡れて光っている。



「大丈夫だ。俺が助ける」



 自然と俺は久実ちゃんを抱き寄せていた。

 小刻みに震える彼女をきつく抱き締める。そのまま少し、もう少しだけ……温もりを感じる。


 不思議だな。人の体温って。


 触れていると、かき乱された心の中が自然と温かくなっていくんだ。鎮痛作用のある神経伝達物質を作り出すのに丁度良い温度なのだろうか。それとも、皮膚を通じて何か超自然的な力が伝わるのか。危機的状況下で、そんなことをブツブツ考えてしまうのはオタクの(さが)と言えよう。


 気付いた時、指の震えは収まっていた。



「神野君達の所へ戻る。それからどうするか、考える」



 久実ちゃんは腕の中で頷いた。

 互いの手を固く握り締め、家具屋の外へ出る。

 爆発音が建物を揺らすたび、天井ガラスは割れそうな音を立てていた。

 空の色は濃紺からえんじへ変わる。

 

 星が……

 さっきまで見えていた星屑の代わりに赤いキラキラしたものが舞っている。

 赤い星──火の粉だ。


 恐ろしいのに何故か猛烈に惹きつけられる。とても美しいのだ。火に飛び込む虫の心境が初めて分かった。このまま吸い寄せられ見続けていたら、待っているのは“死”だ。


 ゾッとして目を逸らすと、同じように上を見上げている久実ちゃんの強張った顔が見えた。



「上は見るな! 早く行くぞ!」



 俺はより強く手を握りしめ、エスカレーターを駆け降りた。

 上を見るなと言っても、ガラス張りの所から否が応でも外の様子が目に入ってくる。


 外は火の海だった。

 空から爆弾が降っている。

 地面へ落ちた途端、轟音と共に火柱が立ち上る。


 何で爆撃を!? まさか戦争が始まったのか?


 冷静な思考など出来ぬまま、転びそうになりながら、神野君達の所に到着した。



「ガシュピン! 心配したよ。何度コールしても出てくれなくて」



 見ると、着信が十件になっていた。

 向かうのに夢中で全然気付かなかったのだ。



「ごめん、一体何が……」



 起こってる? ……と聞こうと思った。

 だが、遮られた。



「俺達にも何が起こっているか分からない。どうすればいいかも分からないんだ」


「とにかく安全な場所へ……」



 そう言った時、かなり近くで爆発音が轟いた。もしかして、建物のどこかが破壊されたのかもしれない。



「安全な所なんか、どこにもない!」

 


 神野君が叫んだ。

 あの神野君が取り乱している。



「建物が倒壊するかもしれない。でも外はどこに爆弾が落ちるか分からないし、ゾンビだってうろついている」



 そこまで言ってから神野君は気を落ち着けるために息を吸った。そして、


 

「エレベーターだ! 倒壊するなら、エレベーターの中が一番安全だ!」



 興奮気味に叫んだ。

 思い付いたことをそのまま口にしているようだ。冷静ではない。

 俺は反論した。



「待てよ。それだとここが燃えた時、どうする?」


「じゃあ、外に逃げるのか? 外はゾンビと爆撃のコンボだ」


「エレベーターの中で窒息死する方が嫌だ」



 「まあまあ」と青山君が割って入る。


 

「ゾンビ掃討が爆撃の目的なら大型施設は残すはずだ。後で再建するのに金がかかるから。だから、燃焼性の爆弾を使っているようだし……」



 青山君がこの中で一番落ち着いているかもしれない。

 俺は少しだけ冷静さを取り戻した。



「けど、こんだけ派手に爆撃受けてたら火事になる可能性もあるだろ?」


「それにガラスが割れて、ゾンビが入り込んで来る可能性もある」



 トーンダウンした口調で神野君が言葉を継いだ。

 パニックになっていようが、落ち着いていようが、手詰まりには違いない。

 俺は息を吐いて下を向いた。

 

 間を空けず、ずっと爆撃音はしていた。

 強烈な破壊音の前に「ヒューン」と大気を切り裂く音がする。その音が聞こえるたび、背筋が冷たくなる。

 

 これは悪夢だ。

 悪夢の始まりはいつも甘ったるい悦楽から始まる。柔らかい真綿でくるんでおいてから、突然極寒地へ放り出される。

 きっと、国は俺達の命よりゾンビの殲滅を選んだに違いない。

 俺は絶望のあまり放心するしかなかった。


 時が止まったかのように少しの間、何も聞こえなくなった。

 それがどれくらいの時間だったかは分からない。落下音と爆発音がまた耳腔へ流れこむまでは……

 

 不意に沈黙を破ったのは久実ちゃんだった。



「地下室は?」



 全員の視線が久実ちゃんに集まる。

 神野君達の前でも、俺は久実ちゃんの手を握ったままだった。

 やっとそのことに気付き、手を解放する。


 

「……地下室、なんてあったっけか?」


「あったよ。確か」



 俺の呟きに久実ちゃんは、はっきりと答えた。

次で最終話になります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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