第八十四話 調達⑥
二人きりになると、久実ちゃんは手を握って来た。
──まるで恋人同士だ……そうなのか?……いや、違うのか?
自問自答してみるが、答えは出せなかった。どっちにせよ、嫌な気はしない。
ランタンの光が俺と久実ちゃんのためだけに丸い光の輪を作っている。
俺達は無言でエスカレーターを上っていった。
ガラス天井から青白い月が優しい光を投げかけている。
月から少し離れた所には、とても明るい星が一つ。光の輪から外れると、今度は黒紙に砂粒をぶちまけたみたいに星が瞬いていた。
──こんなに星って見えてたっけ?
ゾンビ襲来のせいで交通量が減り、空気が澄んだせいかもしれない。
こんなに星を見たのは生まれて初めてだった。星屑という言葉の意義に改めて気付かされる。
世界がまだ普通だった頃、この場所は皓々と光を放っていた。様々な色と音に溢れ、生命の匂いに包まれていた。当たり前にあった星すら、狂騒に飲まれていたのだ。
今は静かだ。
誰もいない。二人きり……
この場所がこんなにも情緒的で美しい場所だったとは知らなかった。
家具屋に着くと、久実ちゃんはベッドにダイブした。
二人用……つまり、ダブルベッドである。
俺は同じベッドで寝るべきか悩み、そのまま立ち尽くしていた。
「何してるの? 早く寝ようよ」
久実ちゃんの言葉でやっと俺は靴を脱いだ。
同じベッドに向かい合って横たわる。
暗いせいか、久実ちゃんの目がいつもより大きく見えた。何故か唇をちょっと尖らせている。
──すげぇ……可愛い
いや、いつも可愛いよ。明るい所でだって充分……けど、何かいつもと違うんだ。
瞳は油でも塗ってるかのようにテラテラしているし、その、何というか……
エロい……
「田守君、前に私、世界は終わらないって言ったよね?」
「?」
ん? なんでその話か?
せっかくのいい雰囲気が崩れそうになる。
「あれは違うの」
久実ちゃんはそう言って手を伸ばしてきた。
「この先、何が起こってもおかしくないし、どうなるかは誰にも分からない。でも……」
久実ちゃんの指が俺の指に絡まってくる。
「でも、後悔はしたくないじゃない?」
急に目の前が真っ暗になった。
唇に生暖かい感触、鼻腔に生臭さを感じた。
ああ、こんな感じなんだ……
架空の世界ではもっと甘いイメージだった。こんなにも肉感的で動物的だとは……
顔が火照ったりもしない。
唇同士が触れ合うことはもっと耽美でロマンチックなものだと思っていた。
それなのに……ああ、生々しい。
だが、動物としての本能にスイッチを入れるには充分だった。
その後、俺達は欲望のままに互いの身体を貪り合い……何度も絶頂に達した……
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……というのは、嘘。
性交渉というものは、あまりに呆気なかった。
エロ漫画とかAVの真似事をしようとは思ったよ。事実、初めての体験に興奮はしたしな。
女の身体が触れ合うことによって、どんな風に作用するのか、この点はかなり刺激的だった。
しかし、肝心の問題は本番だったのだ。
かなり気持ち良かったよ、相当ね。
ただし、それが仇となったのだ。
AV女優みたいに喘がせて、よがる様を見ることは出来なかった。
何故なら、すぐに終わってしまったから。仕方ない。自然の摂理だ。
何はともあれ、三十前に童貞を捨てれたのは良かった。ちなみに俺は早漏ではないぞ。今日はたまたまだ。
久実ちゃんの話だと女性は毎回イクもんでもないらしい。だから、早く終わったからといって決して不満足という訳ではない。
その証拠に行為が終わった後も、俺達はしばらくいちゃついていた。
ゾンビに食われる前に体験できて、心から良かったと思う。
「田守君、やっぱり痩せて」
久実ちゃんが俺の腹の肉を掴みながら言った。本気顔じゃなくて、笑っているからまだ許せる。
「うるせぇ。そんなこと言うなら乳揉むぞ」
仕返しに乳を掴もうとした……が、避けられた。
久実ちゃんの乳は……結構でかい。
……ああ、幸せ……これから、乳揉み放題なんだな。神様、ありがとうございます。
そろそろ二回戦行くか、そう思った時だった。
大きな破壊音が俺の幸せを木っ端微塵に打ち砕いた。
ヒューン、ドカン! ヒューン、ドカン!
ヒューン、ヒューン、ドカン! ドカン!
はい、文字にするとこんな馬鹿みたいな音ですよ。
何かが、上空から大気を切り裂いて落下する音……
その音の後に、建物が揺れるほどの振動と激しい爆発音が鳴り響いた。
おーーい、神様ーーーーー!!!
俺、感謝したよね!? 今、感謝しましたよね? たった今?




